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四葉少女の事件簿

File2 君がいるから(雨降って地固まる)

作者:啓-kei-さん

  薄明かりが照らす幻想的であくまで清潔感を保った空間。
  そんな診療所の待合室で一人の少女が静かに椅子に腰掛け本を読んでいる。
  その少女に寄り添うようにして一匹の犬が同じように静かに座っている。
  眼鏡をかけたその少女の長い髪は綺麗に後ろで三つ編みにされており、
  落ち着いた服装で、物腰良さそうな雰囲気を醸し出していた。
  その少女――鞠絵はそっと読んでいる本を閉じ、待合室の壁時計を見て時間を確認する。
  時間は20時を少しすぎたぐらいだ。
  とっくに今日の診療時間は過ぎている。
  別に鞠絵は診察を待ってるわけではない。
  しかし先程からなんども時間を気にしていているので、本を読むペースも一向に上がらない。
  時計を見るたびに不安気な顔になっていく鞠絵の心中は穏やかではなかった。
  それもそのはずで、今日は自分の姉妹である二人が遊びに来ると聞いていた。
  しかしその二人は今になっても何故かここにおらず、連絡すらない。
  ――あの二人が自分にウソをつくはずはない、もしかしたら途中で何か事故に巻き込まれたのかもしれない。
  そんな不安は時間が経つに連れて大きくなっていった。
  それから30分くらいが経った。
  鞠絵の横に寄り添っている愛犬――ミカエルが大きなあくびをした。
  そしてずっと本を開けたり閉じたりを繰り返していた鞠絵は意を決したように席を立った。
  家のほうへ電話をしてみようと考えたのだ。
  しかしその一歩踏み出そうとしたとき…。

「チェッ!?」

 どんっ!

「え?」
  大きな物音とともに何か短な悲鳴のような声が外から聞こえてきた。
  鞠絵は待合室から飛び出して声の主の姿を捜して見たが、辺りは暗くてよく見えない。
  とりあえず眼鏡を掛け直して周りを再度見渡してみても何も見えない。
  自分の聞き間違いだったのだろうかと待合室に戻ろうとした時、
「チェキィィ…苦しいデス…」
  今度はハッキリと苦しそうな声が聞き取れた。
  しかし振り返り、また捜してみても誰も見当たらない。
「だ、誰かいるのですか?」
  姿が見えなくても、その声からしてそれが自分の捜している人ではないかと思う。
  二度目の苦しそうな声でこの辺りにいると確信した。
  しかし返事がない。
  もう一度、恐る恐る呼んでみる。
「……あの…、誰もいない…ですか?」
「その声は……鞠絵チャマデスか?」
  鞠絵の呼びかけに答える声が聞こえた。
  しかも意外に近い場所から…。
「はい。どこにいるのですか…?」
「こ、ここにいマスよ…」
「え?」
  しかし声が聞こえても、どこにいるのかわからない。
  先程からなぜか苦しそうな声で自分の存在をアピールしているのだが…。
「ここ…デス。……下デス、そこから右側の…」
「え? 下の、右……?」
  今にも消えてしまいそうなかすれた声で具体的な場所を言う。
  言われたとおりに鞠絵は暗くてよく見えないが右下辺りを見てみると……。
「ふ、二人とも……何をしていらっしゃるのですか?」
  鞠絵の視線の先……その先にはなぜか芝生の上に重なって倒れている二人の少女の姿が。
  そして上に乗っかっている方の女の子は目を回している。
「見ての通りなのデスが……」
「見てもわかりませんが…?」
「とりあえず…この…上のを退かしてくれマセンか…」
「は、はい」



