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∞螺旋[ムゲンラセン]

白キ天使ノ紅キ殺人
[狩る者]

作者:Prof.ヘルさん


T 12.23.13.07


天から、しんしんと白き雪が、すべてのものを覆い尽くしてやろうと灰色の空をも白く染め上げて降りそそいでいる。
既にいくばくか積もっており、降り止む気配は微塵もない。

「さ、さむぅ……」

鷹人は、そのただ中を、自転車を牽きながら帰宅していた。
最初は乗っていたのだが、雪のせいで普段の倍は疲れるし、雪が顔面をばしばし直撃するわで結局降りて引いているわけだ。
降りた時に気がついたのは、傘がないという事実だった。そういえば今朝は急いでいたな、とおもいあたったのはもう少し後になってからだった。
そして今、鷹人は、この雪で使うことの出来ない冷たい鉄の塊をただただ引いて家路を急いでいた。
鉄は熱を逃がしやすい。……あぁ、何でこんなにこのハンドルは冷たいのであろうか。
頭の上に積もった雪を払って、天空を仰ぐ。

「あぁ、今ごろ、暖かい家の中で妹たちは何をしているのだろうかッ!」

……当然、雪が顔に落ちてくるだけで、何もない。
雪の粒の冷たさに慌てて視点を地面と平行に戻した。
風が吹き、ぶるっと身を震わせる。
今日は、教師がなにものかに殺され、また大雪の影響があるということなので、昼で授業は終わったのだ。だが、鷹人はそのあとどうして『ウォッチャー』が殺されたのか、状況を知るため、少しばかり残っていたので、このような大雪の家を帰る羽目になったのである。

「しかし、結局謎のままか……」

それとなく探りを入れてみたりしたのだが、聞けば聞くほど、その男は『ウォッチャー』以外の理由で殺されることはないだろう、と鷹人には思えた。
しかし、『ウォッチャー』は限りなく中間の立場を保っているはずだ。それがどうして、殺されるようなことがあるのだろうか?

(まさか……)

『ブレード・チルドレン』の『ハンター』だろうか。
『ブレード・チルドレン』から『ハンター』に身を転じた者は、自分にその運命を植え付けた人間にも制裁を加えるきらいが高い。実際、自分が『ハンター』になったなら、そうするだろう、と鷹人は思った。
もちろん、『ハンター』になるなど考えられない。自分の手が妹たちの血で染まることなど、絶対ありえない。
死因は心臓を一突き、だそうだ。おそらくは即死。
躊躇いは微塵にも感じられない。

(さて、こいつは厄介だぞ)

もしもそうならば、その『ハンター』を止めるのには、少し躊躇う。同じ『ブレード・チルドレン』として。
だが、相手はお構いなしだ。
これが呪いだろうか? 業だろうか?
……なんにせよ、妹たちは守らなくてはいけない。
鷹人は、そう心に決めた。妹たちを守る為ならば、闇から生まれた手が紅く染まることも厭わない。

しかし、本当に言葉どおり実行できるかと言えば……正直自信はない。

U 12.23.13.35



(紫は………高貴な色……)

自分は高貴だろうか、と思い、少し笑った。
かの聖徳太子も重きを置いた紫の色。
千影はこの色が好きだった。
紫の上着を羽織ると、千影は部屋を出た。雪の日にしか咲かない『雪忘花』を取りに行くのだ。

(初雪の日だし………こんなに降っているのだから…………さぞかしきれいな花を、咲かせていることだろう…………)

一年のあいだ、雪の精霊たちが溜め続けてきた『氷』の魔力の結晶が咲かせる華…………私にはまぶしすぎるその花だけれど、妖精達が私を誘っているのが分かるから、行かないわけにもゆくまい。

(フフ………たまにはいいだろう………)

そのときふと、『欠けた』肋骨が痛んだ。鋭く突き刺さるような痛みに思わず息を吐く。
あの忌まわしき烙印――つまりは、欠けた肋骨――が悲鳴をあげている。私の身を滅ぼす為か、私の躯を壊す為か。
なんにしろ、我慢できるような痛みではない。
壁にもたれかかって、服の上からそこを掴み、何とかそれを静めようと深呼吸する。
いつになったら、この苦しみから解放されるのだろう。

(ブレード・チルドレンの烙印は………決して消えはしないのだろうか…………?)

痛みはすぐに引いた。
……このごろ、間隔が早い。体が、蝕まれているのだろうか? ……大丈夫、きっと、救われる日は来るハズだ。誰が何と言おうと、この痛みが私の体を壊そうとも、私がそれを信じる限り、運命は変わるだろう。

(兄くん、キミは感じないのかい…………?)

千影は兄が欠けた肋骨で苦しむ姿を見たことがなかった。もちろん、『兄妹』なのだからブレード・チルドレンであることはまず間違いない……というか、兄自身が千影に教えてくれたのだ。
そのとき一緒に兄は言った、きっと救われる、と。

(兄くん…………信じているよ……)

瞳を閉じて、兄の姿を思い浮かべる。運命は変えるためにある、そう言ってやまなかった自分の兄。
そのとき、廊下で止まっていた千影は、ふと、人の気配を感じて振り向いた。案の定、そこには『彼女』がたたずんでいた。……果たして、いつからそこにいたのだろうか? 千影は『彼女』の気配に全く気付いてはいなかった。

「……キミか……」

千影は少し苦い思いをしたが、その様子はおくびにも出さない。

(見られて……しまったかな…………?)

