『白き天使の紅き殺戮』などと洒落た名前で世間一般で呼ばれているあの事件――
二年半がすぎた今も、事件は解明されていない。
この事件の裏に潜む闇は余りに深すぎるために真実の光で貫くことが出来ないのだろうか。


『ブレード・チルドレン』。

そういう言葉がある。意味は、呪われた子供たち。
警察一の名刑事といわれたあの『鳴海清隆』が『ブレード・チルドレン』の謎を追い始めた最初の事件、それがこれにあたる。
『ブレード・チルドレン』とはいったいなんなのか。それは、ほとんど分かってはいない。
ただ分かっているのは、『ブレード・チルドレン』というのは『ハンター』と呼ばれる人間達から命を狙われているということ、そして『ウォッチャー』と呼ばれる人間達から監視されていること、そして――
呪われた烙印を持っているということ――つまり、肋骨を一本、生後まもなくに失っているということ、だ。
欠けた肋骨は、痛みで子供たちを苛み、呪われていることを、嫌でも自覚させる。
それはまさに、呪われた痛みで……その痛みが続いていくと、やがて子供たちは闇に飲み込まれ、生まれつき持ってしまった闇の手で、さらに新たな闇を作り出す……のだ。

……そして、これはまだ、鳴海清隆の弟、鳴海歩が、運命の螺旋を高く昇っていくことになる『あの戦い』の、ずっと、ずっと前の、救われなかったブレード・チルドレンの話。

∞螺旋[ムゲンラセン]
白キ天使ノ紅キ殺人
[月光]

――細い三日月の夜。
空にはその光を遮るものはなく、木々の隙間からかすかな光がこぼれている。
夜闇に包まれて冷やされたその木樹の下は、きん、と澄んだ空気に包まれていて、まるで動きはなく時が止まったかのように思わせる。
その中で、『彼女』はそれを取り出す。それ――ナイフが月光を反射して、キラリ、と煌く。静かな動きだ。
『彼』はその光を見て、僅かに怪訝な顔をした。

その『瞬間』が、命取りになった。

『彼』が身構えるような時間を与えず、『彼女』が素早く、それでいて正確無比に繰り出されたナイフの切っ先が、吸い込まれるように、相手の――『彼』の胸部に深々と突き刺さる。
『彼女』のその一撃を受けて、一度だけ『彼』は、びくんっ、と体を震わせ――そのきらめきが抜かれると、力なく、冷たい大地に倒れた。
傷口からもれる赤の血は、闇と混ざって、大地に黒の水溜りをつくりはじめる。
『彼女』の瞳は、猫のごとく、炯々と輝いて、しかし『彼女』は、何か葛藤に苦しむように、顔をゆがませた。

破壊の衝動。

それは『彼』の命を破壊したことによって、沈静化しはじめてはいる。
『彼女』はそのことを考えないようにして、月の眺めれる位置まで歩いた。
白い息が宙にあらわれては消えてゆく。

三日月の儚さ。

明日は新月。
この寒さは雪を降らすだろう。
儚き、救われぬ子供たちは、その雪の中で死ぬことになるか。

『彼女』は決意した。いや、していた。

――誰にも、邪魔はさせない。

『彼女』は呟いた、血に濡れたその手を、いや、生まれたときから闇に染まっていたその手を、月に翳して。

――闇が私を衝く。

血が、月光を受けて煌く。

――『私』は、自分で自分の罪が止められない。

月の光は矢のように『彼女』を射抜く。
もしくは槍のように。

――私』に……呪われた『私たち』に神の祝福はない。

欠けている肋骨が疼いて、『彼女』はそこを掴む。
白い息とともにもれる、苦痛のうめき。

――残された時間はもうない……だから『私たち』、呪われた子供達は――

『彼女』は深々と息を吸い込む。欠けた肋骨は痛みを訴え続けている。

――抹殺されなければならない。
『私』は、ハンターになる。そして、すべてを終えた後に―――

――自らの手で、闇へ帰ることになるだろう……