序
今回は最南端の話になる。
大陸最南端の一帯を支配しているのは、南風皇国(ノトセル皇国)である。
この皇国は、ミドゥガルド王国(1507年)・イスファニト帝国(1453年)に次ぐ1334年の歴史を持っており、ラキエ大陸においてもかなり古い部類に入る。
もともとはミドゥガルド王国の属国であったのだが、自らを天子と称する王を抱き、歴史の早い段階で独立し、大きくなったり小さくなったりを繰り返しながら今の天子、南雷(96代目)に至っている。
初期の段階の天子と今の天子と、もっとも違う状況はその権力の大きさにある。
かつて天子は、ノトセルニトの全権を掌握していた。
が、今の南雷は見せ掛けだけの天子で、軍隊は動かせないし、政治・政策決定をするのは『大摂将』なる役割の人物である。
『大摂将』とは何か?
端的にいえば、天子に代わる王である。
もともと天子も軍隊をもっていたのだが、イスファニトやミドゥガルドと違い、恒常的な敵を持たなかった南風皇国では一時期軍隊の規模がかなり縮小した。
最高権力者である天子の力は衰えていき、各地に軍閥が起こった。
それを豪族と呼ぶ。
豪族同士に争いがおこるのは、必然であった………が、天子にそれを抑える力はもはや残っていなかった。
やがて豪族でもっとも力を蓄え各地の豪族を従えたのが、南風皇国北出身で現在の大摂将家である岳家であった。
岳家はがっちりと権力を固め、天子をまさに見せ掛けだけの傀儡とし、皇都聖印[シュメール]市の城に押し込めた。
そう、事実上南風皇国を支配しているのは、岳家の当主である岳連なのである。
そして、現天子南雷は、それに対して大変な不満を持っていた……。
ちょっと話はそれるが、聖印市について話をしよう。
聖印[シュメール]市はラキエ大陸でもっとも南に位置する都市であり、もともとはノトシュメール[南風に乗る人々]と言われていたらしい。
凄まじいほどの大きさで、イリルガルド(北虹帝国都)、デュナンガルド(正人王国都)より大きいとも言われ、幾重にも高い城壁で囲まれている。
また、大陸で最大級の港をもち、主に商業で以って発展している。
人口も上記の二都市に遜色ないといわれ、50万を悠々越え、100万に近い人々がすんでいるといわれる。
南風(ノトス)は穏やかな風であり、長い船旅を主に職業とする船人から信仰が厚いため、天子としての威厳が保たれているのである。
1
「嗚呼、嘆かわしい」
皇都聖印市の中央やや南に位置する大きな城……その城の中のとある一室で、一人の男がポツリと言葉を漏らした。
男の名は南雷……南風皇国の天子その人である。
頭髪は短い黒で中肉中背。
烏帽子を被り、部屋の中心に正装でさびしげに座っていた。
「余はついに齢を43もとってしまった。余の娘ももはや14……だというのに、あの忌々しい岳連から余の国を取り戻しておらんとは……」
「……天子よ、声が大きすぎますぞ」
天子の嘆きに、部屋の片隅から返事がある。
天子が振り向くと、そこに男がいた。
年齢は南雷と同程度だろうか……背が低めなこの男は名を正仁という……南雷の懐刀である。
「概也が見張っていてくれる。多少なり大きい声でもかまわんさ」
南雷が答えた。
概也というのも、彼の腹心であり、凄腕の剣士である。
正仁が知略担当だとすれば、概也はその実行部隊であり、そして南雷の忠実なる護衛なのである。
「ところで、正仁。余のこれまでの下準備は万端であろう? よもや、余がこのようなことを考えている、と疑っているものは一人もおるまいな?」
南雷が言ったのは、彼が天子になってからの振舞いである。
彼はただひたすらに、耐え難きを耐え、偲び難きを偲び、自分は無力な天子であるよう振舞ってきた。
これもひとえに国を纏めるためであった。
