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  時刻は10時を過ぎたところであった。
  穏やかな日差しの中、四葉は横になって流れる雲を目で追いかけていた。
  ふいに甘酸っぱい藁(わら)の香りがした。
  ゆっくりと体を起こし、落ち着いて周りを見渡してみた。
  辺り一面に広がる黄金に輝く稲穂。
  でこぼこ道に、古びた荷台。
  典型的な田舎風景。
  ボロボロの服を着たかかしが、どこか寂しげな感じがした。
「ここは…どこデスか?」


四葉少女の事件簿

File1 犬と仏像と脂男 (事件編)

作者:啓-kei-さん


  自分がなぜここにいるのかを考えてみた。
(確か…今日は…)
  確か今日は鞠絵の療養所に遊びに行く約束をしていたはずだ。
  なら…どうしてこんなところにいるのだろう…?
(…あぁ…そういえば…)
  今朝は、花穂と一緒に駅で電車に乗った。
  暖かい朝日を浴びながら、
  揺れる電車のガタゴトと鳴る規則的なリズムを子守唄代わりに、
  二人は深い眠りに落ちていった。
  そして気がついたときには、見たことの無い田舎の終着駅まで辿り着いていたのだ。
  ふと、古びた駅の椅子に横になっている花穂をみた。
  花穂は穏やかな寝息をたてていた。
  四葉は、軽く柔らかそうな頬を引っ張ってみた。
「う…」
  小さく声がもれた。

 ウニウニウニ…

  更に、手の甲で頬を擦ってみた。
「うにゅ…」
(…おもしろい)

 ウリウリウリ…
 グニグニグニ…
 フニフニフニ…

「…何してるの、四葉ちゃん?」
「はっ!? 起きてたデスかっ?」
「うん…それより……」
  花穂は四葉の手の撮んでいる、頬のほうをみながら…、
「ちょっと、痛い…んだけど…」
「あっ!?」
  四葉は慌てて頬から手を放して、背中に隠した。
  そして取り繕うように立ち上がった。
「ここは、どこデスかね?」
  そう言われて、花穂は周りを見渡してみた。
  見たことの無い田舎風景と甘酸っぱい香り…。
「わかんない…ここはどこ?」
  四葉も肩を竦めて、『わからない』といったポーズをとった。

  ふと、駅の隅に公衆電話が置いてあるのをみつけた。
  鞠絵に、到着時間が遅れそうなことを連絡しようと思ったのだ。
  四葉は、自分がテレホンカードを持っていないか確認した。
  が、今のご時世、そんなものを持っているわけが無いかと、すぐに諦めた。
  なら、小銭はないかと財布を取り出して見た、が、あったのはなぜか2000円札が2枚入っていた。
(…なんでこんなものが?)
  四葉は財布をしまいながら、花穂に尋ねた。
「花穂チャマは…テレカか小銭を持ってますか?」
「ちょっと待って…」
  花穂は、自分の財布を取り出して中を見た。
「あっ、小銭ならあるよ!」
  と、花穂は555円と見事に揃った小銭を取り出した。
「……」
「……どうしたの?」
  四葉は電話をかけることを諦めて、
  ホームの隅に寂しく立っている時刻表を眺めて、
  出来るだけ早く鞠絵の療養所にいける電車の時刻を探した。
「………」
「………どうしたの?」
  ちらっと、腕時計に目をやる。
  10時12分
  ちらっと、時刻表に目をやる。
  9時59分
  さっき自分たちが降りた時間。
  次に来る電車の時間は…
  12時25分
  14時30分
  16時2…
「…………」
  四葉は指を使って、必死に何かを計算し始めた。
「だいたい……2時間、デスね」
「う〜ん、2時間26分だよ」
「チェキ!? いつからそこにっ?」
  花穂は答えず、電車が来る方向の線路を辿るように見ながら、まだ眠そうに目をこすっていた。
「はぁ〜…なんで寝過ごしちゃったんだろねぇ…」
「う〜ん…それはディフィカルトな質問デスね…」
「それより…なんで降りたの?」
「チェキ?」
「いや…終点ならそのまま乗ってれば…」
「あっ」