  少女が目を覚ましたのは少し固めのベッドの上だった。
  ベッドの上に入り乱れているセミロングの綺麗な髪。
  額より少し上辺りの毛には、カチューシャをつけていた『かた』がついている。
  額に手をやりながら横になったまま天井を眺めていた。
  寝ぼけているのか、どこか上の空な様子でそのまま動く気配がない。
  そんな少女の左頬を突然何かザラザラしたものが触れた。
「わっ!? なにっ?!」
「あっ、お気づきになりましたか」
「鞠絵…ちゃん?」
  気が付くと側で鞠絵が微笑んでいた。
  そして自分の左側には一匹の犬が…。
  まだ状況をつかみきれていない少女の右頬に、今度は冷たい感触伝わった。
「わっ?! 今度は何っ?!」
「グッモーニン、花穂チャマ……ん? アフタヌーンなのデショウか?」
  花穂と呼ばれた少女の頬に袋詰めの氷を引っ付けたまま、指を顎に当て真剣に悩んでいる少女がいた。
  その少女はセミロングの髪に後ろ髪を二つに束ねていて額の髪をヘヤピンで分けている。
  その少女の悩みとは別に、やはりわけがわからずに花穂はオロオロしている。
「ね、ねぇ…ここはどこなの四葉ちゃん?」
「ここ? ここは………人の体に超神姫(ちょうしんき)というものを当てたり、ナイフで人の体を解剖したり、その解剖中にとてもくぐもった声で「汗、汗ぇ…」「♀…♀を…」「はぁはぁ…」なんて言ってたりする人が寝床にしてる基地の一室デス」
「えっ、えええぇぇぇ!!? どどどどどどこっ?!」
  鞠絵の入寮している診療所だ。
  本気で怯えている花穂とどこか不機嫌そうな様子の四葉と呼ばれた少女のやり取りを見ながら、
  鞠絵はずっと気になっていたことを四葉に聞いてみた。
「それで、あそこで倒れていたのは…何をなさっていたのですか?」
「ん…? あ〜、あれはデスねぇ…」
  キレのない返事を返される。何か言いにくいことらしい。
  普通はあんなところに二人重なって倒れるはずがない。
  そんな不安げな鞠絵の表情に気が付いた四葉は、
  観念したように「ふぅ」と一つ息をついて事の発端を話し始めた。
「実はデスね……」
「……はい…」
「色々とファットマンなどのせいで予定していた鞠絵チャマのところにくる時間が大幅に遅れることになってしまいまして…」
「ファットマン?」
「まぁ、その話はおいといて…」
「はぁ…そうですか…」
「そして駅に着いたのは19時…ハッキリ言ってもう鞠絵チャマに会わずに帰ろうと思ったりもしたのデスが…」
「……………」
  少し悲しげな表情を鞠絵が覗かした。
  それを見て慌てて四葉が言い訳をする。
「で、でもちゃんと来ましたよっ! ちょっと遅刻しマシタが…」
「大丈夫ですよ、気にしてませんから」
「は、ははは……。それでデスね、遅れて来たのに何のお土産もないっていうのは日本文化において失礼極まりない行為だと学びマシタ」
「そんなこと、気にしなくても…」
「そこで四葉たちは鞠絵チャマのために「何かしなくてはっ!」と思いまして…」
「はぁ…」
  どこでそんな文化を学んだのか、そしてどうやってそんな発想をしたのか。
  普通に遊びにこないことが全く鞠絵には理解し難かった。
「それで普通に入り口から入るのは鞠絵チャマに見つかってしまいそうなので、外の木をつかって二階から進入を…」
「ちょっと待ってください」
  と、聞き捨てのならない言葉が聞こえてきた。
  というよりちゃんとそこは聞いておかないといけない。
  いよいよ話がおかしくなってきた。
「何デスか?」
「なぜ二階に? それに私に見つかってしまうって…」
「先に鞠絵チャマの部屋に入って細工をしておこうかと…。その後は花穂チャマが鞠絵チャマを呼びにいくというものデシタ」
「あの…色々と問題のある発言に聞こえるのですが…?」
  遅れてきた上に部屋に侵入して何らかの細工をしようとしていたという。
  しかもそれを少しも悪気なく話す目の前の少女に呆れてしまう。
  それで花穂は気絶までしてしまったのならば言葉もない。
「でも、最初の木をつかうところで花穂チャマが木から落ちて失敗してしまいマシタ」
「あ…そっか。花穂、落ちちゃったんだ…」
  何故自分がこんなところで寝ていたのかをようやくぼんやりと理解することができた。
  「寝て」いたのではなく「気絶」していたようだが…。
  しかしまだ花穂自身が何か納得がいかないような気がする、そう思った。
「あの…あまり無茶しないでくださいよ。お二人が入院したらどうするのですか…」
「ごめんなさい…」
「以後気をつけるように言いつけておきマス」
「四葉ちゃんもだよ!」
「イエッサー」
  自分としては真面目に話をしているはずなのに、
  どことなく二人のやり取りを聞いていると簡単なコントのように思えてしまう。
  本当に謝る気があるのかすら疑ってしまう。
  花穂が鞠絵を呼びに行く役だったのなら、なぜ花穂まで木を登ろうとしたのかもわからなかった。
  遊びに来てくれた二人には悪いとは思いながらも、鞠絵はなんとなく嫌な予感を感じていた。