「天子は神童でしたからな……天子の子供のころを知っている者たちは腹に一物あり、と睨んでいるようですが、それもだいぶ薄らいできているようです……完全に、というわけには行きませんが……」
「そうか……しかし、やむをえまい」
「はい」
本来であれば、南雷はもう少し無力な王を振舞い、完全に油断したところで一気に基盤をひっくり返そうと思っていた。
が、急がねばならぬ理由がでてきたのである。
一つは、岳連が自分の息子に南晶を寄越せ、と言ってきたことだ。
南晶とは、南雷の一人娘であり、彼は南晶を溺愛していた。
岳連からしてみれば、天子を取り込むことでより政治的な影響力を強めよう、ということなのだろう。
だが、南雷にしてみれば、大敵岳連の息子に嫁がせるなど、天地がひっくり返ってもあってはならないことだった。
もう一つは、北の動きが怪しいことである。
ミドゥガルド王国と南風皇国の間には、ハンベリル大公国という親ミドゥガルドの国があるのだが(ミドゥガルドが宗主国)、隠密からの知らせによると、近頃になって両国間の連絡のとり方が緊密になったらしい。
もし南征が開始されれば、南風皇国だけでミドゥガルドに対抗することなど不可能であり為、シュメール同盟を発動させる必要があるが、今の南雷にはそれだけの力すら残っていないのである。
そして南雷は、岳連ではこの国難に立ち向かうことは出来ないと考えていた。
早急に余が指揮する必要がある、と南雷は思っている。
ちなみに、シュメール同盟とは南風皇国等6つの国からなる対ミドゥガルド軍事同盟であり、盟主はシュメール市の玉座に座るもの、となっている。
「では、正仁。そろそろ、計略を実行に移すとしよう。明日、別々に三商家を連れてまいるのだ」
次の日の夜。
聖印市の中央から少しばかり離れたところに、大きな屋敷が立ち並んでいるところがある。
通称、屋敷通り。
その中でも大きい部類に入る屋敷………門柱には『稟』とかかれた表札が掛かっている。
つまりこの屋敷は、聖印市を代表する3つの商家のひとつ、稟家の屋敷ということだ。
稟家は、主な取引は紙と海苔で(海苔は北方において高値で売れるのだ)、聖印市の中でも古い部類に入り、天子の屋敷にも出入りしている名家である。
その稟家の屋敷の一室で、中年の男と少女がにらみ合っていた。
「嫌、絶対嫌だからね!」
身を乗り出し、指を突きつけてそう言い放ったのは、鈴凛……わずかに齢15の少女である。
大きめな瞳と短めの髪が、快活さをアピールしている。
その実、彼女は非常に快活であり、聖印市の商工業者の間で『稟とこの御転婆姫』というあだ名さえ貰ってしまっている。
本人は、快く思っていないが。
一方、そう言い放ち、指を突きつけられても眉一つ動かさず鈴凛をじっと見つめている壮年の男は、彼女の父である稟狼である。
一言で言えば、しヴい。
腕を組んで、厳格な顔つきで威圧感を醸し出している。
鈴鈴はその視線に負けてか、腕を下ろし、再び座りなおしてじろりと父親を睨みつける。
その視線を真っ向から受け止め、稟狼は言う。
「鈴凛、言うことを聞きなさい」
「嫌だって!!」
彼らが話し合っていることは(稟狼は一方的に押し付け、鈴凛は一方的に断っているだけだが)、今日の、まだ陽が高かったころまで遡る。
「おぉ、稟狼、よくきたの」
南雷はそう言い、向きを稟狼に変えながら言った。
「天子様が直々にお呼び、とのことでしたので」
畏まりながら、稟狼は言った。
稟狼は南雷と同世代であり、泥まみれになって遊んだこともある旧知の中で、彼の才能をよく心得ていた。
(この男が、あの地位について20年間行動を起こさなかったのは奇跡だ)
彼をよく知らないものから見れば、この評価は過大すぎるように見える。
が、ともかく、稟狼は南雷の性質を恐れていた……そして今回自分が呼ばれたのは、ついに彼が行動を起こす、ということなのだろうとも。
自分はどう答えるだろうか?