  いつまでも駅のホームにいても暇なので、二人は駅から出てみた。
「凄い…豊作だね」
「そうデスねぇ」
  まるで田舎を絵に描いたような風景。
  急激に村という村に起こっている過疎化。
  ここもその影響を受けているようで、駅の周りに人影はない。
  ふと、黄金に輝く景色の中に一点の別の色が混じった。
  その点は徐々に大きくなってきた。
  その点は一匹の黒い犬だった。
  その犬はなぜか必死に走っていた。
「ワンちゃんだー!」
  花穂は目を輝かして、両手を広げて犬を迎えいれるような格好をした。
(抱っこしたい抱っこしたい抱っこしたい…!!)
「花穂チャマ、目が恐いデス…」
  花穂は体全体から犬好きオーラを発し始めた。
  その気配を察してか(身の危険を感じて)、その犬は急に進行方向を右に変えて…
「って、そっちは溝がありますよ!?」

「大丈夫、ワンちゃん?」
「よかったデスね、溝に水がなくて」
  と、言っても、すっかり砂まみれになってしまった犬を、
  花穂と四葉は軽く砂を払ってあげていた。
  ふと、四葉は砂を払っているときに犬の首や足の周りに不自然な跡がついていることに気がついた。
「これは…首輪の跡デスか」
「首輪?」
  犬の頭をしきりに撫でていた花穂は、四葉の言葉を聞いて、
  下から覗き込むように犬の首周りを見た。
  確かに首輪のようなものが着けてあったような跡がある。
  犬は、かなりの距離を走ってきたのか、息遣いが荒い。
「なにを急いでたのかな?」
「う〜ん…」
  しばらく二人は色々と考えを廻らせてみたが、
  やがて、わかるわけがないと思った二人は、取りあえず犬を撫で続けていた。
「おぉ、こんなところまできてたのか」
「チェキ?」
  二人が犬を撫で続けていると、ふいに後ろから声がした。
  振り返ってみると、
  土まみれのTシャツに、首からだらりと手ぬぐいをたらし…
  簡単に言うなら典型的な田舎の農業家の格好をした、
  白髪まじりの、無精髭の、脂ぎった顔の…
  簡単に言うなら典型的な田舎の中年のおじさん、
  が立っていた。
  農家のようで、農作でマメでもつぶれたのか指の至る所にテーピングをしていた。
  そしてクーラーボックスのようなものを肩からさげていた。
「おじさん…誰?」
  花穂は当然の疑問を口にした。
  そして、そのおじさんは手ぬぐいで脂をぬぐいながら答えた。
「わしか? わしはしがないおじさんさ」
「しがない?」
  四葉は小声で花穂に尋ねた。
「シガナイって何デス?」
  花穂は少し自信がなさそうに答えた。
「確か…つまらないって意味…だった気がする」
「フムフム」
  四葉はおじさんを指差して言った。
「で、そのつまらないおじさんが四葉たちに何の用デスか?」
「よ、四葉ちゃんっ!?」
  しかしおじさんは気にする様子もなく、
  手ぬぐいで脂をぬぐいながら言った。
「そこの犬を追っていたのさ」
「…ワンちゃん?」
「何か、悪いことでもしたのデスか?」
「ん〜…別に悪くはないけどな…」
「「???」」
  四葉と花穂は顔を見合わせて、何事かと思っていた。


「くぅ〜〜っ!! 冷たいデス」
  四葉と花穂は田舎景色を前に、
  駅のホームの椅子に座って冷たいアイスキャンデーを食べていた。
  おじさんが家から持ってきてくれたのだ。
  なぜ、駅のホームかというと、知らないおじさんに付いて行くのは危険だからだ。
  四葉は危うく付いて行きそうだったが…。
「それで…このワンちゃんは何かしたんですか?」
  花穂は少し遠慮がちにおじさんに聞くと、
  おじさんは手ぬぐいで脂をぬぐいながら言…う前に、
「おっさん脂ぎってますねぇ〜」
「よ、四葉ちゃんっ!?」
「おじさんにはファットマンの称号を与えるデス」
  四葉はおじさんに変な称号を与えた。
  花穂は遠慮ない四葉の発言にハラハラしながらファットマン(仮)の様子をうかがっていた。
  が、ファットマンは気にする様子もなく、手ぬぐいで脂をぬぐいながら言った。
「実はこの犬は、少し前まで別の飼い主がいたんだ」
「飼い犬だったデスか?」
「ああ。今はわしの家で飼ってる」
「へぇ…」
  花穂は犬の頭を撫でながら、さっき見た首の周りの跡をみた。
「首輪は着けてないんですか?」
「前の飼い主が着けていた物があるんだが……どうも、窮屈そうなんでな」
「…それは首輪を買い換えるべきデス」
「うむ…」
  ファットマンはまだ手ぬぐいで脂をぬぐっていた。
  花穂は残り少なくなったアイスキャンデーを一気に口に入れ、
  ファットマンに続きを促した。
「それで…前の飼い主さんはどうしたんですか?」
「…死んだよ」
「え…」
  予想もしていなかったファットマンの言葉に、
  花穂は手持ち無沙汰に手の上で転がしていたアイスキャンデーの棒を落としかけた。
「そんな…」
「神社の掃除を手伝っていたときに…事故でな…」
「!?」
  花穂は戸惑いを隠し切れない様子だった。
「それで、この犬は飼い主が死んでから、毎日のように飼い主の働いていた…役場のあるほうに行くんだ」
「…そう…なんだ…」
「なんかハチ公みたいデスね」
  先程から黙って犬の頭を撫でながら話を聞いていた四葉が切り出した。
「確かに、ちょっと似てるかも…」
「でも良かったデスね、ファットマンが引き取ってくれて」
「そうだね…」
  もう、花穂もファットマンの名前に対するツッコミを入れなくなった。
「引き取り手がいなくて、毎日誰が止めることもなく役場に行ってたら、そのまま野良犬として連れていかれるとこでした。ハチ公みたいに(トリビア)」
「…へぇ…」
「…せめて、もう2・3回言ってください」
  そんなやり取りを尻目にファットマンは、
「本当に…毎日毎日…」
  相当苦労しているのか、少し顔をしかめていた。
  そして、ファットマンの口から漏れた小さなぼやきを、
  隣に座っていた花穂は聞き逃さなかった。
「…そろそろ預けようか」



