「・・・・・・あの、お姉ちゃま」
寒風吹く休日の昼下がり、ミカエルの散歩から帰って来た僕と鞠絵を、後ろから呼び止める声がした。
「あら、花穂ちゃん。どうしたの?」
鞠絵が振り返ったのを見て、僕も足を止める。
花穂は僕と鞠絵を交互に見比べていた。
「ちょっと、お手伝いして欲しいことがあるんだけどぉ・・・」
いつもと変わらない、鈴のような、可愛らしい声。
だが、すがるような視線に僕は、思わず声をかける。
「んー? どうした?」
「ああっ、ち、違うの。お兄ちゃまはダメなの」
そう言って花穂が、必死に僕を遮る。
だったら僕の居ないところで話を切り出せばいいのだが、それが出来たら花穂じゃないような気もした。
「・・・そう。じゃ、ミカエルは僕が相手してるから、よろしくね、鞠絵」
「はい、お願いします、兄上様」
「・・・ごめんね、お兄ちゃま」
足元でぐるぐるとはしゃぎ回るミカエルを制しながら、僕は2人に笑顔で返す。
「別に謝ることじゃないよ。よし、行くぞミカエル」
ミカエルを連れて、僕は食事部屋へと軽快に歩を進める。
背後から微かに『バレンタイン』と言う花穂の声が耳に入ったが、聞こえなかった事にしようと思った。
作者:いちたかさん
それから2週間ほど経ったある日、僕の元に、一枚の年賀状が届いた。
差出人の名前は書かれていなかったが、内容が『調子はどうだい?』の一言だったのと、
宛名が『荘太へ』のみだったので誰からかはすぐに分かった。
「どちら様からですか?」
その年賀状を僕のところまで持ってきてくれた、学校から帰って来たばかりの鞠絵が言った。
「ああ、一ヶ月遅れの年賀状だよ。禄郎からの」
「あら、禄郎さんですか? お久しいですね」
「まぁね。しかし相変わらず馬鹿だなコイツは」
僕は年賀状を適当にテレビの上に放ると、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
「鞠絵も飲む?」
「はい。いただきます」
鞠絵は紺色のコートをハンガーに吊るすと、セーラー服のままコタツの一角に腰を下ろした。
遠目からでも、眼鏡に隠れた瞳がウサギのそれのように真っ赤になっているのが分かった。
「鞠絵にはホットの方がいいかな。・・・・・・僕もそうしよっと」
1本そのまま鍋に開け、火にかける。
目の前の窓が、風に揺れてガタガタと音を立てた。
「外、寒かったでしょ」
今日はこの冬一番の寒さだ。
そんなことを、朝の天気予報が言っていたのを思い出した。
「ええ、とても。・・・・・・今日はこの冬一番の冷え込みと言ってましたから」
朝、衛や白雪が霜を踏みしめて小学校に向かった姿が目に浮かんだ。
花穂はどうだろう。
多分踏みしめた勢いで滑って、転んでしまうと思う。
「昨日、遅くまで何してたの?」
ミルクはまだ温まりそうになかった。
鞠絵が昨日夜遅くまで机に向かっていたのは知っていたので、コーヒーカップ2つを用意しながら僕は
思い切って尋ねてみた。
微かに目を伏せて、少し考えてから、鞠絵は鞄から1冊のノートを取り出す。
「少し恥ずかしいんですけれども・・・。やっぱり兄上様に少し見て頂こうかしら」
それが答えの代わりだった。
僕にはすぐに、何だか察しがついた。
鞠絵が僕に、自分の夢を語ってくれたのは1年ほど前、僕がマンガで初めて賞をとった直後のこと。
―――――わたくし、小説家になりたいって、思うんです。
同時に机の引出しから手渡されたのは、彼女が10歳の時から書きためていた数多の短編作品だった。
長編ないし中編と呼べるようなものこそ無かったが、数十に及ぶ物語を完結まで導いてきたという事実に、
僕は心の底から尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
とにかく話を創り、完成させ、数をこなすこと。
上達に最も大切なことを、鞠絵は地で理解できていた。
話をまとめあげる力は、きっと僕なんかよりも断然上だろうと思う。
「まだプロットなんですけれども・・・よろしいですか?」
控えめにノートを差し出し、鞠絵が言った。
もちろん、と言う言葉と共に僕は左手で受け取る。
