お昼前の診療所近くの湖畔。
そこから楽しい話し声が響いていた。
鞠絵とそのお見舞いにきた二人、四葉と花穂だ。
三人にミカエルを加えて、朝からすっとここで楽しく過ごしていた。
そんな楽しそうな三人の姿を見かけた、背の高くて細い男性が鞠絵たちに近づいてきた。
「鞠絵ちゃんじゃないか。今日はお友達が来てくれてるんだね」
その細い男性は鞠絵に気軽に話し掛けてきた。
そのハッキリ聞き取れるがどこか弱弱しい声に三人とも振り向く。
「あ、先生。お友達じゃなくて私達姉妹なんですよ」
「え!? あぁ、君達が…」
鞠絵の知り合いのようで、すぐに返事を返す。
どうやら自分に姉妹がいることを話しているくらい親しいらしい。
が、四葉と花穂には当然誰かわからない。
「……誰デスか?」
「先生って言ってたから、お医者さんなんじゃないのかな?」
「ちょっと違うかな。正確にはこの診療所の薬剤師なんだよ」
四葉と花穂の問いの掛け合いに男が答える。
「薬剤師? この診療所ってそういう人もいるデスか」
「はい、いるんですよ。と、いってもこことは違う場所に店はあるんだけどね」
こことは違う場所、それはここの診療所から少し離れた場所にある。
彼はそこの薬局で薬剤師をしているらしい。
花穂は先程の四葉の発言で気になるところがあったので尋ねてみた。
「あの…普通は薬剤師さんっていないの?」
「いや、ここが診療所だからデス」
「え? なんで?」
あまりに簡単な答えが返ってきて、花穂には理解できないでいた。
その四葉の言葉を鞠絵がおって説明する。
「よくご存知ですね四葉ちゃん。診療所って病院と違って規模が小さいんですよ。入院できる人数も19人以下って決まってるんです。広辞苑にも載ってますよ。だからってわけじゃないんですけど、薬剤師と医師を兼ねた人がやってる小さな診療所もあるってだけなんです。だから四葉ちゃんの言うことも合ってるような外れてるような…」
「へぇ…」
鞠絵が簡潔に一気に言う。
花穂は一応返事はするものの広辞苑などの名詞ぐらいしか理解できていないようだった。
しかし四葉の興味はこっちの細々とした男に向けられていた。
「で、こちらの方はどちら様デスか?」
「あ、薬剤師の加藤さんです。先生、こちらは四葉ちゃんと花穂ちゃんです」
「どうもはじめまして」
「は、はじめまして!」
「はじめましてでこんにちはデス」
元気よく挨拶をする二人に対し、今にも倒れてしまうのではというほど弱弱しい加藤。
本当に薬剤師なんだろうか。
「先生。今日は…またお薬を?」
「ああ、そうなんだ。そろそろ必要になる頃だと思ったんで」
「お薬? カトウさんが使うお薬デスか?」
「四葉ちゃん、加藤さんは薬剤師さんだよ」
「はは…、僕じゃなくてここの所長先生だよ」
「所長…デスか?」
「ここは診療所ですから」
「あぁ、なるほど…」
「でも普段は皆さん院長先生と呼んでいますけどね」
加藤は懐に大事そうに抱えていた袋を見せる。
その袋を見て心配そうに花穂が加藤に尋ねる。
「あの…どこか悪いところでもあるんですか?」
「ああ…。実は心臓が、ちょっとね…」
「心臓デスか…」
「定期的に薬を飲まないとダメなんですよ」
「……………」
先程の陽気な雰囲気が一気に暗くなったことに加藤は負い目を感じ…。
「だから、僕がいつも薬を持ってきているんですよ」
「そうですよ。おかげで今年で64歳になるのですがお元気で」
「そうデスか、それはよかったデス」
「うん」
「ほっ」と安堵の息を漏らす。
といっても二人には全く関係のない人物なのだが…。
根の優しい二人にとっては気の重い話だったようだ。
そんな二人の様子を見て、加藤は空を「ちらっ」と見ながら。
「それより…。そろそろ中に入ったほうがいいよ」
「「え?」」
「なぜですか?」
「もう少ししたら…一雨くるかもしれないからね…」
そう言って加藤は診療所のほうへ向かって歩いていった。
加藤が去ってから四葉は空を見上げた。
つられて鞠絵と花穂も空を見上げた。
「雨…デスか?」
「こんなにお天気なのにね?」
三人は空を流れる少ない雲をいつまでも眺めていた。
「うわぁ〜…凄い土砂降りの雨だね…」
花穂が窓の外を眺めながら淡々と言った。
「さっきまであんなにセイテンノヘキレキ…でしたのに…」
「それは使い方を間違ってますよ四葉ちゃん」
三人は診療所内の窓の前に立って外を眺めていた。
先程までの天気から一変、今はきつい風を伴った大雨が窓を叩きつけるように降っていた。
