名(迷?) 探偵 四葉 AS3
生まれ変わって――≪中≫
『何度も生まれ変わって、何度もめぐり合うと約束して』――少女は、そう、呟いた――
――グランセクトは凄まじく混乱していた。
彼の神童と呼ばれたほどの頭脳は、いまや完全にショートしてしまっていた。
一日が終わって自分がくつろいでいると、唐突にクローゼットが開いて、中からセントシャットが出現して、そしてそのセントシャットに自分はいつのまにか押し倒されるような格好になって、――キスされている。
目や鼻や耳といった感覚のほとんどは失われ、唯一存在するのは唇で感じる彼女の唇と体で受け止めた彼女の重みのみ。
体全体から力が失われて、ただ、為すがままだ。
――何故?
――なぜだ?
――どうして今自分は自分の妹に唇を奪われているのだ?
答えが浮かんでは消えていく。
どの答えも所詮は作り物のまがい物で、どれも何かが欠けていた。
セントシャットが、彼の唇を割り、舌を絡ませようとする。
呆然としてキスを受け入れつつある有様の、そのとき。
『禁忌ぞ』
グランセクトの、最後の理性が、彼に囁いた。
それは最後の砦であり、――最終兵器であった。
その理性の放った最終兵器は、呆然としていた彼をかろうじて「我」に還すことに成功した。
彼の眼が焦点を取り戻し、ピントを合わせる活動を再開させる。
体中に力が回復する。
ついにグランセクトはセントシャットの肩に手をやり、そこをぐいっと押して引き離した。
セントシャットが、驚いたような表情で、グランセクトを見つめる。
その表情に心が痛んだものの、グランセクトは手の力を緩めることはしない。
セントシャットは彼の唇に再び彼女のそれを押し付けようとしたが、力の差はいかんともしがたい。
やがて諦めたように、セントシャットは体から力を抜いた。
そしてつぶやいて曰く、『どうして?』。
グランセクトはセントシャットの視線を受け止める事ができず、思わず逸らす。
すこしの沈黙。
グランセクトがその無言の重圧に耐え切れなくなったかのように口を開く。
それは、理性が彼に言った言葉と同じ。
「禁忌ぞ、セントシャット」
その口調はとても苦々しい。
グランセクトは気まずくてセントシャットのほうを見れない。
だから、彼女がどんな顔をしているか、全く分からなかった。
(少なくとも、よろこんでいるはずはないが……)
当然である。
と、その頬が何かの感触を伝えた。
――セントシャットの涙だ。
「…セン…」
ぽたりぽたりと、彼の顔にセントシャットの涙が落ちる。
セントシャットは顔を涙でぐしゃぐしゃにして……何も言わずに部屋から走って出て行った。
ゼファールはグランセクトの部屋に向かっていた。
何のようも特にない。
ただ単に、グランセクトに念を押しておきたかっただけだ。
――彼女が求愛しても絶対にこらえろ、と。
彼は友人思いであったが……それ以上に彼の唯一の肉親たる妹――クローバーの事を常に念頭においていた。
クローバーはおそらくセントシャットを後押ししているに違いない、――それがどんな悲劇を巻きおこすとも知らずに。
もし彼らがお互いに認め合い、愛し合うようなことがあれば、――それを実行するには駆け落ちするしかない。
そうなれば、必ずクローバーはそれについていく。
必然的に、自分もついていかざるを得ない。
ついて行かなければ、捜索側の大将に自分が任命されるだろう。
それだけは絶対嫌だ……だからついていかざるをえない。
火炎大神ゾロアスターの加護を受けている自分だけなら逃げ切れるし、あの2人を逃げ切らせれる。
クローバーは確かに剣士として優秀ではあったが、おそらく逃げ切れない。
さらに、駆け落ちの手伝いをしたとなれば、父の、赤の騎士の名誉を著しく傷つけることになる。
ゼファールは父は死ぬときまで高潔な人物であった、ということを信じている。
いずれはそのことを証明したい。
だが、彼らが駆け落ちすれば、それは不可能になる。
できるなら、それは避けたい。
だが、あの二人が愛し合うことそのものについては、反対というよりむしろ構わない。
(俺は、傲慢か?)