「それにしても…」
  花穂が気がついた部屋は鞠絵の病室だ。
  その部屋はあくまで清潔で質素で静かな部屋だ。
  ベッドの横に設置してある机の上にはたくさんの本が置いてあり、その横には兄の写真が置いてある。
  ただそれだけ。他にめぼしい物はない。
「こんな夜中だと……あまり大きな声で騒げないデスよね…」
「お外で遊ぶことも出来ないね…」
「すいません…。何もない部屋で…」
  確かに皆でワイワイ騒ぐようなものもないし時間的にも遅い…。
  鞠絵としてはそんなに自分から騒ぐほうではなく、
  テレビなどをそんなに見るほうでもなく、
  鞠絵の部屋の中で皆で楽しく出来るものは、楽しく会話(低ボリュームで)しか残っていない。
「あっ、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃ…」
「それじゃ、どういうつもりデシタか?」
  取り繕うとする花穂をすかさず指摘した。
  先程からどことなく四葉の言葉にトゲがあるように思われる。
  そんな四葉の態度に花穂も「むすっ」としてしまう。
「もう! 揚げ足取らないでよ!」
「人間正直が一番デス、特に何事にも奥手な日本人は」
「むぅ…でもそれで誰かが傷ついちゃったら嫌だよぉ」
  だんだんと花穂が涙ぐんでいる。
  その会話の中心と、不本意ながら、なっている鞠絵自身は、
  そんな花穂を見捨てるわけにもいかず、救いの手をいれることにした。
「あの…本人の前でそういう会話はダメなんじゃないですか…? それに本当に気にしてませんから…」
「ご、ごめんなさい…」
「以後発言に気をつけるように言いつけておきます」
「………もう知らないもん」
「お二人とも、喧嘩しないでください…」
  やはり四葉はどこか不機嫌そうである。
  一方的に花穂に当たっているようにも見えないでもないのだが…。
  花穂のほうは、目覚めてから四葉の言葉によって不機嫌にされている。
  しかしなぜ四葉の機嫌が悪いのか、花穂にも鞠絵にもわからないでいた。
  このままでは場の雰囲気が悪くなる一方である。
  このままでよいはずもなく、とりあえず原因を聞いてみることにした。
「あの、四葉ちゃん。何かあったのですか?」
「……………」
「四葉ちゃん?」
「……だって花穂チャマ、四葉に一言も謝ってないデス」
「えっ、花穂が? ……なんのこと?」
  全く予想していなかった返事に、気のない返事をしてしまう。
  そんな花穂の反応に四葉の苛立ちが増した、ように鞠絵には見えた。
「ミッションの最初に木から落ちてきて、さらに四葉の上に落ちてきたことに対してデスよ!」
  突然大きな声を出した四葉に部屋の中は一時静まり返った。
  そして花穂はようやく明確に自分が落ちたときのことを思い出してきた。
  確かに自分は木から四葉の方に向かって落ちて行った、と。
  先程花穂の頬に押し当てていた袋の氷は、そのときに出来たたんこぶを冷やすために使用していたものだったらしい。
  しかし花穂の登っていた木の真下にいた四葉に落ちることは、ほぼ不可抗力というものなのだが。
  四葉となぜか花穂もそのことに気付いていないようだ。
「ち、違うもん! 確かに四葉ちゃんの上に落ちちゃったけど…あれは花穂のせいじゃないもんっ!!」
「なら誰のせいデスか?」
「それは………わからない…」
「さぁ、謝りなさい」
「ちょ、ちょっと待って! 本当にわからないの! ……登ってるときに何かが頭に落ちてきたんだもん…」
  花穂はあまり木登りに自信がなかったのだが、鞠絵の驚く顔を見てみたいという衝動が勝った。
  しかし懸命に登っていたその時、頭に軽い衝撃をうけ、ビックリして思わず手を滑らしてしまったのだ。
「…本当デスか?」
「う、うん…」
「そこまで言うのでしたら、調べに行きましょう」
「え? こんな時間に…?」
「善は急げと言うらしいデスから」
「うぅぅ〜…」
  有無を言わせず先に部屋を出て行く四葉。
  その後ろをベッドから降りて、元気なくフラフラと追いかけていく花穂。
  そんな二人の様子を残された鞠絵は心配そうに見つめていた。
  そして兄の写真を一目みてからミカエルと一緒に二人の後を追った。