「しかし…どうしてさっきのカトウさんは雨降りを予測できたのデスか?」
鞠絵に尋ねる。
しかし尋ねられた鞠絵もわからないようで、俯き気味に考え込んでいる。
「わかった! カエルさんが泣いてたんだよ! あっ、もしかしたら猫ちゃんが顔を洗ってたのかも!」
突然花穂が自信満々に答えた。
どこからその自信がわいてくるのかわからないが。
「「………………」」
目を輝かして二人を見ている花穂……から目をそむける二人。
「あれ? 違うの?」
「………あっ、そろそろお昼の時間ですね」
「おぉ、ビョーインショクのランチヴァージョンデスね!」
「まぁ、そんなに朝と代わり映えするようなメニューじゃないですよ」
「そうなんデスか?」
唐突に昼ごはんの話題を出し、花穂を残して盛り上がる二人。
そんな二人の態度に花穂はすっかり機嫌を損ねてしまった。
「そういえば、今日は確かプリンがついてるはずですよ」
「え? プリン?」
「はい。美味しいプリンがついてますよ」
「ホントに!? わぁい、早く食べに行こう!」
一瞬で機嫌がよくなる花穂。
さすがに花穂の扱い方を知っている鞠絵。
そんな鞠絵は予想以上の思いがけない結果に少し笑みを浮かべた。
その結果とは…。
「待ってクダサイよ、花穂チャマ〜!」
鞠絵の側にはミカエルが尻尾を振りながら座っているだけだった。
朝と同じように鞠絵と向き合うように座る二人。
皿に盛られた昼のメニューを見つめながら四葉は素直な感想を述べる。
「ずっとここで暮らしてたら、とても健康になりそうね…」
「それなら、ここに入寮しますか?」
「それは遠慮しときマス」
楽しい会話を交えながら食事をする三人。
すると、鞠絵が肩を「ぽん」とたたかれたので振り返ると、
昨日から何度も鞠絵たちがお世話になっている看護婦が立っていた。
「やっぱりここにいたな、仲良しトリオ!」
仲良しを強調して言う看護婦。
そして当然のように鞠絵の隣に座る。
「あの…鞠絵チャマ」
「はい、なんでしょう?」
「ずっと気になってマシタが…この看護婦さんは誰デスか?」
「だから四葉ちゃん、昨日お世話になった…」
「名前デス、名前」
「あぁ、そういう意味でしたか」
鞠絵は小さく咳払いをし、看護婦の方に向きなおした。
「えっと、この人は…」
「ミカ姉さんだ」
突然胸をはって自己紹介をされた。
しかし声を失う二人。
「「……………」」
「おや? どうかしたのかい?」
「……こちらは権藤美香さんです」
「だぁ、コラ! 鞠絵ちゃん、言わないでよ!」
「ごん…」
「どうデスか?」
「「……………」」
「なによ…?」
「……は、ははは…! 権藤権藤雨降り権藤デス!!」
「ああ、もう! 絶対笑われると思った! あんた達なら絶対笑うと思った!」
食堂に四葉の大きな笑い声と、権藤の怒声が鳴り響いた。
「加藤さんのこと?」
「はい。実はさっき…」
パックの牛乳を飲んでいる権藤に鞠絵がさっきのことを尋ねてみた。
プリンを小さなスプーンですくっている四葉も気になって権藤に目を向ける。
花穂だけはプリンを美味しそうに食べていた。
「あぁ、あの人ね…。たまに天気とか色んなことを当てるんだ」
「エスパーデスか!?」
「いや、そういうわけでもなさそうなんだけどねぇ…。それよりも…」
「なにか気になることが?」
「いや、まだあの爺さんに薬を…ねぇ」
「……? 問題があるのデスか?」
「いや…妹さんが、ちょっとね…」
それきり権藤が黙ってしまったので妙な沈黙が続いた。
ずっと俯き気味に黙っている権藤を三人は交互に目を合わせつつ黙っていた。
そしてその沈黙に耐えかねたように鞠絵が昨日気になったことを診療所関係者の権藤に聞いてみることにした。
「あの、ミカさん…。昨日気になったんですが。巡回の時間が変わったんですか?」
「ん? あ、ああ。そうなんだ。鞠絵ちゃんのように時間を覚えちゃってる人がいるからね。昨日から変更になったんだ」
「そ、そうなんですか…。でも、私に言っても大丈夫なんですか?」
「まぁ、この二人がいなければ鞠絵ちゃんが昨日みたいなことをすることはないからね」
「信用されてマスねぇ〜」
「花穂たちは信用されてないみたいだね…」
「ははは…、まぁそう落ち込むなって!」
権藤の笑い声が食堂に響いた。
つられて三人とも笑い、いつもの食堂にはない珍しい状況に、
他のお年寄りたちも孫を見るような目で暖かく見つめていた。
その笑いが収まったときに、ふいに権藤が四葉と花穂に向かって切り出した。
「そういえば、今日はどうするの?」
