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「クリスマス恒例!」
「持ち芸披露大会、IN、2006!」
「なんと今年はクリスマスに公開ですの!」
「本当ならそれが当たり前!」
 と、いうわけで。
 ついに迎えましたは6回目。
 今年も始まります。
「開ま……」
 ビー! ビー! ビー!
「……?」
 咲耶の開幕宣言(いや去年やってなかったじゃん)直前にて、緊急事態を告げるブザーの音。
 えっと……
 こんなシーン、前にもなかったっけ?


聖夜のお楽しみ IN 2006 〜赤外套再来編〜

作者:カッツォ

「なんかあったのか?」
 ブザーを止める鈴凛に、いつか言ったことある気がするセリフで尋ねる。
「うん、侵入者みたいだね……煙突から」
『……煙突!』
 その言葉に、やたら反応を示す妹たち。
「いやちょっと待てお前ら。やっぱりこのパターン前にもあったって」
『サンタさん!』
「だから前にもあったって! 具体的には一昨年の今日!」
 一昨年と同じく、妹達は全力で駆け出していた。
 仕方なく、俺もまた一昨年と同じく駆けた。
 そして、これもまた一昨年と同じく先頭の衛と共に部屋に飛び込んだ。
「やぁ」
 そこにいたのは、やっぱり見た目だけならサンタだった。
 お約束の赤い服に、帽子。そして白いヒゲ。
 明らかに付けヒゲである彼が本物かと言えば、もちろん断じて否。
 にこやかに挨拶するサンタは、一昨年と同じ男だった。
 懲りずにまた……と言うには、しかし多少……?
『サンタさんだ!』
 妹達は、嬉しそうに男を迎える。
 そして。
「は〜い。サンタさんですよ」
 ザスッ、とやはり一昨年と同じく。
 サンタの顔のすぐ横、壁に春歌のクナイが刺さった。
 まさに一昨年の再現。
 ただ一つ、決定的に違うのは。
「やぁ、よい子のみんな。元気にしてたかな?」
 サンタは、平然とした表情で皆にそう言った。
 それは、見た感じ強がりというわけでもなく……なんとなくだが、一昨年と雰囲気が変わっている?
「うん、ヒナ元気だよ! サンタさん、ヒナたちにプレゼントをくれに来たんだよね?」
「あぁ、もちろんさ」
「ワーイ! じゃあね、ヒナはね、ヒナはね……」
「亞里亞は……」
「お菓子……」
「現金……」
「実験台……」
 サンタの変化に、恐らく一部は気付いているのだろうが。
 去年と同じく、サンタに迫る妹達。
「まぁ、ちょっと待ってくれよい子のみんな」
 サンタが片手を突き出し、皆を制した。
 一部訝しげに、一部純粋な疑問の目でサンタを見る。
 そんな中、サンタは少なくとも表面上は笑顔。
「残念ながら、今日は君たち全員にあげられるほどのプレゼントは持ってきていないんだよ」
『え〜!?』
 サンタの言葉に、妹達の間で不満の声が爆発する。
 一斉に詰め寄ろうとする妹たちを。
「だから!」
 サンタは一言で止めた。
「今日は、一番良い子にだけプレゼントをあげようと思うんだ」
「一番良い子……ねぇ」
 咲耶が、薄ら寒い笑みを浮かべそう言う。
 「何を企んでいるのかしら?」と、言葉以上に如実に語る表情と共に。
「そんなもの、一体どうやって決めるつもりなのかしら?」
「あぁ、もちろんその方法も考えているよ」
 俺でさえ正面から受け止める自信のない咲耶のその視線を、サンタは平然と受け止める。
「やっぱり、良い子は兄弟仲良くないといけないよね。そこで、この中で一番お兄さん想いの子にプレゼントをあげようと思います」
「………………」
 サンタの言葉に、咲耶はピクリと反応した。
 逡巡は一瞬。
 咲耶の顔に、挑戦的な笑みが浮かぶ。
「いいわ。そういうことなら、私が退くわけにはいかないものね。お兄様!」
「な、なんだ?」
 いきなりこちらを向いた咲耶に、俺の返事の声は少し上ずっていた。
 積み重ねられた経験が鳴らす警鐘。
 サンタが薄く笑ったのは見えたが、俺にはもうそちらに気を向ける余裕はなかった。
「私がお兄様のことをどのくらい想っているのかというと……」
 一瞬だけサンタに目をやったのが最後。
 咲耶の視線は、もう真っ直ぐ俺を射抜くだけだった。
「お兄様の子供を産みたいと常々思っているほどよ!」
「いきなりドストレートできたな!」
 なんとなく言う気はしてたけど。
「というわけで、孕ませてお兄様!」
「んげ……」
 咲耶が一直線に、すさまじい速度でこちらに迫る。
 久々のこのパターン、ほとんど反射的に俺は身構える。
 だが、俺がアクションを起こす前。
 俺の視界を、和服の背中が遮った。
「咲耶さん、こんなところで抜け駆けとは感心いたしませんわ」
 俺を庇うように立ち、春歌は刀を抜いていた。