(11時2分)
  ファットマンは、仕事が残っているから1時間くらい犬を見ていてくれと言って、
  さっさと何処かへ行ってしまった。
「…これからどうしよう?」
「そうデスね…」
  四葉は犬のほうを見て言った、
「好きにさせてみますか」
「へ?」
  花穂には何を言っているのかわからなかった。
  そんな困った様子の花穂に、四葉の首周りを撫でながら言った、
「このワンちゃんが行きたがってるところへ連れて行ってあげるのデスよ」
「えっ!? そんなことしていいのっ?」
「そうデスねぇ…少し気になることがありますから」
「それって理由になってるのかな…?」



(11時20分)
  さわやかな風の中、でこぼこ道を四葉と花穂は犬について歩いていた。
  かれこれ20分程度歩いていた。
  しかしさすがは田舎、これまでの時間にすれ違った人の数は1〜3人程度。
  すれ違ったと言っても、農作業に勤しむお年よりの方だった。
「どこまで行くのかなぁ?」
  花穂は、いつまでも続く道と稲穂の輝きに目を細めながら、
  少し疲れてきた様子で言った。
  しかし、歩いているうちに徐々に一つの山に近づいている、
  という感覚があった。
  少しづつ、両脇から稲穂が見えなくなって、
  手入れのされていなく、更に荒れた道になっていく。
  そして山の緑がハッキリとした木の形をなしていく。
  その中に規則的に重ねられた石段があった。
  山の上のほうへ続く石段のところどころに少しひび割れが入っており、
  その石のひび割れの間から、背の低い草が顔を覗かしていた。
  石段の先を目でたどると、赤い鳥居が見えた。
「あれ?」
  花穂は目の前にある風景に疑問を感じた。
「四葉ちゃん、役場って…どこ?」
  花穂はファットマンが言っていたことと、今いる場所の違いを指摘した。
「そうデスね…確か途中で分かれ道がありました。たぶんそっちでしょう」
「だよね…? なんでここに来たの?」
  と、疑問を口にする花穂を置いて、犬は石段を駆け上り始めた。
「あっ!? 待ってワンちゃんっ!!」
  慌てて犬を追いかけようと花穂は走り始め…
「きゃっ!?」
  …ようとしたが、こけてしまった。
「大丈夫デスか…?」
「う、うん…」
  花穂は恥ずかしそうに後ろ頭をかきながら、テヘヘと笑った。
  花穂は立ち上がり、膝とスカートについた土をはらって、
  先に石段を駆け上がっている犬を追いかけ始めた。
「………」
  四葉は花穂の跡をゆっくりと追っていった。