最初の見開きの2ページに、あらすじや構成、キャラクターの設定の箇条書きが散在していた。
その状態で物語を把握しきることは不可能だが、大体どんな感じなのかぐらいは分かる。
物書きの父親に、おっとりした母親。仲のいい兄弟姉妹。
どこにでもあるような幸せな家族が巻き起こす、日常のドタバタ。
連載形式の、どこまで続くかも分からない長編物だった。
確か僕も同じやり方で、マンガを描き始めた。
そんなことを思い出してしまうと、自然と口元が緩んだ。
適当な設定に、勢いだけの物語、素人丸出しではっきり言って見れたものじゃ無いけれど、
あの頃の方が僕は、マンガを楽しくは描けていたと思う。
「何か、ここをこうした方がいいとか・・・ありますか?」
不安そうに僕の顔色を窺っていた鞠絵が口を開いた。
鞠絵の創る物語の世界は、良心的で、包容力があって、いい人が多く出てくる。
優しい世界だ。
僕は、鞠絵の物語が大好きだった。
触れていると、人間が好きになれた。
鞠絵の作品を嫌いになる人は、少ないと思う。
一般性があって、きっと多くの人に受け入れられる。
「いやぁ、これといって特に・・・。逆に、迷ってる所とか無いの?」
僕でよければ力になりたかった。
1年前から僕は、鞠絵のファンの1人なのだから。
「はい。・・・・・・実は、キャラクターのことなんですけれども」
もちろん僕だって、そんなに立派な事を返せる訳じゃない。
でもこうして、創作について鞠絵と話が出来ることが、本当に嬉しかった。
だから、時間が過ぎるのを忘れていたのも、仕方なかったのかもしれない。
いつの間にか沸騰していたミルクに気付き、慌てて火を止めると、少し時間を置いてからカップに注ぐ。
「ゴメン。まだ少し熱いかもしれない」
言いながら、鞠絵にホットミルクを差し出す。
笑顔の鞠絵に対して、苦笑いがこぼれた。
自分の分を手に、僕もコタツの仲間入りをすると、まどろみながら再びプロットに目を通す。
「話自体は、まだ書いてないんだね」
「ええ、他にもやることがあったので・・・」
「・・・・・・花穂のお手伝い、とか?」
「そんなところです」
思ったよりすんなりとした返事に、少々肩すかしを食らってしまった。
僕は流れに任せたまま、次の言葉を口にする。
「何やってるかとか、聞いていい?」
流石にこれには、少し間が流れた。
鞠絵は申し訳無さそうに、フフっと小さく微笑むと、
「やっぱり、もう少しだけ楽しみにしていて下さい」
「うーん、何だろう。気になるなぁ」
もしかしたら鞠絵は、僕がある程度の事を知っている事に、気付いているのかもしれない。
昔から、勘が鋭かったから。
「ただいまー。あー寒かったぁ」
明るい声と共に、玄関のドアが元気良く開く。
声の主は、受験生だった。
「もー、外すごい寒いよアニキ。すっごい寒いの」
連呼されなくても、外が寒いのは分かっていた。
「おかえり、鈴凛」
「おかえりなさい」
「・・・あれぇ、なーんか、いいモノ飲んでるじゃない。えへへ、アタシにも、ちょーだい」
乳白色の甘い香りをくんくんと嗅ぎながら、鈴凛が媚びた笑顔で僕を見つめる。
「なんだなんだ。頭の黒いネズミが来たな」
からかうように言って、僕は新しくカップを用意する。
「ふふふ。ありがと」
照れ笑いしながらそう言うと、鈴凛は鞄をソファに置いてコタツに滑り込んだ。
鼻の頭が真っ赤になっていた。
鈴凛の学力は、学年で常に5本の指に入る。要するに優秀だった。
だから鈴凛が志望している公立は、市内トップの、県内でも有数の進学校で、ついでに言うと彼女の
3人の姉もそこに在籍しているし、卒業は出来なかったが僕自身もその高校に通っていた。
今日という日、鈴凛の同級生の殆どは私立受験に挑んでいる。
でも鈴凛は今日恐らく、学校で公立受験の為の自習に勤しんでいたのだと思う。
結論を言えば、鈴凛は自分の意志で、私立併願を拒否した。
家計への気遣いなのか、それとも絶対の自信があるのか、尋ねてもはぐらかされるだけだった。
僕は、両方だと考えている。
鈴凛にミルクをふるまうと、僕は再びコタツに入り込んだ。
ノートはもう、鞠絵の手から鞄の中へとその身を隠してしまっていた。