 その切っ先は、咲耶の喉に触れるか触れないかといった位置にある。
「兄君さまに貫いていただきたいと思っているのは、咲耶さんだけではないのですよ」
「ちょっと生々しい表現にすんなよ!」
 俺の貞操の危機が去ったのかどうかは微妙なところだった。
 というかたぶんより悪化していた。
「なら、やるしかないわよね? 勝った方がお兄様と……いいわね?」
 喉元に刃があるとは思えないほどの不敵さで、咲耶がクスリと笑う。
「えぇ……では、参ります!」
 勝手に俺の体を賭け、咲耶と春歌の闘いは始まった。
 人の限界を超えている気がしないでもない激しいバトル。
 だがしかし。
「じゃあ、次は花穂がやるね」
 我が家においては比較的日常事だった。
 特に気にする風もなく、花穂が俺の前に出る。
「花穂は、やっぱりお兄ちゃまのことを応援したいと思います」
「ん、そうか。よろしく頼む」
 少し緊張した表情の花穂に、笑顔を返してやる。
 それに、安心したように花穂は一度大きく頷く。
 いつの間にやら用意していたチアグッズを手にする花穂に、俺は笑顔を保つ……あくまで、表面上は。
 内面は、いかなる想定外の事態にも対応できるよう最警戒だ。
 もっとも、その程度で対応できるほど花穂のドジのレベルが低ければありがたい限りなのだが。
「フレー! フレー! お兄ちゃま!」
 花穂は、もうすっかりおなじみのフレーズで俺の応援に入る。
 果たして一体何に対しての応援なのか、などと野暮なことにツッコミを入れてはいけないことは周知だろう。
「頑張れ頑張れお兄ちゃま!」
 しかしいつも同じように見えて、花穂の応援は実は結構毎回振り付けが違ったりする。
 今日は、やけに足を高くかかげる振りが多い気がする。
 そしてまぁ、事件はもうすぐ後に起こったわけである。
 しばらく。
「以上です、ありがとうございました!」
 そうして、花穂の演技は終わった。
 そう、終わった。
 終わったのである。
 何ら器物を破損することなく。
 誰も(主に俺が)ケガすることもなく。
 何事もなく。
 終わってしまったのである。
「んな……」
「お兄ちゃま、どうだった?」
「ん……いや、まぁよかった……よ」
 もちろん、俺は驚きを隠しきれないわけである。
「もぅ、お兄ちゃまちゃんと花穂のパンツ見ててくれたの?」
「あぁ、ちゃんと見……はい?」
 うん? 今何か言った?
「あ〜、やっぱりちゃんと見てなかったんでしょ花穂のパンツ!」
「いやパンツパンツ言うな! パンツってなんだ!」
「だから、花穂が高く上げた瞬間にお兄ちゃまにパンツが見えて、そのパンツに欲情したお兄ちゃまが花穂に……」
「なんだその流れは! つーかお前キャラ変わってるだろ! 久しぶりだからって自分を見失うな!」
「まぁまぁ、お兄ちゃん」
 可憐が、ぽんぽんと俺の肩を叩く。
「可憐は、お兄ちゃんのことを歌にしたいと思います。きっとお兄ちゃんを癒してみせるから」
「歌……?」
 ほぅ、可憐らしいな。
 いや、しかし”歌”で思い出すのは3年前の『お兄ちゃんの歌』なんだが……まさかまたあんなのなのか?
 あれは癒されないどころかむしろ心に傷が残るんだが……
「お兄ちゃん 下から読めば ンャチイニオ」
「……?」
 一瞬可憐が何を言っているのかわからなかった。
 何を突然? そう思った。
 だが、すぐに理解は及ぶ。
「歌ってそっち!? ていうか意味がわからん! 全く意味がわからん!」
「うん……お兄さんへの想いがこもった素晴らしい歌だ」
 パチパチと、サンタが賞賛の拍手を送る。
「どこが!? どこに想いがこもってたんだ!?」
「そんなこと、言わなくてもわかるだろう?」
「わからないから聞いてるんだよ!」
「ほら、君の妹さんたちもわかっているようじゃないか」
 サンタに言われ、妹たちの方を見る。
 ある者は今の歌をしみじみかみ締めるように目を瞑り、またある者は可憐に「よかったよ」なんて言っていた。
「どういうことなんだ……」
「おにいたま、おにいたま!」
「ん……?」
 クイクイと服を引っ張られ、下に目を向ければ雛子が「クシシシ……」と笑っていた。
「どうしたんだ?」
「あのね、あのね、ヒナもおにいたまのことお歌にしたよ!」
「え……」
 それは、まさか……
「んとね、いくよ?」
 雛子は軽く首を傾げてから、静かに目を閉じた。
 それまでの幼さ(いや実際幼いんだけど?)が嘘のように、朗々と。
「おにいたま 逆から読めば またいにお」
 はい。
「やっぱり!? ていうかだから意味がわかんな……」
「素晴らしい!」
 俺の言葉は、感極まったようなサンタの声によって遮られた。
「なんて素晴らしいんだ! 先程の歌も素晴らしかったが、君のものはさらにその上をいく!」
 ガッシリと雛子の手をとり、サンタはうんうんと頷く。
