祭りの前と祭りの後、どちらが好きかと聞かれたら、僕は祭りは嫌いだと答える。
深い理由なんてものは無くて。
ただ僕には、祭りの熱気も活気も、肌に合わないというだけのことだ。
僕は、目の前を通り過ぎる人々に、チャップリンの顔を重ねた。
祭りの前、人々は訪れる熱に心を躍らせる。
その後に訪れる、ふと冷静に現実へと立ち戻る自分を、経験からも、無意識からも予感しているからだ。
だから余計に彼らは、その瞬間の熱を無防備に受け入れる。
そうして、祭りに踊る馬鹿を演じる。
まるで、喜劇役者のように。
「まさに祭りの前だな」
同じように行き交う人々を眺めながら、村木が言った。
僕は彼の横で何も言わずにただ、頷く。
僕の通う大学では、明日から文化の日まで4日間、学校祭が行われることになっていて、
今日の午後はその準備に充てられていた。
村木は小学校から付き合いのある友人で、こういうお祭りごとが大好きだった。
だから、前々から大学に行ってみたいと言っていた彼を、僕はこの機に乗じて連れて来た。
そうして正門近くの噴水広場でベンチに腰を下ろし、忙しそうに動く人々を一緒に、
他人事として眺めていた。
「何だ、ありゃ?」
村木の指差す先、図書館の前で、妙な衣装の男女が周囲の人間に声をかけていた。
演劇サークルの連中だ。
「チケット売りだろ」
一月ほど前から、軽音サークルや演劇サークルの面々は、時にはパフォーマンスを交えながら、
チケットの販売を行っている。
あの妙な衣装は、僕も前に見たことがあったから知っていた。
「へぇ」
村木は流行りの番組のようにそう言って、右手でポケットからタバコを取り出す。
「やる?」
「俺はいいよ」
僕の返事を受けて彼はタバコを咥え、先ほどと同じ手でライターの火を点した。
風が吹いて、熱の塊が大きくゆらゆらと揺れる。
悪戦苦闘する彼を見かねて、僕は自分の右手を差し出した。
彼はもう片方の手で風除けを、作ることができない。
理由は簡単で、無いからだ。
彼は高2の夏に、事故で左手を失っている。
夜遅くに僕の家へ寄った、その帰りのことだった。
「サンキュー」
ライターをしまいながら、村木は笑って言った。
「風が強いと、やりにくくってしょうがねぇや」
「はは」
僕はその顔につられ、思わず表情が和らぐ。
確かに燃える火の赤が、彼の呼吸に合わせて鮮やかに色合いを増した。
「こっちの方は、どうだい?」
言いながら村木が、タバコをつまんだ手でモノを書くジェスチャーをした。
顔合わせの日から、もう2週間が経過していた。
「受賞した気分はさ」
「あまり興味無いんだ」
撮影はもうとっくに始まっているらしかった。が、僕は理由をつけて、一度も顔を出していない。
僕が行ったところで、何も出来ずにボーっとしているしかないことは明白だし、
何より話を書き終えた時点で、僕の中で自分のできることは既に『終わって』いる。
セリフをどう喋ろうが、どんな音を付けようがご勝手に、と思っていた。
「クゥルだな。お前さんはクゥルだ」
村木が唇を尖らせ、あたけて言った。
「そういうキミはどうなんだ」
僕は反撃のつもりで言った。
村木が上京してきたのは一年半前。
地元の仕事を辞めた彼が、突然僕の住居へとやって来た。
そこで僕は彼から、今まで貯めた金で東京へ出て来て、今は仕事を探している最中だという話を聞いた。
彼は高校を中退した後、二度、仕事を変えていた。
そして東京に来てからも既に一度、職を離れている。
今いるところは、今までで一番給料の安い、印刷業者の雑用の仕事だった。
そんな彼に僕は会うたびに、彼の今の状況を問う。
村木はいつも、苦い笑いを浮かべるだけだった。
「俺はねぇ・・・。まぁ、だらだらやってるよ」
「そうかい、だらだらね」
それだけ言って、僕らは再び人々に目を戻した。
何かの機材を運ぶ男たちが、噴水の脇を通り抜けていく。
僕は村木に、尋ねることがあるのを思い出した。
「そういや、ハガキ見たか?」
「ハガキ?」
「同窓会さ。中学の」
僕は言いながら、左手で足元の雑草をむしり取る。
「確か来週末だと思った」
「なんだ、そうなのか。全然知らなかった」
「どうするんだ?」
「面倒臭え。どのみち行かねえよ」
適当にほうった緑色の切れ端が、ふわりと風に乗って少し先へ着陸する。
村木は遠くを見つめ、心を落ち着けるようにニコチンの煙を、吸い込んだ。
僕はそれ以上、何も言わなかった。
「演劇サークル『浮き輪舟』でーす! 明後日の初日は14時と19時の2回公演となっておりまーす!