鞠絵は僕以外に、自分の夢を語ることを躊躇している。
そこに独特の気恥ずかしさがあることは、僕にもよく分かっていた。
少しの間沈黙と、ミルクをすする音だけが響いた。
僕はふと、適当に頭に浮かんだことを口にする。
「あ、ネズミで思い出した。今日可憐のお友達の家に子猫もらいに行くんだった」
「え、嘘。知らなかった。ウチで新しく飼うの?」
先に食いついてきたのは鈴凛だった。
「何でもね、今学期いっぱいで引越ししちゃうらしくて。次に住むマンションがペット不可だから
引き取ってくれる人を探してるんだって」
僕はかつて、猫と暮らしたことがある。
丁度今日のようなひどく冷え込んだ真冬の日に、母が、仕事帰りに拾ってきたのだ。
最も、世話は母に任せっきりだったが。
「あら、でも確か兄上様、猫は・・・」
「あ、そうだよアニキ」
2人が僕を、真顔で見つめる。
「2人とも、可憐にはそれ、内緒にしといてね」
僕は人差し指を唇にクロスさせて言った。
鞠絵は快く頷いてくれたが、もう一人はそうはいかなかった。
「ア〜ニキ。それじゃあ口止め料がいるんじゃない?」
鬼の首を取ったような顔をされて、僕は少しだけ意地悪をしたくなる。
「あ、そお? それじゃあ壊れた可憐の部屋の修理代、お年玉から出してもらおうかな」
僕がそう言うと、鈴凛はとぼけた顔で明後日の方を向いて、カップを口に持っていった。
「それで良し」
そう言う僕の向かいで、鞠絵がクスクスと笑っていた。
「お兄ちゃん、ただいまぁ〜」
家の外から聞き慣れた、弾んだ声が響く。
「お、噂をすればなんとやら、だ。さて、シャワーでも浴びてくるかな」
急いでホットミルクを飲み干して、僕は腰を上げる。
「ふっふっふ・・・・・・外は寒いよ〜?」
恨めしそうな顔で、鈴凛が静かに呟いた。
「う、うるさいな、分かってるよ」
台所でカップを水に浸けて、僕は鈴凛と同じく恨めしそうに、窓の外に目をやった。
「本当、ありがとうございました。わざわざ引き取りにまでいらして下さって・・・」
少女の母親が、そう言って丁寧に頭を下げる。
母親はエプロン姿だった。
家の奥から、夕飯の甘い香りが鼻の奥をついた。
「いえ。こちらこそ、お忙しい時間にお邪魔してすみませんでした」
玄関の据え置き時計の針が気になった。
着いた時にはまだ明るかった外が、夕闇に支配されつつあるのが分かった。
僕が目の前の母娘に向かって軽く会釈すると、可憐がそれに続くように礼儀正しくお辞儀をする。
「ありがとう、菜奈恵ちゃん。この子、絶対に大切にするからね」
「可憐ちゃんにもらわれるんだったら、バニラも幸せだよ。バニラ、元気でね」
可憐の胸に抱かれた子猫が、まるで返事をするかのように小さく声をあげた。
少女が名残惜しむようにバニラの頭を撫でる。
張り裂けそうな気持ちであろうことが、その表情から分かった。
「ほら、ミルクもバイバーイって」
それを振り払うかのように大きく息を吐き出し、少女は足元の子猫を抱え上げた。
バニラとミルク。
この家に住む子猫は、2匹の兄妹猫だった。
白と黒に鮮やかに色分けされた毛並みが共通していて、ミルクはバニラよりも体は一回り小さいが
目が少しだけ大きい。
1年ほど前にペットショップで一緒に購入し、以来この2匹は片時も離れることが無かったという。
だから、できれば2匹一緒に。
それが菜奈恵という少女の、わがままで、純粋な本心なのではないかと思う。
もちろん、ここにいる誰一人、それを口に出すことは無かったが・・・・・・。
「それじゃあね、菜奈恵ちゃん。また明日学校でね」
可憐と少女が、互いに手を振り合う。
そんな可憐の横で、僕はこの猫を飼うにあたっての、考えを巡らせた。
基本的に白玉荘はペット禁止なのだが、僕らしか住んでいない上に、何よりミカエルが既にいるのだから
これは問題ない。
また、ミカエルはむやみに他の生き物を傷つけるような事はしないだろう。
問題があるとすれば、ただ一つ。
僕が、猫が嫌いだという事だけだ。
辺りが闇に覆われ始めた頃に帰ってきた僕達を、外で待っていたのは咲耶だった。
咲耶は可憐に先に食事部屋で待っているように言って、後には僕と咲耶のシルエットだけが残った。