彼もまた、葛藤していた。
彼は頭を悩ませながら角を曲がった。
その角で、ゼファールは曲がった方向から来ていた少女とぶつかりそうになった。
「…おっと」
「…………」
ゼファールは避けた。
その少女はセントシャットだ。
センはゼファールを見向きもせずに、どこかへと駆けていく。
センは顔を隠して走っていた。泣いているようだった。
(いったいどうしたんだ?)
頭を掻きながら、訝る。
ともあれ視線を戻し、歩き出した彼の眼の中にうつったのは、その突き当りの部屋で、開いている扉を閉めようともせずに、その部屋の中心にあるベッドに座り込んで沈みに沈んでこれ以上沈むことはないんじゃないか、と思わせるほどのグランセクトだった。
おもわず、心の中で呻く。
(げぇ)
なんというか……瘴気が見える。
泣いていたセントシャット、沈んでいるグランセクト。
問い.以上のことから想定できる事態を述べよ
答え.グランセクトがセントシャットをふった。しかも、双方最悪な形で。
(な、なんて厄介な……)
まぁ、これで、自分の妹の心配をする必要はなくなったわけだが……まさか、グランセクトがここまで落ち込むとは……。
グランセクトの部屋に入る。
グランセクトは、ゼファールが部屋に入ってきたことに気がついていない。
ゼファールがグランセクトに呼びかける。
「グラン」
「…………ゼファールか」
力の、いや、生気の抜けた声でグランセクトが応えた。
あくまで応えただけで、ゼファールの姿は彼の瞳に映っていないように見える。
ゼファールはかける言葉を失った。
ここまで落ち込んだ友人に、どんな言葉をかければいいというのだろう?
沈黙が辺りを支配する。
その沈黙を破ったのは、グランセクトだった。
「なぁ、ゼファール」
「どうした」
はじめてグランセクトが、しっかりとゼファールを捕らえた。
「俺は……ただしかったかな?」
「……あぁ、お前は正しい道を選んだよ」
ゼファールは応えた。
そして付け加える。
「まぁ、仲直りぐらいはして来いよ。今のままでは辛かろう?」
「そんな気分じゃない」
「お前が乗り気でなくても、セントシャットがやばい。なんだかそのまま死にそうだったぞ。止められるのは、お前だけだよ」
「………俺は、どうすればいい?」
「東のタレット≪小塔≫に向かえ。おそらく彼女は、そこに行った」
はっきり言って、それは推測にすぎなかったが、向かった方向から推測でき、セントシャットのお気に入りの場所であるから、あながち間違いであるまい。
グランセクトはふらりと立ち上がり、ひどく気落ちした足取りでそちらに向かう。
「グランセクト」
「……なんだ、ゼファール」
「そういうこともある。あんまり気落ちするなよ」
「……あぁ、覚悟の上だったから、大丈夫だ」
「本当か。本当に覚悟の上だったのか? 本当に大丈夫か? ……俺はお前についていこう。――たとえどんな道でもついていく。だから、しっかりしろ」
そういわれて、初めて、グランセクトに微笑が浮かんだ。
「あぁ、ありがとう」
「俺はここで待っている。はやく仲直りして来い」
――グランセクトの部屋で待っていたゼファールは、ドアが開いた音ではっと我に還った。
(いかん、眠ってしまっていたようだ)
魔力時計を見れば、既にカウの刻≪=深夜零時≫に近い。
魔力の灯りが部屋を照らしているが、やはり闇は魔力を奪っていくもののようだ。
浅い眠りであったので、覚醒までも早い。
既に覚醒した目を扉のほうにやると、グランセクトがドアを閉めたところだった。
グランセクトの表情≪かお≫は、先ほどまでの鬱鬱とした顔とは程遠く、こまっているような、それでいてにやけているような、そんな微妙な表情であった。
(仲直りできたのか?)