  辺りは漆黒の闇につつまれていた。
  漆黒を照らす明かりは月の薄明かりのみ。
  その薄い明かりも、時折かかる小さな雲で見え隠れしている。
  その薄暗い芝生の上をモゾモゾと動く二つの影がある。
  花穂が言う「何か」を探している四葉と花穂だ。
  その二人を後ろから心配そうに鞠絵は見守っていた。
  鞠絵の心配の種の一つは、時間的にいえばもう看護婦の巡回時間であるということ。
  入寮しているという自分の立場からして見つかるのはあまり好ましい状況ではない。
  そんな心配をよそに、二人はムキになってその「何か」を探している。
  しかし物がハッキリしないので探そうにも探しようがない。
「あぅ…見当たらなよぅ…」
「やっぱりウソだったんじゃないデスかぁ?」
「そ、そんなことないもん! 確かに何か当たったんだもん!」
  四葉が疑いの声をかける。
  しかし断固として「ある」と言い張る花穂。
  このままでは埒(らち)があかない。
  段々と焦り始めた鞠絵は、二人が会話、情報の交換をしていないので、自分が仲立ちをするしかないと決めた。
「あ、あの…花穂ちゃん。どんな形だったのかわからないんですか?」
「形…? う〜ん………あっ! そう言えば結構小さくて細かったよ、棒みたいなもの」
「棒…ですか?」
  鞠絵の思惑通り、どんなものを探せばいいのかわからなかった四葉はちゃんとそのやり取りを聞いていた。
  近くに落ちている木の枝を手にとってみる。
「棒? こんなもので? ……本当デスかぁ?」
「本当だもん! そんなに大きなものじゃなかったもん!」
「あ、あの…そんなに大きな声を出されては…」
  二人の喧嘩を仲裁しなければいけないのだが、
  鞠絵としてはこんな時間に大声を出されるほうが困ってしまう。
  先に仲裁すればいいのだろうが、鞠絵もやや混乱気味で頭の回転が鈍っていた。
  そんな鞠絵をよそに二人のやり取りは段々と荒々しくなっていく。
「そんなに小さなものが当たっただけで落ちてしまうとは…相変わらずのドジっぷりデスね」
「むぅ! ビックリしただけだもん!!」
「葉っぱなら大丈夫でしたかぁ?」
「真っ暗だったから急に何か当たったから驚いただけだよ!」
「だ、だから…大きな声は…」
「誰かそこにいるの!」
「あっ…」
「「え?」」
  鞠絵の願いも虚しく、二人の声は巡回中の…いや、おそらくそれ以外の病院内外の人たちにも聞こえていただろう。
  そんな三人の姿はあっさりと看護婦に見つかってしまった。
  全く状況を理解していない張本人たち。
  そして鞠絵は顔には出さないものの、心の中で泣いていた。



「まさか鞠絵ちゃんだったなんて、ビックリしたわ」
「す、すいません…」
  結局巡回中の看護婦さんにつかまってしまった三人は病室まで連れ戻されていた。
  しかし普段の鞠絵の病院内の行いのおかげで、それほどお咎(とが)めを受けることはなかった。
  それよりも看護婦と鞠絵が困っているものが……。
「違うんデス! 鞠絵チャマは悪くありマセン!」
「そうなんです! 悪いのは花穂たちなんです!」
「何で「たち」がつくデスか?」
「花穂だけが悪いって言いたいのっ!?」
「違いマスか?」
  病室に戻っても相変わらずの調子なのだ。
  いや、先程より激しくなっている。
  喧嘩をしている二人をオドオドしながら見ている鞠絵を見て、
  巡回当番の看護婦は仕方なく二人の仲裁を買って出ることにした。
「はいはい、ストップ! そこまで。何となくわかったから」
「チェキ?」
「え?」
「ここがどこだかわかってるの? これ以上騒ぐようなら出てってもらうけど?」
「「……………」」
「これでひとまず大丈夫ね。それじゃ、あとは任せたわね鞠絵ちゃん」
「…はぁ……」
  あまり元気のない返事をする鞠絵に笑みを浮かべて小さく「頑張って」と言って巡回に戻っていった。
  しかしそれでも目を合わせようとしない二人を見て、一抹の不安をおぼえる鞠絵であった。