「そんな畏まらんでくれ。稟狼と余とは旧知の仲ではないか」
「はっ」
稟狼は律儀に返事を返した、呼ばれた目的を意識しながら。
ふぅ、と息を一つはいて、南雷は用件を切り出した。
「……そなた、娘がいるな?」
「不肖の娘ではございますが、確かに」
うむうむ、と南雷は頷いて、
「余にも娘がおることは存じておるな? 余が頼みたいと申すのは、余の娘に、そなたの娘を以ってして、まつりごとについて教えてやってほしいのだ」
「は?」
稟狼は唖然とし、思わず言葉が口から漏れていた。
「私の娘に、ですか?」
「うむ」
どうやら間違いないらしい。
………見当違いもいいところだ。
「恐れながら申し上げますが、どうして私の娘に……?」
「南晶に教えてやりたいのは政治だけでなく、商業の内奥についても教えてやりたいと思ってな。それならば、その辺の学者ではなく、やはり、実際に商売に携わっているものに教えさせたほうが良いであろう。それに、男の教師はいかん」
絶対にいかん、と南雷は繰り返した。
「そこで白羽の矢がたったのが、聖印市でもっとも大きい商家を営んでいるそなたの家の娘だ。なかなか頭も聡いと聞くしな」
この南雷の頼みに、稟狼は混乱していた。
まさか、天子は革命を考えていないというのか……? あの鬼才が?
混乱する稟狼をよそに、南雷は話を続け、
「まぁ、そういうわけで、どうだ、引き受けてくれんか?」
稟狼は呆然と頷いていた。
「鈴凛、どうしても嫌か」
「当たり前でしょッ?! いきなり、『お前は明日から天子の娘、南晶殿に政治、経済について教えることになった』とか言われて、はいそーですか、って引き受けるわけにはいかないわっ!!」
ばんばん、と畳を叩きながら、鈴凛は言った。
稟狼は眉一つ動かさず、
「事情は今話した」
「話されたら余計困るでしょッ?!」
さらに、ばんばんばん、と畳を叩く叩く叩く。
娘よ畳が傷むであろうが、そんなことを考えつつ、稟狼は自分に似て頑固な娘をどう説き伏せようか思案した。
「むろん、ただ働きではない。飯と報奨はでる。楽だぞ」
「……む」
鈴凛が少し考える………稟狼の読みどおり、彼女はどうやらただ働きだと思っていたらしい。
後もう一押しだろう。
「むろん、引き受けてくれるなら、私からも多少は小遣いをやろう」
「ほんと? アニキには内緒にしてよっ?」
「あぁ、約束しよう」
「フフフ、この鈴凛ちゃんにお任せを」
「話は済んだ、出て行ってよいぞ」と稟狼が言うと、鈴凛は鼻唄を唄いながら障子を開き、部屋を出て行った。
我が娘ながらげんきんな奴だ、と稟狼は呆れたが、しかし、それ以上にあの男の変わりようが不思議でならなかった。
かつては神童といわれた男も、隠遁生活の果てに才能を鈍らせるとは……と自嘲気味に笑ってから、稟狼はふと思い出したように、こう呟いた。
「そういえば、鈴凛の宮廷作法は大丈夫か……?」
にわかに不安になり、急いで鈴凛を呼び戻す稟狼であった………。
2
「暑い、暑いぞ、鈴凛」
「そうですねー」
美しい顔立ちを歪ませて、言った南晶に鈴凛が気のない返事を返す。
鈴凛も暑くて、それどころではないのだ。
南晶が暑いのは、南晶が『火月』になっても服飾を全然変えようとしないせいなのだが、今の鈴凛にはそう切り返す余裕もなかった。
南晶は14歳で、身長は鈴凛より多少低い程度だが、目が鋭く、可愛いというより美しい、と形容するのが似合う少女である。
かなり我がままで、頑固で、負けず嫌いである。
飲み込みは非常に早く、それを少々鼻に変えているが、優秀であることに違いはない。
その実、寂しがり屋で、近くに人がいないときに、それはそれは寂しそうな表情を見せるものだから、鈴凛にとってみれば生意気な妹が出来た、というところである。
それはともかく、とにかく暑い。
火月真っ盛りである。
「やはり、鈴凛、こういう日は海へ泳ぎに行くのが一番だと思うのだが?」
はっきり言って鈴凛もそうしたかったのだが、障子の向こうでじっと耳を傾けている彼女の親父殿………南雷がなんと言うか分かったものではない。