「え? なんのことですか?」
「今日も泊まっていくのかって聞いてるの」
「う〜ん…二日もお邪魔するのはさすがに気がひけマスねぇ〜…」
「まぁ、別に帰ってもいいけど…」
そういって権藤が親指を外に指す。
外は相変わらずの大雨だった。
とてもじゃないが、傘を持ってきてない四葉と花穂が駅まで向かうには厳しいものがある。
二人はしばし考えた後、恐る恐る尋ねてみた。
「「あの〜…どうしたらいいと思いますか…?」」
「…面白いように揃って話すね。……どうする鞠絵ちゃん?」
「えっ? そうですね…って、私がどうにかできるものなんでしょうか?」
「そうね、鞠絵ちゃんの気持ちしだいね。昨日のあんなので満足したって言うなら別に私は強制はしないけど…ね」
権藤がいたずらっぽい笑顔で鞠絵に語りかける。
その顔を鞠絵は少し見つめた後に、笑顔で二人に問い掛けた。
「雨が降ってますし、私の部屋には大したものありませんけど…どうしますか?」
その笑顔の二人に、四葉と花穂は顔を見合わせて、互いに言葉なく目で確認をし合う。
「なら…」
「もう一日だけ…」
「よしきたっ!」
二人の言葉を「待ってました」とばかりに権藤が一枚の紙切れを取り出した。
二人は驚いたように目を丸くして、突然出されたその紙を見つめている。
その紙の上部の一行目には「宿泊届」と大きく書かれている。
「一応さ、規則だから。昨日は特別。書いておかないと私が怒られちゃうからね」
そういって胸ポケットから通常サイズよりも小さくて細いシャーペンを取り出し、
クルクル回しながら四葉と花穂に色々と質問をしては書き込んでいった。
そのやり取りが続くこと数分。
「はいOK! これで一応泊まれるから」
「あ、ありがとうございます」
「これで鞠絵チャマと一日一緒にいられマスね」
「でも!」
順調に診療所の宿泊手続きが終わり、
権藤が浮かれる二人に大声で「待った」をかけて、二人に顔を「ずいっ」と近づける。
「今日私が巡回当番だから『くれぐれも』問題を起こさないように」
「「は、はい!」」
笑顔だが威圧感一杯に迫っている権藤に圧倒される二人、
そんな三人をここ最近で一番の笑顔で鞠絵は見ていた。
「それでこれからどうなさいますか?」
その鞠絵の言葉に考える間もなく、すでにやりたいことは決まっていたようだ。
「「診療所内の探検!」」
何度もハモル二人の声にもう鞠絵は慣れた様子で対応する。
「そんなに広くないですけど、それでよろしいなら」
「決まりデスね」
所内の部屋などの配置の書かれた案内板の前に三人は向かった。
鞠絵はすでに見慣れたものだが、四葉と花穂は興味津々に眺めている。
「花穂、ナースさんが働いてるところ見てみたい!」
「四葉はスズツシツが見てみたいデス!」
「すずつしつってどこ?」
「スズツ…す、しゅ〜ぢゅつ……しゅ〜じゅつ室デス!」
「手術室には関係者以外は入れませんよ」
「ガ〜ン!? マジデスか…」
結構本気で落ち込んでいる四葉。
「それじゃ、ナースさんが働いてるとこを見に行こうよ」
目を輝かしていう花穂。
四葉も別にナースを見たくないわけではない。
しかし四葉にはどうしても気になることがあった。
「確かに見てみたいのデスが……鞠絵チャマ、皆が雨降り権藤さんみたいな人じゃないデスよね?」
「…………さぁ、ナースステーションはこちらですよ」
「えっ!? 当たってマシタか!? って何か答えてクダサイ! あっ、四葉を置いて行かないでクダサ〜イ!!」
四葉の声が虚しく廊下に響いた。
「おや、鞠絵ちゃんじゃ〜ないか」
「あ、西村さんこんにちは」
腰の曲がって杖をついたしわだらけのお爺さんと挨拶を交わす。
ただそれだけで、西村と呼ばれたお年寄りはそのまま行ってしまった。
三人はその姿が角を曲がるまで見続けていた。
「四葉たちはノータッチデスか?」
「西村さんは少し目が悪いんですよ。でも、人一倍耳が良いんですよ」
「耳が良い、デスか?」
「遠くのほうの音まで聞こえちゃう、ってこと? でも花穂たちのこと気付かなかったよ?」
「そういう意味ではないんですけど…。すぐにわかりますよ」
「「???」」
笑顔のまま再び歩き始める鞠絵を不思議な面持ちで二人はついていった。
ナースステーション前にたどり着いた。
そしてそこで繰り広げられる出来事に鞠絵を除く二人は呆然としていた。
「佐々木さ〜ん!! おトイレはこっちじゃないですよぉ!!」
「浅井さん、ナースコールとってくれる!」
「ちょっと、このカルテ書いたの誰!?」