(11時30分)
  遠くから見れば立派な赤色の鳥居だったが、
  近くで見れば、その木で出来た鳥居の赤は、ところどころはがれている。
  その奥には、古そうで威厳がある社があった。
  さらに、社までの参道の両脇には、何に使うのか材木や鉄の棒が並べられていた。
  四葉は鳥居をくぐり抜けたときに、花穂が社の中に入っていくのを見た。
「って、何で勝手に入ろうとしてるのデスか…!?」
  四葉は、遠い花穂の背中にため息混じりに言った。
  ふと、視界の隅に仏像を磨いている男の姿が見えた。
  結構大きな仏像で、その男の身の丈より少し高い。
  仏像はところどころ傷がついており、胴の上のほうはヒビのような傷が入っていた。
  四葉はその男に近づき、言った。
「立派な鳥居もある神社なのに…仏像デスか?」
「うわっ!?」
  急に声をかけられ、男は驚き半歩ほど下がった。
  男は、田舎には珍しくまだ若い感じの青年だった。
  その青年はまだ少し動揺した様子で四葉を見て、
「き、君は…?」
  聞かれた四葉は、急に片手を挙げてポーズをとった。
  キラリと太陽の光が眩しく輝いた。
「クフフフ…、四葉の名前は、美少女探偵よt」
「四葉ちゃ〜ん!!」
「がふっ!? 最後まで言わせてください…」
「でも、もう名前言ってたし」
「聞いてたんデスか!?」
  そんな二人のやり取りを見ていた青年は、
「それより四葉ちゃん。ワンちゃんがこんなものを見つけたんだけど…」
「チェキ? どれデスか?」
  すっかり忘れられていた。

「箱…何かの入れ物デスか?」
  四葉は花穂から受けとった、小さな白い箱を眺めていた。
  何かの入れ物みたいで、中には薬のようなものが入っていた。
「これはどこに?」
「あの家の床に落ちてたんだよ」
  花穂は社を指差して言った。
「社の中に…デスか?」
「あっ! それは…」
  すっかり忘れられていた青年が、その入れ物をみて急に声をあげた。
「四葉ちゃん、この人は誰?」
「………サプライズボーイ」
「違うよっ!」
  相変わらず奇妙な四葉のネーミングに、サプライズボーイ(仮)が叫んだ。
「それは、僕の父さんの薬です」
「父さん?」
  花穂が尋ねた。
「はい。数日前にここで死んだ父さんの…」
「!?」
  花穂は息をのんだ。
  サプライズボーイは顔を俯かした。
「…詳しく教えてください」
  四葉は詳細を求めた。


  いつからか、この村には奇妙な迷信づいた言い伝えがあった。
  神仏融合により曖昧になった、この神社に祭られている仏像の目の色が変わるというのだ。
  普段は暗い赤みのかかった瞳をしているが、
  突如としてその瞳の色が暗い緑に変わるというのだ。
  そして瞳の色が変わるとき、村に災いが起こるという。

  そしてそれは起こった。
  それは村の収穫祭の準備をしていた時だった。
  数人の村民がみたのだ、仏像の目の色が無気味な暗い緑になっているのを…。
  そして翌日、急に仏像が倒れ、不運にも近くにいた一人の村民の頭部に当たってしまったのだ。
  そしてその時から、仏像の瞳の色は精気をなくしたかのように、黒ずんだ赤色のまま変わらないというのだ。


「その時、死んだしまったのが…僕の父さんなんだ」
「ぁぅ…」
  花穂は今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
  四葉は顎(あご)に手をあてて、何かを考え込んでいる格好をとっている。
「もともと体がそんなに強くなかったんだけど…まさかこんなことになるなんて…」
  四葉は外に出されている仏像を見ながら、
「社には…入ってもかまいませんか?」
  と、サプライズボーイに尋ねた。


(12時00分)
  社に入った四葉は中をグルリと見回した。
  今は外に仏像があるので、かなり不自然な祭壇となっている。
  木で出来た床は、古くはなっているものの、大きな傷は無い。
  その一部分に木の色が、何か色のついた液体をこぼしたかのように変色していた。
「………」
  花穂は言葉を失っている。
  先程入ったときは少し違和感を感じていただけの部屋だが、
  今は恐怖さえかんじてしまう。
「大丈夫デスか?」
「う、うん…」
  花穂はよほど緊張しているのか、少し顔が青くなっていた。
  それを心配した四葉が声をかけた。
  そして、更に四葉は続けた。
「第一発見者は誰デスか?」
「えっ? …確か、神主さんだったと思うよ。その後に斎藤さんがかけつけて…」
「斎藤?」
  突然でてきた名前に首をかしげる四葉。
「その犬を預かってくれてる人なんだけど…」
「あぁ、ファットマンデスか」
「ファットマン?」
「こっちの話デス」
  四葉は、犬の側により、頭を撫でながら言った。
「これは事故じゃないデス、殺人事件デス」
「「!?」」


 (解決編へ続く)


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