  看護婦が部屋を出て行って、早20分。
  その間に雰囲気はますます鞠絵の好ましくない状況になっていた。
  その状況とは…。
「そう言えばデスね、鞠絵チャマ」
「あっ、この前ね鞠絵ちゃん」
「そのサスペンスドラマでデスね、鞠絵チャマ」
「そうしたらね竜崎先輩がね、鞠絵ちゃん」
「鞠絵チャマはどう思いますかこのトリック」
「ね? 笑っちゃうでしょ鞠絵ちゃん」
  という感じの名指しの会話が続いていた。
  しかも鞠絵を挟んで両方から話し掛けられてるので、どう対応していいのかわからない。
  ミカエルも尻尾と体を床に「ぺたっ」とつけてそんな二人と主人の様子を伺っている。
  対応に困った鞠絵はただただ苦笑いをしているしかなかった。
  早く時間が経ってほしいと思いつつ、体感時間は2時間だが本当は20分。
  思わぬところで病状が悪化してしまいそうだった。
「あっ…」
「「??」」
  ふと思いついた。
  話し掛けられてるからダメなのではないか、と。
  つまり自分から話し掛ければいいのだ、二人が興味を持ちそうな話題で。
  気が付いたなら簡単、瞬時にして二人の興味をひく話題を…。
  話題を…。
「…………」
「鞠絵チャマ?」
「どうしたの鞠絵ちゃん?」
  訂正。
  思いついても話題を考えるのは別に簡単ではない。
  入寮生活が長く時事ネタに乏しい鞠絵にとって、
  二人の興味を引くような気のきいた話がすぐには出てこない。
  部屋の中の気まずさが続く。
  鞠絵は何かを言いかけたような口のまま止まっている。
  四葉と花穂も何がどうなっているのかわからかった。
  変な緊張感が部屋をつつむ。
  するとそんな話し出しにくい雰囲気の中、鞠絵の顔がだんだん緩くなってきた…ように二人には見えた。
  その鞠絵の様子からして何かいい話題を思いついたようだ。
  二人からの注目に気付いた鞠絵は、少し顔を赤らめて口を開いた。
「じ、実はですね。最近ここの診療所の中に幽霊が出るって噂になってるんですよ」
「え?」
「ゆう…れい…?」
  二人が不安げな顔になる。
  鞠絵の考えが理解しかねた。
  今、こんな時に、こんな場所でする話題ではないのではないか。
  二人の興味を引くというより、二人の恐がりな性格からして興ざめではないのか。
  だが、鞠絵はなぜかニコニコしながら話している。
  そしてその表情を見て、なぜか四葉の表情が自信に満ちてくる。
「クフフ…、そういうことデスか。さすがは鞠絵チャマデスね」
「え?」
「つまり四葉と花穂チャマで肝試し勝負をして決着をつけろというわけなのね」
「え、ええ?!」
  鞠絵の表情が一変して急に焦り始めた。
  一触即発な雰囲気の二人には逆効果だったようで、どうやら鞠絵の思惑通りには行かなかったようだ。
  そしてやる気満々な四葉。何の決着をつけるつもりかわからないが…。
  すっかり鞠絵は自分の味方だと思い込んでいる四葉は鞠絵の不用意な発言を誤解してしまった。
  こちらも鞠絵は自分の味方だと思っている花穂の表情は硬い。
「そ、そうなの…鞠絵ちゃん」
「で、もうルールは考えていますか?」
「いえ、まだです…というよりも…」
「では、その心霊スポットまで行ってその正体を突き止めたほうが勝ちにしマショウ!」
「で、でも…もし本物のお化けさんだったら……」
「え? ………だ、だだだだいじょぶに決まってるデスよぅ」
  花穂に言われて気が付いた。
  怒りに任せて勢いで言ったものの、改めて考えてみると恐ろしいことである。
  なぜ自分はこんなことを言ってしまったのか…。
  血の気が引いていくのを感じた。
  しかし今更後には引けない。
  二人の不安で怯えた様子を見て「やめればいいのに」と鞠絵は思っていた。
  しかし自分が原因であることには変わりないので、どう収拾をつけようかとも同時に考えていた。