「今日の勉強を終わらせてから、ね」
「くっ、いつからまじめな女になったのだ……かようにつまらないものを何だって…………」
非常に残念そうに、南晶がぶつぶつと文句を言ったが、鈴凛に対して面と向かって言いはしなかった。
私は前からまじめ一徹だ!! と鈴鈴は心の中で呟いたが、いろんなところから突っ込みがきそうなきがしたので、口に出すのはやめておいた。
南晶ではないが、とかく政治経済というものは面白くない。
が、この辺で、この時代の商業に関して一応補足を入れておくことにする(以下の設定は変わる可能性が有ります)。
興味がなければ、飛ばしてもらっても影響はない、と思う。
まず、断っておかなくてはならないのは、大多数の人々は都市の城壁に囲まれた地域にしか住んでいないということである。
田畑はその周りにあるので、城壁の内から外へと農業者は働きに出なければならない。
なぜか………危険だからだ。
正人の勢力は非常に拡大し、もはや領域的に並ぶ種族はいないが、実のところ拠点拠点を抑えているだけなのである。
森には妖人や木人がコミュニティを作っているし、野には国として纏まっていない昏人の集落が存在しており、頻繁に彼らは(特に昏人は)正人に対してちょっかいをかける。
さらに、彼らだけではない。
様々な動物が蠢く城壁の外は、訓練された兵士であっても非常に危ない。
水辺や、夜の帳が落ちると、その危険性はさらに増す。
幽鬼(彷徨人・スルーア)や古血骨、黒妖犬などの恐ろしいモンスターがどこからともなく出てくるし、水辺には水棲馬が出現する(水棲馬の性質に関しては、またの機会に)。
そういうわけで、この時代の商業者、特に運送業者はかなり特権階級と言っても良い。
危険な城壁の外を、商品を持って移動するのであるから。
北方では、これは国の事業であり、イスファニト帝国などは駅制を取り、駅を通じて商品の輸送を行っている。
例外なく、そのような商品は高値で取引される。
南方でも、もともとは国の事業であったのだが、天子の権力が衰えるとともに、そういった輸送部門が天子の下から離れ、独立していったのである。
稟家はその中でも名門であり、実は南風皇国の皇族の血が流れていたりもするのだが……。
もう一つの名門は家(やか)家であり、こちらにも遠い皇族の血が流れているため、稟家と家家の中は最悪である。
一方で、運んできたものを専門的に買い取り、城壁の中で売り払う人々もいる。
本編で登場予定の周家が中でも有名である。
周家の本来の本拠地は聖印市ではなく、西の方の周澪なのだが、聖印市ほど大きな街は、大陸全土を見渡しても、片手で収まる程度しかないため、進出し、本拠地を移したのである。
以上、商業について終わり。
全然詳しくないので、いずれ補足。
さて、そういうわけで、時は流れ、火月、土月、風月が過ぎ、雷月に入ったある日。
次は熱月であるから、やっぱり暑い。
「暑い、暑いぞ、鈴凛!」
「今日、もう10回目……」
鈴凛が呆れたように言う。
「それにつまらん、つまらんぞ!?」
「そんなこと言われても………」
あたしだってつまんないわよ、南晶の親父殿に言ってちょうだい、とは口にだしはしなかった。
「余にこんなことを教えても意味がないぞ」
もう知ってるし、と南晶は呟いた。
ん? と思い、鈴凛が問いただす前に、
「よし、余はそろそろ商業の実践について知るべきだ。そこで、そなたの実家に案内するが良い」
と言って立ち上がる南晶を、「え?」と、間抜けの呟きをもらして見上げる鈴凛なのであった………。
稟家は屋敷の他に、聖印市内に3つの屋敷を店舗として持っているが、今回鈴凛たちがやってきたのは、港から離れたところにある店舗にやってきていた。
「こっちはどっちかって言うと倉庫の役割の方が強いわ。陸路で久州やテバイへと輸送したり、そっちから輸入したりするためのものよ」
「ふむ……」
鈴凛の説明に南晶は頷いた。