「…グランセクト、どうだった」
「いや、それが……」
しまりのないにやけた顔だ。
――なぜだか、無性に嫌な予感がする。
ゼファールは、それが外れていることを願った。
そんなゼファールの思いを知ってか知らずして、にやけた顔のグランが口を開く。
「実は――」
………………………………………………………………
「――……ってお前はあほかぁぁぁぁぁ!!」
「ぐゲふッ!」
「大馬鹿者ぢゃぁぁぁ!!!」
「ぐふぉっ!!」
声とともに放たれたゼファールの体重の乗った強烈なパンチ2発がグランを襲い、これを受けてグランが吹っ飛ぶ。
こころなしか、涙声でグランが言う。
「い、いまのはけっこう痛いぞ、ゼファールッ!」
「やっかましいわっ! なにかっ? お前は妹に押し倒されて、キスされたがそこは妹を泣かせてまで踏ん張ったというのに、あれか、追いかけていったと思ったら仲直りを通り越していつのまにか『駆け落ち』の約束までしてしまったということかッ?!」
「まぁ、そういうことになる…な―――ま、まて、落ち着け、ゼファール。これには深い理由が……」
拳を握り締めて近寄ってくるゼファールに、グランは慌てて両手を挙げて、顔の前でひらひらさせる。
「……とりあえず聞いてやる。申してみよ」
「……あの、私が王子なんですが」
「うるさいわっ! さっさと言う!」
「分かったっ、分かったからグーはやめろっ! ……」
「――うわーん……」
「センちゃん、もういい加減なきやむデス……」
「だって…だってぇ……ぐすっ…」
あぅぅ、クローバーも困っちゃうよ……
――場所は、城の東西南北に一つづつあるうちの東のタレット。
月は雲に隠れていて、あんまり明るくはないケレド、かがり火がタレットの四隅で燃えているから、意外に明るいデス。
この場所以外は残り三つのタレットのかがり火と、城のところどころから洩れる灯り以外に、光源はありません。
そんなすこし薄暗い場所で――クローバーはセンちゃんを慰めています。
クローバーは最初からこの場所にいたわけじゃなくて……顔を隠しながら走っていくセンちゃんを見かけたので、追いかけたのデス。
途切れ途切れに聞いたセンちゃんの話を総合するならば……最終作戦の"ケルベロスのシッポはヘビ"作戦は、どうも失敗しちゃったみたい……デス。
あぅー……なんだか責任を感じてしまうのデス……
しかも、クローバーの調査によると、グランサマにセンちゃんを愛することを歯止めをかけていたのは、クローバーのゼファール兄チャマだったようだし……なんでなのかは、よく分かりません。
と、ともあれ、今はセンちゃんを慰めないとっ!
「せ、センちゃん、元気出してくだサイッ! グランサマのほかに男なんていくらでもいるし!」
「……兄君、じゃないと、嫌なんです…死んでしまいたい…」
「し、死ぬ!? だ、だめデスっ、早まっちゃダメよっ?!」
あわわわわ、どうしよう……!
「ほ、ほら、センちゃん! うちの兄チャマなんてどうデスか? ハンサムだし、ウルク《=力強い》だし……」
「……それもありかもしれません……」
……うゥ…やっぱりイヤかも……
「ダメなの……兄君、しか…好きに…なれません。愛せないんです…」
がーん!
クローバーはほっとすると同時に、衝激を受けました。
クローバーのことはすきじゃないのっ!? ……う、けっこうショックです…。
そのとき。
「――セン」
「! グランサマ…っ?」
その声の主は確かにグランサマでした。
……でも、なんだか、いつものような力のある声ではないデス……
むぅ、まさか……
――これは、もしかしたら、クローバーの思い通りに進むかもしれないです、クフフフフ。
兄チャマ、最後の最後でミスをしました…ネ!
「セン……」
「なんのようデスか、グランサマ」
クローバーはできるだけ素っ気なく返事しました。
ここが正念場よっ、クローバー!