  時刻は午前1時。
  非常用出口をしめす看板の無気味なくらいに薄明るい灯り。
  人気はない。物音もしない。
  そんな不気味な空間の中に3人の少女の姿はあった。
  言うまでもなく鞠絵たちである。
  先程の喧嘩で決まった肝試しの真っ最中だ。
  しかし、肝試しで幽霊の正体を突き止め勝負するというものだったはずが、
  今は何故か先頭を鞠絵が、その後ろから身を寄せ合ってオドオドしている四葉と花穂がついていっている。
  その様子を見て鞠絵は「はぁ」とため息をついた。
(これで仲直りできた……って言ってもいいのですか…ね?)
  二人はさっきまで喧嘩していたとは思えない。
(でも…部屋に戻ったらまた荒れそうですよね……二人の性格からして…)
  と、淡い期待を一瞬で否定し、次の作戦を考えていた。
「?」
  ふと、やや俯き気味に考えながら歩いている鞠絵の視界に何かが見えた気がした。
  立ち止まってよく前を見てみたが何も見当たらない。
  見間違いだったのかと眼鏡の微妙なズレを直す。
  その頃、後ろの二人は急に鞠絵が立ち止まったので、体を「びくっ」とさせて止まった。
  そして何かいたのかとすばやく周りを見渡し、何もないとわかると「ほっ」と胸を撫で下ろす。
「あの…」
「「!!!!???」」
  急に声をかけられ、いつもよりも小さくなっていた二人は……、
  もとい、体を縮こませていた二人の体は伸び上がり本当に地面から足が離れそうなくらい驚いた。
  急でない声のかけ方がどんなものかわからないが。
  二人の心臓の鼓動は鞠絵に聞こえるのではないかというくらい激しく動いていた。
  そして二人とも目に涙を溜めて、恐怖で声がでない。
「あの…二人ともどうかしましたか?」
  心配そうな顔を覗き見る鞠絵を見てさらに不安になってくる。
  相手が何を言おうとしているのかもわからないのに、だ。
  何か声を出そうとして、二人は数回口をパクパクとさせたあと、搾り出すように言った。
「「な、な…に…」」
「…………」
(本当は二人とも仲がいいのに…でないと、こんなに見事にシンクロしませんもの…)
  鞠絵が黙ってしまったのでまた二人の不安は増してきた。
  本当にガタガタと震えが止まらなくなってしまっている二人を見て、
  ちょっとした仕草にも気を使わないといけないのかと、逆に自分がストレスがたまりそうだと苦笑いした。
「大丈夫ですよ。単なる噂ですから…何も出てきませんよ」
「「ホントウ…?」」
「…ええ。本当です」
  見事に揃った二人のカタコトになっている声を聞いて、
  もうそろそろ可哀想なので引き返したほうが良さそうだと考え始めた。
  その時だった。
「あら?」
  非常灯の明かりのない暗闇の中を何かが光った。
  その光はユラユラとせわしく動いている。
  巡回中の看護婦が懐中電灯を持って歩いている…姿は見えない。
  鞠絵の顔が少し引きつった。
  別に恐ろしくて顔が強張ったわけではない。
「「きゅう〜…」」

 ばたっ

  嫌な予感がして振り返って見る。
  先程まで後ろにいたはずの二人の姿が見えない。
  見えないわけではない……鞠絵は視線を下にずらしてみる…。
  そこには目を回して倒れている四葉と花穂が…。
「……やっぱり…」
  鞠絵の顔の引きつった理由、それは後ろの二人を心配したからだ。
  出ないと言った直後だっただけに後ろめたい気もあったが…。
  まさかここまで恐がるとは思わなかった。
  実は最初は二人の恐がりを、言葉は悪いが、利用して少し静かにしてもらおうと考えていた。
  しかし四葉があんなことを言うとは考えてもいなかった。
  そう、実は鞠絵はその幽霊の正体を知っていたのだ。
  光が徐々に大きくなっていく…。
  それに伴い何か音が聞こえてきた。
  そして突如光が鞠絵に急速に迫ってきた。



  花穂が目を覚ましたのは少し固めのベッドの上だった。
  額に手をやりながら横になったまま天井を眺めていた。
  寝ぼけているのか、どこか上の空な様子でそのまま動く気配がない。
  どこかで同じようなことを体験したことがあるような…そんな気がした。
「夢…?」
「夢じゃありませんよ」
「わっ!?」
  突然の声に、即座に体を起こす。
  と、眩しいばかりの光が目に入ってきた。
  手で光を遮りながらながら窓の外を見てみる。
  眩しさの理由はすぐにわかった、すっかり太陽が顔を覗かしていたからだ。
  小鳥のさえずりが聞こえ、外を散歩するお年寄りの姿も見える。
「え? 朝…?」
「ええ。おはようございます」
「おはよう…ございます…?」
  まだ納得出来ていない様子の花穂だったが、
  何かが自分の隣に「ある」ことに気が付いてそちらを向いてみる。
  隣では四葉が小さく寝息を立てて眠っていた。
「え? 四葉ちゃん?」
  なぜ四葉が隣で寝てるのか。
  鞠絵の言うように夢でなければ昨日喧嘩していたはずである。
  それとは別に気になることもある。
  部屋の中を見渡してみる…。
「鞠絵ちゃんは……どこで寝たの…?」
「あぁ…」
  鞠絵は寝起きでまだ状況を完全に理解したようにみえないのに変なところに鋭い花穂に思わず苦笑してしまった。
  部屋には一つのベッドしかない。
  しかしそのベッドには自分と四葉が並んで寝ていた。
  つまり、花穂の疑問も当然である。
「鞠絵ちゃん?」
「私は隣の部屋のベッドが余っていたので、それを使わせてもらいました」
「えっ? …ご、ごめんなさい! 花穂たちが鞠絵ちゃんのベッドを使ちゃったから…」
  自分達のせいで鞠絵がベッドを替えなくてはいけなくなった。
  病人である鞠絵をお見舞いに来たはずなのに、迷惑をかけてばかりいる。
  そんな自分が情けなくて薄っすら涙が浮かんでくる。
  花穂の声に反応したのか、隣で四葉がモソモソと動いた。
「………花穂ちゃん」
「……はい」
「顔をあげてください」
「え…?」
  自分の予想に反して、とても穏やかな声が返ってきた。
「確かに二人とも何をしにきたのかよくわからないのですけど…」
「あぅ…」
「昨日は結局2回、叱られました」
「ごめんなさい…」
「実は嬉しかったり、残念だったり…複雑なんです」
「………え?」
「看護婦さんに叱られることなんて今までなかったから、怒られるってあんな感じなんですね。それと、あんなに夜遅くまで起きていたこともないですし、あんな時間まで一人きりじゃなかったなんて久しぶりでしたから。……でも…」
「でも…?」
「お二人が遅刻してきたことと喧嘩していたこと…これが残念でした」
「…………」
「折角皆でいても、夜遅くまで起きていても、お二人が喧嘩してたら楽しめるものも楽しめないですよ」
「…………」
「本当は楽しむものじゃないんですけどね」
  気付いた。
  自分達は何をしてたんだろう。
  鞠絵が一人で心細いだろうと思ったから、
  兄に会えなくて寂しがってるだろうから、
  だから四葉と二人で一緒に行こうと決めたはずなのに…。
  すっかり下を向いてしまった花穂……は四葉と目が合った。
「うわぁっ!!? 起きてたの四葉ちゃん!!?」
  眠そうに目を細めながらゆっくりと体を起こす。
  鞠絵と花穂を交互に見てから…。
「…グッモーニン……デスか?」
「え…? 聞いてなかったの、今の…」
「……何のことデスかぁ…???」