この機会に是非、お立ち寄りくださーい!!」
チケットの売り娘が、忙しそうに愛想を振りまき続ける。
その声で僕は、意識を現実へ引き戻した。
何が「この機会に是非」なのかよく分からなかったし、声をかけられても面倒だったので、僕は村木を
少し遅い昼食を兼ねて、学食へ誘うことにした。
「お、いいね」
村木はそう言って、笑った。
別に芝居を観ることに何の問題も無ければ、多少の金を払うのを渋っている訳でもない。
ただ僕は村木の前で、大学というコミュニティに属する人間性を発揮するのが嫌だった。
食堂までの道のりは、人と枯葉が共に舞う、秋の道だった。
僕はぼんやりと、昔、何かの映画で観た風景を思い出した。
「何かの映画で」
村木がポツリと言った。
「無かったっけ、こんな景色」
彼の言葉に僕は思わず、含み笑いを浮かべた。
中学生の頃、彼と一番好きな映画について語り合った事を思い出した。
「そうだなぁ・・・。なんだっけ」
「思い出せないからお前に聞いてるんだよ」
秋の匂いが漂い、風が通り過ぎる昼下がりの道に、ふと気付かされる寂しさ。
舗装されたアスファルトの灰色。土の上に積る黄金色の舞台。揺れる赤の葉。
そこにある全てが、僕にデジャヴのような刺激を与える。
正体が分からず、ただ手を伸ばせば届きそうなのに、実は全く届かない。
その曖昧さは、僕はなんとなく好きだった。
サークル棟の隣り、少し新しめの建物の2階にある『ルームライト』、通称『ルーラ』と呼ばれている
学食に着いた僕たちは、窓際の席に腰掛けた。
2時という時間帯のせいか、外に人は多くとも、こちらの人影はまばらだった。
空の食器を脇に置き、携帯でメールを打っている女。そばを啜る教授らしき年配の男。
少し離れたところでは、5、6人の男女がノートを広げ何かの打ち合わせをしていた。
「何か飲み物買ってくるけど」
村木はタバコとライターをテーブルの上に置いて、そう言う僕を見上げた。
「悪いな」
「水とコーヒー、どっちにする?」
「何でその2つなんだよ。コーヒー。ブラックで頼む」
村木はブラック以外飲まなかった。
仮にアメリカの大統領が部屋にやってきて、君がコーヒーに砂糖を入れないという考えを改めない限り
我々は君の部屋に対する武力による制圧も辞さない、と言ったとしても、俺は砂糖なんて入れない。
と言っていたことがある。
早い話が、村木にとってコーヒーと砂糖の組み合わせこそ悪であった。
「ちょっと下まで行ってくる」
ここの自販機にはブラックが無いことを思い出して、僕は村木にそう断りを入れた。
確か下の、外壁に据え付けられた自販機にはあったはずだ。
外へ出ると、傾きかけたオレンジの陽が、障害物を越え目に飛び込んできた。
「演劇サークル『浮き輪舟』でーす! 初日は14時と19時の2回公演となっておりまーす!
この機会に是非、お立ち寄りくださーい!!」
自販機に金を入れた時、僕はまたもデジャヴを感じた。
正確には、デジャヴでは無いのだけれど。
音色も内容も同じのその声は、僕が目をやった道の先、講義棟へ続く曲がり角からこちらへ向かってくる
ところだった。
「十周年記念公演、『サンタクロースに花束を』。よろしくお願いしまーす!」
天へ抜けるような、甲高い声を聞き流しながら、僕はブラックコーヒーのボタンを押した。
さて、自分は何を飲もうか。
そんな事を考えていた。
その時、サークル棟の入り口から人影が姿を現した。
大学のロゴが入ったTシャツとジャージ姿のその女性は、近付いてくる声の方を確認して、
小走りで駆け寄っていく。
(・・・・・・)
僕は冷静にその後ろ姿を、目で追った。
どこか憶えのある、後ろ姿だった。
「演劇サー・・・あっ」
チケット売りの声が止まる。
ジャージの女性の横顔が、こちらから窺えた。
僕はハッとして、目を凝らした。
2週間前に出会った顔。
自分の書いた話の、主役を演じる人間の顔だ。
そう簡単に忘れる筈も無い。
町田葉子。彼女だ。
チケット売りの娘に親しげに声をかけ、かけられた方も同じようにそれに応えていた。
僕は声をかけようか少しだけ迷って、結局止めることにした。
コーヒーの缶を2つ、拾い上げ、さっさと村木の待つ食堂へと向かう。
見つかっても面倒だし、見なかった事にしようと思った。
(まさか、同じ大学とはね)
よくよく考えれば、バイト先のコンビニで顔を会わせているのだから、充分ありえる話だ。
ミッキーは初めて見たとか言っていた気がするが、遠くからやって来た様子では無かったから、
近くに住んでいながら、普段は利用しないコンビニに何かの拍子でやって来た。
そんなところだろう。
それにしても、彼女とこうも何度も出会うのは、偶然だろうか。それとも必然だろうか。
そんなどうでもいい事を、僕は少しだけ考えた。
「よう、サンキュー」
村木はメニューを眺めながら、戻ってきた僕に言った。
僕は向かいに腰を下ろして、缶を滑らせる。
「ほら。120円」
差し出されたのは、彼の言葉と同じだけの金額。
村木は金を僕に手渡すと、左腕と体で缶を挟むようにして押さえたまま、右手の指でプルタブを上げた。
存在しない、左手。
それを『見る』たびに僕は、変える事の出来ないあの日を、歴史の禁句とともに思い出す。
あの時、僕の家へ来なければ。
僕が彼から、CDを借りようとしなければ。
彼が原付の免許を、取っていなければ。
「どうする」
「ん?」
出口の無い迷路に迷い込みそうになる気持ちを振り払うように、僕は村木に尋ねた。
「明日も来るなら、案内するけど」
「ああ、いいよ今日だけで」
村木は微笑みながらそれだけ言うと、黒の液体を思い切り喉の奥へと流し込んだ。
「さて、何食おうかな。オススメ教えてくれよ」
翌日に仕事のあった村木は、その日のうちに帰って行った。
そして僕は夕方のバイトで、再び彼女に、会うことになった。
第4話に続く
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