倉庫の役割が強い、と言ってもそれなりに人通りがある通りに面しており、十分に店としての役割も果たしているようだった。
鈴凛は店の者に挨拶しながら、店内へと入っていく。
店員は鈴凛に答えつつ、その後ろをついていく少女をどこかで見た気がある、と思いながら再び自分の仕事に没頭していった。
きょろきょろと辺りをうかがいながら、しきりに頷きつつ、南晶は鈴凛の後に従って、店の中へと入っていった。
その南晶たちを、なんとも人相の悪い男が見つめていた。
身長は1.2ラールを少し越える程度で、なかなかの大男である。
片目が刀で斬られたのような傷で潰れており、残ったもう一方の目から爛とした輝きを放っている。
腰には長めの刀を差しており、黒い装束がこれまたなんとも怪しい。
「むぅ……」
男は唸り、じっと2人が入っていった店の入り口を見つめた……。
無論、道行く人は彼に一瞥をくれた後、さりげない歩調で遠ざかっていっているのに、彼は気づいてない………。
中に入って、南晶は店内を見渡した。
「むぅ、中々に狭いな」
海苔を扱っているせいか、店内は薄暗く、どことなくひんやりしている気がする。
客足は、まばらだ。
「薄暗い」
「まぁね……涼しいから、いいでしょ」
ん、と適当に答え、海苔を手に取る。
「全部種類が違うのか?」
「同じ種類もあるみたいだけど……おおむね一緒ね」
「ふむ」
客を避けながら、店の奥へと進んでいく。
通路が狭いため、すり抜けるのもそれなりに一苦労だ。
「もうすこし、道を広げた方がいいのではないか?」
「うん、そのうち」
鈴鈴のいい加減な相槌に、南晶はふぅ、とため息一つ、ついただけで、鈴凛の後ろをついてゆく。
自分の性格もかなりいい線までいっていることを棚の上にあげて南晶は、鈴凛はいい加減だからな、と心の中で思った。
「お、鈴」
と、店の裏まで行ったときに、鈴凛に声が掛かった。
長身の男だ。
短めの髪とそれなりに大きめの眼が、鈴凛同様に活発さを印象付けている。
名を稟也という、鈴凛の少し年の離れた兄である。
「あ、アニキ。おはよう」
「おぅ、おはよう………ってもう昼を過ぎているぞ」
稟也は父である稟狼からこの店舗を預かっている。
ベテランの店員に助けてもらってはいるものの、黒字経営を続けていることから、それなりに商才はあるのだろう。
と、稟也は鈴凛の後ろの人物に気づいた。
見覚えがある………こんなところにわざわざ出向いてくるような人物ではないはずだが………。
「あー、えと、もしかして、後ろの方は……」
「余か。余は南晶。天子の娘である」
と、堂々と南晶は言い放った。
どことなく、自慢げである。
一方、稟也はなぜか相当にショックを受けたようで、
「し、失礼いたしました! 自分は稟也、稟狼の息子であり、そこにいる鈴凛の兄であります! お見知りおきを!」
「なに混乱してるのよ」
と鈴凛に茶化されるような慌てぶりである。
どことなく、鈴凛は不機嫌のようだ。
南晶はそのリアクションに対して大いに満足したようで、
「うむ、憶えておいてやろう」
と、嬉しげに言った。
そうして、鈴凛に向き直って、
「さて、鈴凛……余はそろそろ、そなたの働き振りを見たいぞ」
「あ゛〜、ひさしぶりに働いたわ〜」
夕方。
鈴凛は寝転がって、四肢を投げ出して言った。
鈴凛と南晶が店に入ったのは昼を少し過ぎたくらいだったのだが、いまや陽はだいぶ傾いでしまっている。
「こら、鈴、南晶様の前で――――」
「よいよい、稟也。鈴凛も今日は疲れたであろうからな」
はしたない、といおうとした稟也を、南晶が遮って言う。
入ったときはそうでもなかったが、徐々に客足が伸びていったので、鈴凛は働き詰であった。
なにしろ、南晶は本当に見ているだけで少しも手伝わないし、稟也は南晶の隣に腰掛けて鈴凛を手伝わなかったのである。
南晶は、さすが商家の娘、客を捌く術を心得ておる、と感心していたのだが、それはおくびにも出さず、
「それに余は、鈴凛の無礼さをよぉく、心得ておるからな」
「それもそうですね」
「ちょっと待ちなさいよ! 私が無礼なわけ………」