あまり見られたくない姿だ。
だが、『彼女』は特に何の素振りも見せずににっこり微笑み、千影に近寄ってきた。
気付かれなかったかな、という意味も含んで千影は小首をかしげて、

「何か……用かな…………フフ、いや……」

千影はわずかに体勢を直して、

「もちろん…………なくてはならないことなどない………けどね」

千影の細い眼が、『彼女』を見据えた。そういえば、『彼女』が苦しんでいるところを見たことない気もする………。もちろん自分だって、自分が肋骨を押さえているところを見られたことは滅多にないはずだ。
普段は注意を配っているから、そうそう人前で肋骨が痛むようなへまはしない。
千影は、あらためて彼女の瞳をみつめた。
『彼女』の瞳は、たいしていつもと変わらないように見えたけれども……すこし、思いつめている感があるようにも思える。

「今は………なにか、用があるみたいだね…………」

『彼女』は肯いて、相談がある、という旨を伝えた。そして近くの扉を指して、あの部屋でどうか、と千影に尋ねる。
千影は、少し考えた。確かに、『雪忘花』を取りに行くつもりだったけれども……――
――真上にある天窓を通して、その白き天空を見つめた。舞い降りる白い雪は、当分の間、やみそうもないだろう。すこし、『彼女』に付き合ったとしても、その間に雪はやむこともないだろう、そう千影は判断した。
きっと妖精達も、少しぐらい遅れたって許してくれるだろう。

「じゃあ………部屋で聞かせてもらおうかな…………」

千影は『彼女』の誘いに乗り、自分の部屋に戻っていく。
『彼女』は黙って頷いて、千影の後についていく。

――まさかそれが、永遠に千影に雪忘花を取りにいかせなくなるなんて、そのとき千影は微塵も思ってはいなかった。

V 12.23.13.42


――緋色の液体が千影の腹部から湧き出て、彼女の脚をつたって床にたまっていく。服にもじんわりと血が滲んでいる。
『彼女』は、千影の腹部に深々と突き刺さしたナイフを勢いよく引き抜いた。
緋色の液体は勢いを増し、そこを押さえつけた千影の手が、あっという間に赤く染まっていく。
愕然とした面持ちで血を吐き出し続ける自分の腹腔を見つめながら、千影は己の血の海にかろうじて立っていた。間断なく腹部に走る、焼け付くような痛みが脳を貫くせいで意識が遠のきそうになるのを何とか耐えて、『彼女』を千影はその深い紫の瞳で見据えている。

「なぜ…だい………?」

疑問が、まだ血色を失っていない紅い唇から洩れた。
その顔は青ざめはじめている。しかしその瞳はけっして力を失ってはいない。
腹部から流れ出る生物の証は、じわじわと服に、添えた自分の手に染み込んでいる。己の魂ごと流れているような気がして、自らの手でその流れを食い止めようとするのだけれど、決して止まることなく、流れ続ける。
傷口があまりに深すぎた――千影には分かった。
千影の血で紅く染まった刀身を布で拭きつつ、『彼女』は千影の問いに対して、口を開く。

『呪われた子供達は、危険』。
「…………」

千影は一瞬目を見開き、しかし不敵に、

「フッ………」

すぐに微笑んだ。『彼女』は、それを不思議に思って、問いただす。

「もしかしたら………キミと私は……立場が逆だったかもと………考えたんだ…………」

千影はついに、床に倒れ臥した。もう、立ち上がる気力がない。
そんな千影を見つめて、『彼女』は、すこし痛そうな顔になる。
千影は、痛みを無視して、『彼女』に問いた。……どうせ、この腹部の傷は致命傷だ。

「だけど……どうして………どうして、救われることを……望まなかったんだい…………?」
『救われなど、しない』
「いや……救われるよ…………」

千影は哀しいほど、慈愛に満ちた表情で諭した。だが、『彼女』は無言であった。
その千影の表情が、いくらか曇る。それは、傷のせいばかりでない。

「兄くんも…………『狩る』のかな………?」

『彼女』は少し戸惑ったものの、頷いた。
その瞳に宿る決意は、少しも揺らぎはしない。そう、それこそが、ただ唯一の救われる方法だと、信じている眼であった。その眼が時たま伏せられるのは、千影の痛々しい様子を見て、だろうか。

「そう………なら……決して後悔しないように…………ね。後で悔やむことがあったとしても…………いや、もう遅いかも……ね。…フフ………キミもいずれ……闇に還るんだろう…………? 先に……冥府の門の前で………待っているよ…………」

その呟きを終えると、千影の瞳から光が消えた。
最後の最後まで、千影の口調は確かなままであった。
その様子を見届けてから、『彼女』は自分の頬に手を添えてみる。
なにも、ない。

『もう、涙さえ流れない』

『彼女』はナイフを拭き終わると、千影に歩み寄った。
既に虚ろしか映し出さないその瞳を、手を添えて閉じてあげた。美しい死に顔だ。
それを終えると、『彼女』は足早にその部屋を立ち去った。
もはや、後戻りは出来ない。時間は、ただ無常に流れ往くだけで、人の都合など構いはしない。

『どうせなら、こんな真実なんて知らなければ良かったのに』
もし時間が遡れたら……私は、自分を止めるだろうに。

――もし止められるなら、だけど。




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