物凄い喧騒に圧倒され続ける二人。
そんな様子を慣れたように傍観する鞠絵。
慌しいナースたちのやり取りをみて花穂は一言。
「想像してたのと違う…」
「…なんかイメージとは違いマスけど、ある意味期待通りというか…」
「ここは人手が足りないみたいで、いつもこんな感じなんですよ」
「雨降り権藤さんが何故あんなになったか少しわかった気がしマス…」
そんな会話を交わしている間にもナースステーション内の様子は慌しくなる一方だった。
花穂の中の白衣の天使像が完全に崩れてしまうのではないかと心配した鞠絵は、
出来るだけ看護婦と関係なさそうな場所に連れて行こうと考えた。
「そうだ! 実は最近新しく入ってきた女の子がいるんですよ。時々私も一緒にお話をしたりするんですけど、まだ小さいし、一人で心細いと思うんですよ。だから、お二人も一緒にお話でもしてあげてください」
「そ、そうなの。ここ…忙しそうだし…。花穂は別に構わないけど…」
「四葉もいいデスよ。女の子の悩みは四葉の悩み! 女の子の寂しさは四葉の寂しさ!」
「本当にそう思ってますか…?」
「オフ・コース!」
「あれ?」
「どうかしましたか?」
三人がその女の子の部屋に向かっている途中だった。
何度も同じような扉が続く廊下の中に他と異なる形式のものを花穂は見つけた。
診療所内にあって、その扉だけはどこか古めかしかった。
しかもその鍵穴も特殊な形をしていて、鍵穴を覗けば部屋の中を覗ける珍しい形をしていた。
「これは……ウォール錠デスか? 昔よく使われていた鍵の形デスね、今ではあまり見かけませんが」
「へぇ…。ここは何の部屋なの、鞠絵ちゃん?」
「院長先生の部屋ですよ。前に診療所の改装工事をしたときに院長先生が「どうしても」と残してもらったそうです」
「ふ〜ん……って何してるの四葉ちゃん!?」
ふと目を離した隙に、四葉は鍵穴を覗いて中の様子をうかがっていた。
「し〜、静かにしてクダサイ。今良いところなんデスから…」
「そ、そういう問題じゃないよぉ…!」
しかし間もなく覗くのをやめた。
さらに、何かつまらないものをみた、というような顔をして。
「机と難しそうな本があるだけで誰もいませんね」
「さっきと言ってることが違うよ…」
「そんなの覗くための口実に過ぎません」
「はぅ〜…」
その二人のやり取りをどう考えたのかわからないが、
鞠絵はたんたんとした様子で二人に先を促した。
「さぁ、そろそろ行きましょう」
「は〜い」
「…うん」
対照的な返事を返す二人を連れてずっと微笑を絶やさない鞠絵はゆっくりとその場所を立ち去った。
「それで! それでどうやったの?」
「実はデスね…」
今、三人は鞠絵の言っていた女の子の部屋にきていた。
その女の子の部屋では四葉が得意とする推理ものの話を展開していた。
女の子と鞠絵はそれを楽しそうに聞いているが、一人花穂だけは理解できずに目を回していた。
「実はまだそのときは死んでいなかったんデス!」
「えぇぇぇーーーーっ!?」
事件の全貌解明に盛り上がる二人。
鞠絵はその様子を見て、やはり任せてよかったと密かに喜びを感じていた。
花穂にとっては置いてけぼりをくらった感があるのだが…。
「皆が被害者の部屋の戸の前に集まったときにはまだ被害者は生きていマシタ。扉が開かない、鍵穴に何か詰まってると勝手に外でさんざん騒ぎ、中にいる被害者を扉の前に呼び寄せてさらに鍵穴に注意を引き付けマス。そこで扉開けるためにピストルでドアノブを撃つのデス! すると鍵穴を調べていた被害者はドアノブと一緒に……」
「わぁ…!? 凄いねお姉ちゃん。頭いいんだね」
「えっへん! ちなみに出来れば姉チャマと呼んでクダサイ!」
「そのトリックは…私、何かで読んだ気が……。それに姉チャマって…」
「一度呼ばれてみたかったのデスぅ〜。花穂チャマは頼んでも呼んでくれませんから」
「ひぁ? な、なに? 今呼ばれた?」
理解できないので、ずっと呆けていた花穂は、唯一理解できた単語、自分の名前に反応した。
「姉チャマ凄〜い」と尊敬の眼差しで四葉を崇める女の子を目を覚ましたばかりのような感じで花穂は見ていた。
夕食を食べ終えた三人は鞠絵の部屋でくつろいでいた。
「いやぁ〜、結局長々と話してしまいマシタね」
「花穂は頭痛がするんだけど…」
「ふふふ…」
「さて…これからどうしマスか?」
四葉の問いに一瞬部屋の中が静かになった。
しばし沈黙が続いた後、鞠絵の顔がだんだん緩くなってきた…ように二人には見えた。
そして花穂は段々と嫌な予感がしてきた。