ガヴァッ、と飛び起きて2人に抗議するも……その顔先に2人の指が突きつけられて、
『あるだろう』
と声をはもらせて言われてしまったら、
「はい……すみません…」
と言って、再び畳の上に斃れるしかなかった。
あー、と声を漏らしつつ、
「そういえばさ、今日、同じ人が何回も来てた気がするんだけど……」
「そうだったか?」
「そりゃアニキは南晶ばっか見てたから、わかんないでしょうけどね!」
天子の娘を呼び捨てにするのは、この国でも鈴凛くらいのものだろう。
「言われてみれば、余も同じような背格好の者を見た気がするぞ」
南晶の言葉に勢いづいた鈴凛は「でしょ?」と頷き、「これはきっと陰謀に違いないわ」と言った。
『ないない』
とすげないツッコミを返されると、鈴凛は心なしか傷ついたらしく、
「ちょっと小粋な冗句を言ってみただけじゃないの……」
と、拗ねたような声で呟いた。
眼つきの悪い男は、まだその場にいた。
くしゃみがでたが、まぁ気にしない。
それよりも……
「まだ、出てこない……!」
心なしか焦った声を漏らし、中に入るべきかどうか、迷っていると、店の扉が閉じてしまった。
「むっ!」
これは予想していなかった事態だ。
どうする……蹴破るか? 待つか?
だいぶ、逡巡した後に男は戸を蹴破って中に入ったのだが、既に中には誰もいなくなっていた……。
「しまった……裏口があったのか……ッ!!!」
3
雷月も終わりに差し掛かった26日、南雷は腹心たる正仁と謀議をめぐらしていた。
「下準備も済んだ……南晶もこの三ヶ月間で素晴らしく成長した……そろそろ、やつをはめてやるときだな」
「そうですね……今や、岳連も、その他の連中も、南雷様を娘を溺愛するボケ爺ィ程度にしか思っていないでしょうからな」
このあんまりな発言に、流石の南雷も「いや……そうかもしれんけど……」と少し傷ついた様子だ。
正仁はそんな南雷の様子をなんら気にすることなく、
「では、準備いたします。おそらく、完全に成功するでしょう」
と自信満々に言った。
「なんと! 天子がわしを倒そうとしているだとっ?!」
「はっ、そのためか、天子の元には様々な人間が出入りしており、岳連様を倒す機会を窺っている、とのことでございます」
聖印市内にある岳連の私邸。
アレから二日後の夜のことである。
(これは由々しき事態だぞ……まさか、あの娘を溺愛しているだけのボケ爺ィがそんなことを考えているとは……!)
しかし、表立って動くことは出来ない……なぜなら、相手は天子、シュメール市内でも彼を敬えば、南風神ノトスの加護がある、と信じている人間は多いため、直接的にやれば、岳連といえども聖印市内での立場はすこぶる悪くなるのだ。
「中でも、聖印市内の三商の娘たちが頻繁に南雷の屋敷を訪れていたと言うのは見逃せません」
「うぅむ……」
娘の教師として、とか言っていたが、恐らくは連絡係だったに違いない。
これは由々しき事態だ。
「謀殺しかあるまい……とりあえず、明日、3人の商人どもには話を聞かないわけにはいくまい」
岳連は唸った。
「岳連めが我々の動きを察知した模様です」
「フフフ……意外と時間がかかったな……」
南雷が笑った。
なにしろ、かかるのを承知で『天子が岳連を殺すらしい。3人の商人もそれに加担している』という噂を流したのだ。
シュメール市で3人の商人と言えば、稟家の稟狼、家家の家頼(やかより)、周家の周藍(しゅうらん)である。
その三家も大慌てである………実際、根も葉もないのだから。
そしてこの夜、その三家に偲びで尋ねてくるように言ってある……そして、噂は真実になるのだ。
「ようやく、苦節20年にして……」
しかし、実際はこれからだ。
だが、こみ上げてくる嬉しさを我慢することなど、南雷には出来なかった。
「一体、どういうことだッ?!」
稟狼が塀を乗り越えながら、呟いた。
稟狼の後ろには、稟也と鈴凛がついている。
2人とも、その問いに答えれるわけもない。
そこからは無言で、天子の待つ彼の庭へと急いだ。