「どうしたの、外で待ってるなんて・・・。寒くなかった?」
咲耶の白い頬、そして吐息が、薄い黒の世界によく映えている。
コートを羽織っていたが、咲耶は制服のままだった。
学校から帰って来たばかりなのだろうか。
「お兄様。衛のことで少し、話があるの」
僕に体を寄せて、囁くように咲耶は言った。
顔が近付いてようやく、彼女の表情が暗い陰を落としていることに気付いた。
「とりあえず、お兄様のお部屋に行きましょ」
促されるままに僕は、咲耶と共に自分の部屋へと足を向ける。
咲耶の口調からは、一種の義務感、使命感が感じられた。
それは咲耶が、僕達家族の中で頼りになる存在であろうとしている証拠でもあった。
僕の都合が合わない時の、雛子の送り迎えに始まり、家事、買い物、妹達の世話。
女性を磨くことに対する執着も、その表れだろう。
そして何より、僕では深く立ち入ることの出来ない、妹達の性に対する悩みや関心事に
率先して相談に乗ってくれている。
これに関しては、白玉荘で生活を始めてからというもの、幾度となく助けられた。
一例だが、妹達にどんな下着が似合うのかなんて、僕に分かる訳が無いのだから。
咲耶自身は僕によく、そういった茶を吹かせるような話をしてくるが、それは彼女の大胆な性格から
というよりも、自分の存在の必要性を僕に認識させようという、無意識的な行為なのかもしれない。
ともあれ、咲耶は僕の妹であると同時に、9人の妹達の姉でもある。
頼りになる姉と、頼りになる妹。
それが、咲耶の求める自分自身のあるべき姿なのではないかと思う。
部屋の中では、既に春歌と千影が暖を取っていた。
一瞬、年末年始の惨劇が脳裏をかすめたが、あの後でよぉく叱っておいたので
流石にそれは無いだろうと思い直した。
何よりその場の3人の表情が一様に重かった。
「あまりいい話じゃ、無さそうだね」
僕はコートを脱いで、自分の机の椅子に腰掛ける。
春歌が咲耶に、話を始めるように促した。
「今日ね、私が学校から帰ってきてすぐ、担任の先生から電話があったの」
言いながら千影の机に体重を預ける。
「少し前に衛のクラスでお金の盗難があったっていう話は、お兄様も知っているでしょ?」
そんな話を聞いたのは、確か去年の11月の末。枯葉の舞い散る頃だったと記憶している。
お金を盗まれたという少女の父親は、この地元では有名な建設業を営んでいた。
PTAの役員である母親がかなりの過保護で、犯人を見つけろだの、学校に防犯カメラを導入しろだのと
ちょっとした騒ぎになったので、この町の人間なら一度は耳にしているだろうと思う。
―――――お小遣いで1万円も貰ってるんだって。すっごいよねぇ。ボク、信じらんないよ。
目を丸くしてそう言っていた衛の顔を思い返しながら、僕は黙って二度、首を縦に振った。
「最近・・・・・・その犯人が衛じゃないかって噂が、流れてるらしいの」
言い終えた咲耶が、唇を真一文字に結ぶ。
千影が言葉を補うように、すぐさま口を開いた。
「はっきり言って・・・何の根拠も無い・・・・・・タチの悪い言いがかりさ・・・」
明らかな怒気をはらんだ口調で、千影が言った。
その剣先のように鋭い眼光は、窓の外の闇へと向けられていた。
ここまで怒りを顕わにしたした千影は、久しぶりに見たような気がする。
「千影の言う通りよ」
咲耶が続ける。
「根拠の無い、只の噂。問題はそれが学年中に広まって、衛がいわれの無い中傷を受けているってこと」
言葉が進むにつれ、徐々に口調が荒く、感情的になっていく。
細い指が組まれた腕に、ぎゅっと食い込んでいた。
「先生からは、ご家庭でも気を配ってあげて下さいとの事だったのですが、ワタクシたちだけでは
判断しかねる事ですので・・・」
「・・・兄くん・・・。どうしたら・・・いいと思う・・・?」
僕自身、冷静に話を聴いているつもりでも、無意識に手に力が入っていた。
噂が流れ始めたのがいつ頃なのかはともかくとして、そのことで衛から相談を受けた覚えは無かった。
「誰か衛に・・・本人に直接尋ねたり、相談を受けたりした?」
「相談も・・・されてないし、直接にもまだ、聞いてないけど・・・でも!