「実はですね。最近ここの診療所の中に……」
「ちょっとまっ…」
「ストーーーップ!」
「「!?」」
鞠絵の声を静止しようとした花穂の声の上に更に四葉の声が被さった。
二人から止められたことに驚く鞠絵と四葉の声に驚く花穂。
二人の注目を受けながら四葉は静かに口を開いた。
「……恐い系統じゃないデスよね?」
「へ……? あ、うん。花穂もそれが聞きたかったの」
「………しゅん」
「しゅん…ってまた幽霊だったの!?」
「四葉は反対デス!」
「あ!? なら、鈴凛ちゃんが好きそうな噂がありますよ」
「鈴凛ちゃんが…?」
二人の反対を受けた鞠絵は、残念そうに別の噂話を切り出した。
二人は「鈴凛が…」と聞いたところで何となく予想が出来た。
「実はですね。ここの診療所の中に物凄い名品が眠ってるって噂があるんですよ」
「はい行きましょう」
「早いよ、四葉ちゃん…」
すでに扉の前にまで来て出て行こうとしている四葉の早業に呆れる花穂。
しかしその場はそんな四葉のはやる気持ちを抑えるように鞠絵が止めた。
今は微妙な時間帯で、その噂の場所までいくのに人に見つかってしまう。
なぜかその噂の場所に近づくと看護婦や医者に止められるというのだ。
結局この話は一時保留となり、三人は夜遅くなるまで部屋で談笑して過ごすことにした。
時刻は昨日と同じ午前1時。
用意された宿泊用の部屋から抜け出して鞠絵の部屋まで四葉と花穂は来ていた。
さすがに今回の鞠絵の顔は少し強張っていた。
それもそのはずで、権藤の信頼を裏切るような行動を起こそうとしているからである。
それに今日も見つかればさすがに好ましい状況とは思えない。
三人の顔つきは真剣だった。
鞠絵の心情がわからない二人ではない。
花穂の顔も普段みせないほどの真剣さ。
四葉の額にも薄っすら汗がにじんでいるみたいだ。
そしてその四葉がゆっくりと口を開いた。
「……鞠絵チャマ」
「……はい」
「………○○○しにいきたいデス」
「……我慢してください」
鞠絵が変わらず真剣な面持ちで自分の部屋の扉に手をかけて、
ゆっくりと開けた…。
そこには昨日見た光景と全く同じものが広がっていた。
非常用出口をしめす看板は今日も無気味なくらいに薄明るい…。
やはり人気はない。物音もしない。
鞠絵が重い足取りで一歩踏み出す。
続いて花穂が一歩踏み出した。
そして最後に四葉が一歩踏み出した。
そして……。
ぐるぐるぐる〜…
「……………」
「……………」
「(//////)」
四葉のお腹が豪快に鳴った。
暗闇でわからないが、四葉の顔は激しく赤面しているだろう。
出端をくじかれ、途端に不安を感じる鞠絵だった。
ある程度歩いたときだった。
昨日の肝試しをした場所の手前まできた。
しかし鞠絵はふと自分の単純なミスに気付いた。
見回りの時間が変わったのに、ココを通るのは危険なはず。
なら遠回りでも道を変えて行くべきだ。
その旨を伝えるために小声で二人に囁いた。
「(少し戻って、さっきの角を曲がりましょう)」
そう言って、振り向いた。
しかしそこには花穂の姿しか見えなかった。
「(あれ…? 四葉ちゃん?)」
「(どこに行ったのですか…!?)」
二人は振り返った暗闇の中に四葉の姿を求めた。
だがその姿を中々とらえることができない。
しかし先程鞠絵の促した角に普段の角の形とは違う、歪な物体がくっついている。
「(まさか…!?)」
鞠絵の危惧した通りそこにくっついてる歪な物体は…。
「チェキ〜…」
顔を真っ青にしているであろう四葉がそこにいた。
お腹をおさえたその様は、相当…限界が近いようだ。
「もう……無理、デス…」
「(ど、どうしよう鞠絵ちゃん!?)」
「(し、仕方ありません…。この先に行ったところにお手洗いがあります。とりあえずそこにいきましょう…)」
二人は四葉(お腹)に気遣いながら、どこまでも薄暗い不気味な廊下を、
巡回中の看護婦に見つからないよう例の肝試しの場所を通過した先にある手洗いを目指した。
「チェキ………」
――ピンポンパンポ〜ン
しばらくお待ちください――
「ふぅ〜…すっきりしました」
「四葉ちゃ〜ん……」
「それで、お宝は近いのデスか?」
手を洗いながら四葉は鞠絵に尋ねた。
「はい。もう、すぐそこですよ」
鞠絵はパッパと手を振るってる四葉にハンカチを渡しながら答えた。
「それじゃ、さっさとお宝ゲットしちゃいましょう!」
「そうですね」
「(あの…)」
「はい?」
危機的状況を回避してテンションが俄然上がってきた四葉を、やんなりと相手する鞠絵。