「センちゃんはもうアナタに会いたくもないそうデスよ」
「……そうか。だけど、俺のほうに用があるんだ。……セントシャット、話を聞いてくれないか?」
『セントシャット、話を聞いてくれないか?』
兄君のその声を聞いて、私は思わず振り向きました…。
兄君の声はとても辛そうで……何かに葛藤している…そんなような響きがありました。
私は涙を拭って、兄君に向き合いました。
「……なんでしょうか…? 兄君」
「…すまない、セントシャット」
兄君は膝をつき、頭を床に付けんばかりまで下げました。
「俺とお前では、全てが不幸になる。それは宗教の盟約であり、……人々の心淵だ。……許さなくてもいいから…軽蔑は、しないでくれ…」
「……ゃ……ぃ…」
「…?」
「やめてくださいっ!!」
…私は叫んでいました。
「どうしてですっ?! どうして兄君はそうして周りを気にしなくてはならないのですかっ!? 私を哀れんでいるのですか? ……余計です、そんなことは! どうして、どうして私を受け入れては下さらないのですかっ?!! 私を受け入れてくれさえすれば……っ!」
「セン……」
私の両の眼から、涙がぼろぼろと溢れました。
……涙と一緒に言葉の奔流も。
視界は涙でぐしゃぐしゃで、もう、何がなんだかよく分かりません…。
「兄君が私をお嫌いならば、どうして……どうして私を、もっと早くに拒んではくれなかったのですかっ?! そうしていただけていたならば、私は…これほどまで苦しい思いを…することもなかったのにっ!」
「嫌いなわけがあるかっ!」
……兄君はそう怒鳴りました。
涙を拭くことも忘れ、いつのまにか立ち上がった兄君を見つめました…。
「俺がセンを嫌いであるとっ!? そんなわけがない! 俺は……俺は……」
兄君は私に近寄ってきて、私の肩を掴み、私の眼をじっと見つめました。
私は瞳が大きく開き、ぽかん、と口が半開き、という状態でした。
「俺は、お前が――大好きだ」
「……!!」
「禁忌などはもはや知らなかったことにする……一人の男として、貴女に私を捧げる。あなたの命を、この俺が預かる」
兄君が私を引き寄せました。
私の中にあった、先ほどまでの憤りはすっと薄れてしまって、四つのかがり火の真ん中で、八つだった影が、四つになりました……
「……とまぁ、そーいうわけで……」
「なにが『そーいうわけ』じゃぁぁ〜〜!!!」
「ぎゃあ! ぐ、グーパンチはひどいぞ! 親父にも殴られたことなかったのに!」
「ギャグ言ってる場合かっ! 俺がお前を既に何発殴ったと思ってんだっ! ……イヤそんなことはどうでもいいんだよ、何でさっきまであれだけ沈んでいたやつが、今はもうぴんぴんとしてるんだよ! どこに行っちまったんだ! さっきの瘴気を滾々と湧き出しつつ、沈んでいたお前はッ!!」
「…んー……、それはおいといて」
「おくなぁぁぁっ!!」
グーパンチ再来で、地に沈むグランセクト。
しかし、すぐさまがばっと跳ね起きる。
「だが! 女の涙にかなうものなしと昔の偉人も……」
「誰だ!」
平手打ちをうけて、グランセクトが吹っ飛ぶ。
「あぁ! もう、お前のせいで全てが終わった! このっ! このっ!」
「痛い、平手も地味に痛いぞ!」
「えぇい! 黙らんか!」
「落ち着け、駆け落ちするのは別にお前じゃない、俺とセンだ。おまえはのうのうと、ここで暮らしていてくれれば……」
「おまえはアホなのか馬鹿なのかどっちだ!」
「……それはどちらも同じような気がするが……」
「横槍を入れるな! ……ともかく、お前らが駆け落ちしたら、誰かがお前たちを追いかけるだろう! そのとき俺がいたら、俺がお前らを追いかけないといけなくなるじゃないかッ! そんなことを俺にさせる気か?!」
「ンむ……それは…イヤだな。なら、ついて来てくれ」
「……もうお前、いやだ……」
心底泣きそうな声で、ゼファールは嘆いた。
そのよこで、やはりいつのまにか起き上がったグランセクトが、ゼファールの肩に手をおいた。
「…?」
「あきらめろ、運命に従え」
妙に達観した声であった。
その声で、一度静まっていた怒りがふつふつと込み上げてくるのをゼファールは感じた。
くそっ。
「す・べ・て・お・ま・え・の・せ・い・だ・ろ・う・が!!」
「痛い〜痛い〜ヤメぇ!」
ゼファールは怒りをすべてグランセクトに向けた。
――数日後の夜。
夜闇にまぎれて城を脱出する一団がいた。
裏門で警備についていた兵を後ろから襲って昏倒させて、一団は裏門から城外へ出ると、既に用意させてあった馬に乗って、一団は速やかに城から離れていった。
――それが発覚したのは、それより1半刻たって、代わりの警備兵がきたときであった。