衛がそんなこと、する訳無いじゃない!」
声を荒げる咲耶を、千影がなだめた。
咲耶は自分の家族を侮辱されると、自分を見失い激昂してしまうことがよくあった。
最も、それはこの場にいる全員に言える事かもしれない。
咲耶の怒りは僕にも理解できたし、妹に不名誉な疑いをかけられて、黙っていられる訳が無い。
けれども僕は、だからこそ今この場は冷静でいなければならなかった。
「分かってる、僕もそう思うよ。衛はそんな事する子じゃ無い。皆、そう思ってるでしょ?」
僕はなるべく明るい口調で、楽観的に振舞った。
3人が強く頷く。
僕はこういう時、彼女達を本当に誇りに思う。
「だったら僕達は、信じてあげるだけさ。大丈夫。衛には僕から、話をしておくよ。
・・・・・・僕達に黙ってるのにも、きっと色々と理由があったんだろうし」
一番の理由は、おそらく僕達に余計な心配をかけたくないという気遣いだろう。
加えて衛の歳ぐらいになると、特に家族には自分の弱さを見せたくないという自我が働くようになる。
もちろん気持ちは尊重するべきだが、時としてそこから悲劇が生まれる事もあるし、何より衛はまだ
12歳の女の子だ。
独りで逆境に耐えられる程、自意識は育っていない。
話をする必要性があることは、僕も充分承知していた。
「・・・でも・・・私は噂を流した子に、謝らせるべきだと思うわ。だってそんな」
言葉を続けようとする咲耶を、僕は右手で制す。
「それは衛が決める事だよ。単なる子供の噂話で終わるなら、それに越したことは無い。
僕達に言わないって事は、衛もそう思ってるんじゃないかな。何にせよ、これは衛の気持ちの問題だよ」
咲耶が唇を噛んで、辛そうな、悔しそうな表情を見せた。
僕がどんなに言葉をかけても、不安が消え去りはしない事は分かっていた。
だから一応でも、3人が納得するような言葉が必要だった。
「と、僕は思う。だからしっかり、衛を見ていよう。何かあったらすぐに、気付いてあげられるようにね」
ショックは確かにあった。
でもそれよりも、怒りの方が大きかった。
噂をたてた張本人でもなく、衛にでもなく。
自分自身に対する、怒り。
その日の夜。
皆が寝静まった白玉荘の中にあって、食事部屋だけが、その明かりを灯していた。
曇りガラスの小さな窓から覗くのは、ソファに座る2人の少女のシルエット。
「・・・・・・間に合わなかったら、どうしよう・・・・・・」
クリーム色のマフラーを不器用な手つきで編み進めていた少女が、ふと手を止めて、呟いた。
しかしすぐさま思い直すように頭を左右に振ると、姉の顔を見上げる。
「お姉ちゃま・・・。花穂、頑張れば出来るよね?」
その問いに鞠絵は、優しい微笑みで応える。
花穂の表情が、ぱっと明るさを取り戻す。
確信に満たされた妹を前にして、鞠絵はその微笑みを崩さないように努めた。
脳裏をよぎる、不安な現実。
無理矢理押さえ込もうとしているその一点の曇りを、自分の中に認めながら。
第9話に続く
あとがき
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
何というか、前半はともかく後半に妙に理屈っぽい文章が目立ってしまったような・・・。
今回は導入的な役割が大きいので、あからさまに展開を引っ張っています。
バンバン張ってある大小様々な伏線を、果たして上手い具合に全て消化して行けるのかどうか、
我ながら見物ですね(笑)
ともあれ、ご意見・ご感想お待ちしております。
また次回、お会いしましょう。
いちたかさんへの感想はこのアドレスへ
to-show@k6.dion.ne.jp
トップへ SSの部屋へ