しかしそんな二人とちょっと違う雰囲気で花穂が口を開いた。
「(外に…誰かいるみたいだよ……)」
「「(え!?)」」
瞬時にして緊張感が舞い戻ってくる。
三人は先程と同じく真剣な顔つきになる。
鞠絵の頬を一筋の汗がつたう。
その様子を見た四葉は鞠絵を手で制す。
「(奥に隠れていてクダサイ…)」
「(えっ?)」
「(とりあえず四葉が確認してみマスから)」
「(花穂も行くよ!)」
二人は目で確認しあって頷きあう。
しかしその二人の優しさに感謝しながらも、鞠絵は力強く言った。
「(私も…行きます!)」
「「(えっ!?)」」
「(連帯責任…ですよ。私だけ仲間はずれなんて許しませんよ)」
笑顔で、しかし力強い目をした鞠絵が言った。
その決意を感じとった二人は何も言わずに頷いた。
そして三人は同時に扉に手をかけ、開けた!
「「「…あれ?」」」
「え?」
三人と外にいた人物は間の抜けた声を出した。
なんと外にいたのは加藤だった。
「なぜ女子○の前にいマスか!?」
「(四葉ちゃん声が大きいよ!?)」
当然の疑問であるだろうが、声が大きかった四葉に、声を小さくして花穂が言う。
「はは…。実は最近お手洗いに行ったまま自分の部屋がわからなくなるお年寄りの方もいるから、少し心配になってね」
「ああ…。そういえばそういう方もいますね…」
「迷惑な話デスね…」
「一昨日も西村さんが間違えて私の部屋に…」
「それは夜ば…」
ばしーーーんっ!!
「診療所も大変なんだね」
どこから取り出したのか、右手にハリセンをもった花穂が言った。
「あれ…? なぜまだ加藤さんはこちらにいるのですか?」
「いや、実は僕が昼に訪ねたときには誰もいなくてね。仕事で帰りが遅くなるって言うから、こんな時間になってしまったよ」
と苦笑する加藤だが、こんな時間というのは午前1時のことなのか?
鞠絵たちもそこが気になるのか、どうも腑に落ちない感じだった。
「ところで君たちは?」
「「「ギクっ!?」」」
聞かれるとは思っていたが、さっきの話を引っ張れば何とかなるかもとも考えていた。
いくら巡回中の看護婦でなかったとはいえ、加藤も先生ということを考えればあまり状況は好ましくない。
先程までの雰囲気からまたまた一変、三人の表情は固まった。
その様子を見て加藤は何となく三人が何か気まずいことをしていると悟った。
そして加藤はまた苦笑しながら言った。
「仲がいいのは良いことだけど、あまり夜更かしをしたらダメだよ」
「「「はい…」」」
「さ、早く部屋に戻って」
「「「え?」」」
「だから早く寝なさい」
笑顔で言う加藤の顔を三人は驚いた顔で見た。
別に加藤は三人を咎(とが)めるつもりはないらしい。
特に鞠絵は内心、ほっとした。
「もう、こんな時間まで遊んでちゃいけないよ」
「はい。ごめんなさい」
「りょーかい」
「どうもすいませんでした…」
その返事に満足したような笑顔を残し加藤は行ってしまった。
残された三人は互いに顔を見合わせて…。
「帰りましょうか…?」
「そう、デスね…」
「花穂も少し眠いよ…」
足早に、しかし音を立てないように三人は自分達の寝室を目指した。
四葉は時折、看護婦を気にしてか、後ろをしばしば振り返りながら進んでいた。
花穂は取りあえず転ばないように注意して進んでいた。
鞠絵は自分よりも二人が捕まるのではないかと心配しながら進んでいた。
そして、それぞれの思惑とは違う場所で、事件は起こっていた。
「ん……?」
診療所での二日目の朝。
かなり弱まったようだが相変わらず雨は降り続いていた。
その日、花穂は雨音を掻き分けて届く何処かからの慌しい喧騒で目を覚ました。
目をこすりながら、ゆっくりと体を起こして辺りを見回してみた。
どうやら部屋の中に変わった様子もなく、火事などの類ではなさそうだ。
そして隣のベッドで幸せそうに眠っている四葉を見た…つもりだった。
「あ、あれ?」
しかしそこに四葉の姿はなく、まるで飛び起きたかのように掛布団が無残にもベッドからズレ落ちかけていた。
もちろん四葉の寝相が悪くて落ちたのではない。
一人取り残されていることを認知した花穂は、取りあえず壁に掛かっている時計で時刻を確認する。
時刻は8時過ぎ…花穂の目覚まし時計なしの休日にしては早起きだ。
しかしそんなことに関心している場合ではない。
急いでベッドから飛び起きて、外の様子を確認するべく扉に向かう。
しかし寝起きで、四葉がいないことに動揺していた花穂は……
どっしーーんっ!!!