「おぉ! これがビョーインショクというものデスかっ?」
  三人は朝食を食べるために食堂に来ていた。
  ここも他と同じように清潔に保たれている。
  三人の他にも朝食のために結構な数の人が集まっている。
  食事ののったトレーを受け取った四葉が感嘆の声をあげる。
  席に座り、鞠絵と向き合う形で二人は座った。
「病院での食事は初めてですか?」
「そうデスねぇ…。たぶん…初めて、かな?」
「なんで花穂に聞くの…?」
「花穂チャマはいつもこけてばかりだから、体がボロボロかなぁっと思いまして」
「ひどいよ…。それにやっぱり四葉ちゃん関係ないし…」
  楽しそう(鞠絵視点)に会話をする二人を見て、鞠絵は「ほっ」と安堵の息を漏らした。
  今朝の四葉の様子はおかしかった。
  演技でもしているかのように花穂との喧嘩のことだけを覚えていないというのだった。
  そんな様子がどうも腑に落ちないものの、
  鞠絵の話を聞いて落ち着きを取り戻した花穂にとってはある意味好都合でもあるので、
  むやみに記憶を掘り出そうとはしなかった。
「おはよう鞠絵ちゃん」
「あ、おはようございます」
  鞠絵が肩を「ぽん」とたたかれたので振り返ると、
  昨日巡回中に鞠絵たちを見つけた看護婦が微笑みながら立っていた。
  手にはトレーを持っているので、これから朝食といったところだろう。
「誰デスか?」
「ほら、昨日花穂たちが……」
  言いかけてからつまった。
  言ってしまってもいいのだろうか、もしかしたら四葉が思い出してしまうかもしれない。
  また喧嘩してしまってはいけないと、花穂は一人葛藤していた。
「あぁ、昨日お世話になった看護婦さんでしたね」
「……え?」
「ん? 違いましたか?」
「い、いや。あってるよ…たぶん」
  意外な返事が返ってきた。
  本当に喧嘩していたことだけを忘れているようだ。
  お世話になったということをどう認知しているのかはわからないが。
「おっ、昨日の迷惑コンビね」
「あぅ…」
「失礼な! 仲良しコンビの間違いデス!!」
「あっ…」
  四葉の言葉に花穂が反応した。
  そして自然と笑顔になる。
  そんな二人の様子を見て、看護婦は昨日の様子を思い出し訝しげな目で見ながら…。
「どういうこと?」
「ふふ…。昨日はたまたまなんですよ。これが本当の二人なんです」
「ふ〜ん…」
  ずっと自分のほうを見て微笑んでいる花穂の様子に気付いた四葉は、
  花穂のほうを向いて、こちらも微笑んでみせた。
「なんだかホンワカしてるようね…」
「はい」
「…私もここで食べていいかしら?」
「はい。どうぞ観覧していってください」
  ずっと微笑み合ってる二人をみながら、
  看護婦と鞠絵は二人ともそれぞれ異なった面持ちで眺めていた。