月明かりに照らし出された天子の庭には、既に天子と……
「家頼! それに周藍も!!」
家家当主家頼に、周家当主周藍がおのおのの娘をつれて、そこに来ていた。
「稟狼、おぬしもか」
「うむ」
困惑顔で、周藍が稟狼に呼びかけ、稟狼はそれにこたえる。
と、そのとき、南雷が後ろに正仁、概也、そして南晶を従えて現れた。
「うむ、揃っておるようだな」
「……………」
南雷が庭に集まっている3人の商人を見回して、満足げに言った。
不気味なぐらいに微笑んでいる………問い掛けるのを憚るくらいの怪しい笑みだ。
南雷はその商人たちに2本の指を突き出し、
「そなたらに残された選択肢は二つ。一つは余に協力せずに、岳連によって家を取り潰されるか」
ニヤリ、と南雷は笑い、一本、指を折った。
真剣な眼差しで、南雷を見つめる3人の商人たちは、少し気圧されているようだ。
「もう一つは、余に協力し、岳連を倒すか。この二つに一つだ、さぁ、どちらか選ぶが良い」
「………そんな事態まで進んでいるのか?」
家頼が代表して言う。
南雷は不適に微笑み、
「何のために、そなたらの娘らを選んだのだと思っておる。そなたらの娘らは三ヶ月は余の屋敷に出入りしておった。今更、それは関係ないことだった、といっても通じるまいよ」
「!」
稟狼は戦慄に襲われた。
鈴凛をして南晶に教えさせたのは、やはりただ南晶の教育、という理由ではなく、真の狙いは、この申し出を断れなくするための策であったのだ。
二択である。
南雷に協力しなければ、岳連に協力するしかない。
岳連に協力しなければ、岳連はこれ幸いと自分を潰しに掛かるであろう。
南雷には協力していません、それは嘘っぱちです、と言ったところで3ヶ月間も娘を屋敷に通わせており……それは新密さをアピールしていたようなものだ、だれが協力していないといったところで信じようか。
協力すれば取り潰しは免れるであろうが、勢力を削ぎ落とされるのは間違いない……そもそも、岳連はそういう政策をしているのだ。
「天子殿に協力すると」
周藍の娘、周鈴が口を開いた。
「何か良いことがありまして?」
「余に協力して、良いことがなかったときがあったかな、周鈴殿?」
それはない、のだ。
実は岳連より南雷の方が商人へと還元していたし、生意気だが、確かに南晶は可愛い、そりゃもぅ食べちゃいたいくらいに。
「余とともに、京川へと行こうではないか」
南雷は、もっとも自分の力が強い都市の名を出した。
3人の商人たちは顔を見合わせ……頷いた。
「大変なことになっちゃったねぇ、アニキ」
夜道を京川へ向かう馬車の中、鈴凛は隣の稟也に話し掛けた。
「南晶に教え始めて、あっという間に3ヶ月が過ぎて、んで、こうして今京川に向かっている……これからどうなることやら」
「わからんが……激しい戦闘になるのは間違いない……父上が戦闘を選択するのは、初めてだな」
稟也はしんみりと答えた。
鈴凛が頭を稟也の肩に預ける……稟也は優しく、その頭を撫でた。
こうして、舞台は京川へと移り、聖印との激しい戦闘へと入る。
そして、そこに星也らがやってくるのだが……それはまた、別のところで話そう。
断章『鈴凛』はこれにて、結び。
設定が著しく変わる恐れもあるけれど。
*
遅れたし、文章まとまってないし、どうにもなりませんが、一応ここまで。
*
たぶん、誤字が恐ろしい量あると思います……ゴフェルもそうでしたので、雛子編まで時間があるので、直したいと思います。
*
この後、南風皇国を巻き込む激しい戦闘へと発展していくのですが、それは、本編中盤に出てくると思われます、いつぐらいに本編中盤まで行くのか、分かりませんが。
*
南雷を中心に描くと、まとまりが出るのですが、鈴凛中心にしてみたつもりです。
*
下手くそですが、あと11本、お付き合いをよろしくお願いいたします。
*
* 了。
Prof.ヘルさんへの感想はこのアドレスへ
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