「いった〜〜い…」
派手な音をたてて転んでしまった。
考えてみれば鞠絵に会ってから、初転びである。
いつもの花穂にしては珍しい事だ。
それでもやはり、そんなことに感心している場合ではない。
さっ、と立ち上がり扉の取っ手に手を……
ぐぅ〜〜〜…
「はぅ!?」
豪快に花穂の腹の虫が泣いた。
そういえば、当然だが朝ご飯を食べていない。
しかし今は朝ご飯のことを考えている場合ではない。
今考えるべきことは……
「早く…お部屋から出ないと…」
とりあえず寝起き早々に体力がなくなる前に外に出ることだ。
何とか外に出ることが出来た花穂は目を疑った。
何が騒がしくしていたのか…それは警察官だった。
複数の警官が朝から忙しそうに診療所内を走り回っている。
そして何人かの看護婦が尋問を受けているようだ。
その様子から何か事件があったことは明らかなようだ。
花穂は勇気を出して近くにいる警官に何があったのか聞いてみようとした…。
が、忙しそうに動き回る警官はまるで花穂の姿が目に入っていない。
どうしようもなくアタフタしていた花穂の後ろから聞きなれた優しい声が聞こえてきた。
「花穂ちゃん、こんなところにいたのですか…」
「あっ、鞠絵ちゃん。ねぇ…何かあったの?」
「その話はまた後で…。今は取りあえずこちらへ……」
「う、うん…。わかった…」
いつになく真剣な顔つきの鞠絵に、花穂はただただ頷くことしか出来なかった。
花穂が連れてこられたのは食堂だった。
食堂の一番奥の席に座らされ、鞠絵も向き合うように椅子に座った。
そして鞠絵は一度グルリと周りを確認した後に、花穂に顔を近づけ小声で話し始めた。
「花穂ちゃん…落ち着いて聞いてください…」
「うん…」
話す鞠絵の声が微妙に震えている。
暑くもないのに花穂の頬を一滴の汗が流れた。
「実は……院長先生が倒れているのが発見されました…」
「え…? ええ!?」
「しっ!」
「あっ…ごめんなさい…」
小声で謝る花穂を見て、鞠絵は小さく頷いて続きを話し始めた。
今度は花穂の体が恐怖で小刻みに震えているようだ。
「それで…もしかしたら…持病ではなく、別に犯人がいる可能性があるそうなんです…」
「ええ!? あっ…」
大声を出したことに花穂は口を両手で覆う。
しかし鞠絵は悲しそうな表情をしたまま下を俯いている。
その様子を見た花穂も表情が曇ってくる。
まさか自分の診療所でこんな事件が起こるとは予想したことはなかっただろう。
暗い表情のまま、嫌な沈黙が続いた。
しかし、そんな沈黙を破る明るい声が二人に届いた。
「グッモーニン、花穂チャマ、鞠絵チャマ!」
「よ、四葉ちゃん!? 一体今までどこに行ってたの?」
「えっ? 今までお休みになられていたのではなかったのですか?」
「失礼な! 四葉はベリー早起きさんなのデス」
「「はぁ…」」
いまいち信用のない言葉だが、取りあえずこの状況で三人揃ったことは嬉しいことだった。
二人の表情が少し緩くなった。
「それで…どこに行ってたの?」
「クフフ…それはモーニングをいただきながらお話しましょう!」
花穂の目の前には朝食のメニューが並べられていた。
朝を食べられることは内心嬉しかった。
しかし、朝食を食べることを提案した四葉の表情が何故か暗くなっていた。
「どうかしましたか?」
「いやぁ…またお腹壊すんじゃないかなぁ…て思いマシテ…」
「え?」
「昨日、寝る前に考えたのデスが…。昨日四葉が急にお腹の調子が悪くなったのはコレのせいかと…」
「な、なんで?」
「ジャンクフードと呼ばれる科学技術の塊の食べ物に慣れてしまっている四葉にとって、この健康食はきつかったようデス…」
「四葉ちゃん…食が偏りすぎだよ。それに意外に運動不足なんじゃないかな…?」
「チェキ…面目ない限りでありマス…」