  時刻は朝の10時くらいである。
  診療所の外にある小さな池の前のベンチに座る三人の姿がある。
  それは鞠絵を真ん中にして四葉と花穂が両脇に座っているのだ。
  決してまた二人が喧嘩をしているのではない。
  当初の目的を思い出したからだ。
  楽しそうに話し掛けてくれる二人に鞠絵の顔も終始笑顔のままだ。
  しかし、笑顔なのだが鞠絵はそんな二人に対して別のことも考えていた。
(二人とも…仲がとてもよろしいですね…)
  鞠絵が考えているのは二人の仲のよさに自分だけが取り残されているのではないか、
  という疎外感を感じる不安………ではない。
(二人とも仲が……良過ぎてないでしょうか?)
  そう。
  昨日の二人の大喧嘩が本当にウソのようで、
  二人は生まれて出会ってから一度も喧嘩はおろか一緒にいなかったことがないのではないか、
  と鞠絵が思ってしまうくらいの仲のよさである。
  鞠絵を間に挟んで二人で会話をしてるような…。
  心配しているのは二人が打ち合わせか何かで自分の前だからぎこちない演技をしているのではないか、
  という後ろめたさ………ではない。
(まさか…二人ともそういう関係……)
  ……と、小説の読みすぎで変な方向に物事を考えていた。
  もちろん二人は鞠絵の考えてるようなことはないのだが…。
(ドキドキ…)
  周囲から見たら、このベンチの周りには変な空気が流れているように見えるだろう。
  ひたすらニコニコしてる二人(耐えない会話付)とニヤニヤしてる一人(曖昧な相槌付)。
  それぞれの思惑を互いに理解することなく、時間だけが過ぎていった。



「ところで鞠絵チャマ…」
「あっ、はい。何でしょうか?」
  突如、変な空気を四葉が自ら乱した。
  乱されて困る人などいないが。
「さっき食堂に行ってる時に気が付いたんデスけど」
  人差し指を唇にそっとあてながら思い出すように言う。
「あの通路の途中に鏡が置いてありましたよね? あれって邪魔にならないのデスか?」
「えっ…!?」
  何故か鞠絵が動揺した。
  四葉の言っている鏡が置いてあるのは、昨日三人が肝試しを行っていた場所である。
  動揺する鞠絵に気付いていない花穂には何のことだかわかっていない。
「どういうこと?」
「あの鏡の置いてある位置デスよ。ちょうど曲がり角に置いてあるから、あんなところで鏡を見る人なんていないと思いマス。それにあそこを巡回中の看護婦さんが通ったら、鏡に映った自分の姿が暗闇で幽霊と勘違いしてしまいマスし、懐中電灯の光が鏡に反射すると火の玉みたいに見えたりしないデスか?」
「…………」
  四葉のあの鏡があることによって起こりそうな推測を聞いて鞠絵は言葉を失った。
  実は全く以って正解なのである。
  昨日四葉と花穂の前で起こった出来事、それはまさしく四葉の言ったとおりで、
  巡回中の看護婦の懐中電灯の光が反射したものがユラユラとせわしく動いていたのだった。
  鞠絵があの時驚いた理由の一つに、いつもならあの時間にあの場所を巡回しないと知っていたのに、
  昨日はあそこにいた、ということだった。
  しかし鞠絵はそれ以上に驚いたことが。
  このトリックに自分が気付いたのは幽霊騒ぎが持ち上がってからである。
  さらに自分もそれに引っかかって2〜3日晩に一人でいるのが恐くて仕方がなかった、
  そんな日を含めて約1週間でやっと気付いた。
  それを四葉は気絶して忘れている(らしい)状態でそこを通っただけで気付いたというのだ。
  さすがに自称名探偵、といったところだろうか。
  普段の言動からは考えられないほどのキレのよさ。
  本人の気付かぬところで恐いから二度と見たくないという防衛本能が発動しているのかもしれないが…。
  とは言ってもそれは四葉にある特技のようなもので、
  そんな防衛本能なんて発動することにとても疎い人物もここにいる。
「……あ、そういうことだったんだアレ…。………って、もしかして鞠絵ちゃん…」
「ばれちゃいました…?」
「鞠絵ちゃんの意地悪ぅーっ!」
「ふふふ、すいませんでした」
  駄々っ子パンチをする花穂に笑いながら対応する鞠絵。
  花穂も本気で怒っているわけではないので、徐々に笑いがこみ上げてくる。
  四葉もそんな二人の様子を見て自然と笑いがこみ上げてきた。
  そしていつの間にかまた三人は笑っているのだった。

  そんな三人を遠くから鋭い目で睨み続ける存在に気付かぬまま…。


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