しかし、腹が減ってはなんとやら、何も食べないわけにもいかずに、四葉は諦めて病院食に手をつけ始めた。
花穂は次々と料理を平らげていく。
完全にさっきの話を忘れているようだ。
そこで仕方なく鞠絵が話をふることにした。
「それでさっきのお話の続きを聞かせてください」
「ふぁ、ふぁいふぁい。……んく……はぁ…そうデシタ!」
口の中いっぱいに入ったパンを牛乳で無理やり押し流す。
そして自分が話したかったことを思い出し再構成すること数秒。
「実はデスね、現場に侵入してきマシタ!」
「「え!?」」
「皆が急がしそうだったので、侵入は以外にも楽なのデシタ!」
「な、なんでそんな危険なことをするですかっ!」
「!?」
普段温厚な鞠絵の大声が食堂に響いた。
いつもは見せない険しい表情で、しかしその目は少し潤んでいた。
四葉のことが本当に心配だから、自然と声が大きくなる。
しかし、四葉もそのことは重々承知だった。
自分が何をすれば鞠絵が心配するか、傷つくのかを…。
「…ごめんなさい。でも…、コレばかりは譲れマセン。よりによって鞠絵チャマの診療所でこんなことをするような輩がいるなんて四葉の探偵魂が絶対に許せマセン!!」
「四葉ちゃん…」
「………ふぅ。わかりました…。今回だけですよ、四葉ちゃん…。でも、絶対に次からは無理はしないでくださいね」
「はい。お任せクダサイ!」
「それで…何かわかったの?」
「はい。院長先生は院長先生と婦長さんしか鍵を持っていない密室の部屋で心臓の発作が原因で倒れたそうデス」
「え? 事件じゃないの?」
さっき鞠絵から聞いた話と関連性のなさそうな原因だった。
しかし鞠絵は依然真剣な面持ちで四葉の話を聞いている。
「確かに倒れていたそうなのデスが、どうも不審な点があると…」
「不審な…?」
「はい。指先に小さく火傷の跡があり、苦しそうに倒れたのではなく突然倒れたかのような様子だったと…。それから床にその鍵が落ちていたそうデス」
「火傷と……鍵?」
「あと、常に携帯しているはずの心臓病のお薬が、院長先生の持ってる小さな薬箱の中に一つもなかったと…」
花穂は不審な点、というのに気が付いた。
薬は加藤が持っていっていたはず…。
それに昨日本当は加藤は何をしていたのか…。
様々な考え・思いが花穂の頭の中で渦巻いていた。
花穂が悩み苦しんでる間に鞠絵は四葉に更なる情報を求めた。
「大体何時くらいに院長先生が倒れたのかはわかりますか?」
「それがデスね…昨日は10時を過ぎてから帰ってきたらしいのデスが…、その後は誰も見ていないらしいのデス」
「そんな遅くに帰ってきたのですか?」
「はい。遠くでお医者さんの集まりみたいなものがあったそうデス。それで…唯一見たという方は重要参考人として今警察さんの取調べを受けてる最中なんデスよ」
その言葉に花穂が顔をあげた。
そう花穂の思っている通り、鞠絵が心配していた通り、
重要参考人とは…
「カトウさんデス。最後に院長先生を見たのはお薬を届けたカトウさん、時刻は1時前辺りだそうデス」
「やっぱり…」
「………」
「倒れているのが発見されたのは1時30頃…四葉たちが帰ったすぐあとぐらいデスかね。院長先生に確認してもらいたい資料があるということで訪れた婦長さんによって発見されました。ただ発見が早かったおかげか、現在も治療中デス」
二人は言葉を失ってしまった。
何を考えていいのかもわからない。
ただただ加藤が犯人ではないことを願うだけ…。
「悲しんでる最中に悪いんデスけど…」
と、四葉が声を発した。
「実は四葉にはもう……犯人なのではと思う人がいるんデス」
「「え!?」」
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