「いや一緒じゃん! さっきのと一緒だっただろ!」
「雛子ちゃん……可憐、感動しちゃいました。可憐の完敗です」
 目じりの涙を拭いながら、可憐もそう言う。
「いやだかっら一緒じゃん! さっきと何が違ったんだよ!」
 見ると、他の妹たちも感動のためか目を潤ませていた。
 どうやら皆には通じているらしい。
「”下から”ではなく”逆から”というのが素晴らしさをより引き立てているね」
「はい……それに、逆から読んだときの言葉をひらがなで表現しているのがより歌を深くしていますね」
「そんなとこなの!? ていうかひらがなってなんだ! 口頭だったじゃん! ひらがなとカタカナの区別がなんでついてるんだよ!」
 しかしそんな俺の声は、感動に包まれた(らしい)その場の誰にも届くことはなかった。


「さて、では次は姫の番とさせてもらいますの」
 未だ感動冷めやらぬ(らしい)中、聞こえた声は部屋の入り口から。
 やたら大きなワゴンに、これまたやたら大きな蓋付きトレイを乗せ白雪がそれを押して部屋に入ってくる。
「姫からにいさまへの愛は、もちろんお料理で表現しますの」
「ん……? もうできてるのか?」
「もちろんですの!」
 サンタが登場してから現在にいたるまで、経過した時間はせいぜい10分かそこらだ。
 思えばさっきからいなかったが……それにしても早い。
 そういやいないといえば、さっきから四葉の姿も見えないな。
 また何か企んでるのか?
 まぁいいや。
「また随分と手早く作ったもんだな」
「けど、決して手抜きではありませんの。これも、にいさまへの愛ゆえになせる業ですの!」
 えっへん、と白雪は胸を張る。
「で、どんなのなんだ?」
 期待と……多分に感じる不安は気のせいだと信じつつ、白雪に尋ねた。
「んふふ……」
 白雪はにんまりと笑う。
「今回の姫の料理……それはズバリ、”女体盛り”ですの!」
「んな……!?」
 と、驚きを表現してはみたものの。
「……いや、白雪。お前ここにいるじゃん」
 そうなのである。
 女体盛りということは……まぁその、アレだ。
 本人がここにいるというのはおかしいのではないだろうか。
 白雪はもちろんいつものエプロンドレスで、そういう格好をしているわけでもない。
 いや、断じて期待しているわけではなくて。
「? それがどうかしましたの? 姫が作った料理なんですから、姫が持ってくるのは当然ですの」
「ん、いやそうかもしれんが……」
 どうやら俺と白雪の間には何かしら認識の差があるらしい。
 その”何かしら”が何なのかはわからないが……
「まぁ、勿体つけずにそろそろ見せてくれ」
「はいですの」
 とにかく、蓋に隠された中身を見ればわかることだ。
 白雪は蓋に手をかけ。
「はい、ご開帳ですの!」
 そして、現れた”中身”は。
「ん゛〜! ん゛!? ん゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 縛られていた。
 猿轡を噛まされていた。
 こっちを見ていた。
 必死で何かを訴えていた。
 もちろん、服は着ていた。
 つまるところ、それが”何”であったのを端的に表現すると。
「四葉!?」
 だったのである。
「な、なんだ!? 女体盛りって女体が盛ってあるものなのか!?」
「んふふ……野生の四葉ちゃんを捕まえて料理するのには苦労しましたの」
「野生のってなんだ! ていうか料理ってそういう意味で!?」
 ツッコミを入れながらも、縛られていた四葉の縄を解いてやる。
 拘束が解けると同時、四葉はこっちに抱きついてきた。
「うわーん! こ、殺されるかと思ったデス!」
「いや、一体何されたんだよ……」
 尋常じゃない怯え具合の四葉に、俺の頬を冷や汗が流れた。
「うぅ……兄チャマ、助けてくれてありがとうございマス」
「うん、まぁあそこで助けないという選択肢も通常無いだろうからな……」
「これはお礼と、四葉から兄チャマへの愛デス」
 ちゅっ、と。
 別に、実際そんな音が鳴ったわけではなかったが。
「む……」
『んな……』
 四葉と俺の唇が、重なった。
 少しだけ触れる程度の軽いものだったが、俺の口からはうめき声が漏れた。
 行為そのものがとうというよりも、その後の展開を予想して。
 絶句し固まっている他の妹達、闘っていたはずの咲耶や春歌までもが静止していた。
「んふふ……」
 こちらはその後の展開を予想できなかったのか、はたまた忘れているだけなのか。
 四葉は少し照れたように笑っていた。
 イギリス帰りの四葉は、さすがというか何というかたまに欧米的な考えを持っていることがある。
 今のも、四葉としては軽い行動だったのかもしれないが……
「ほほぅ、そのさりげなさがむしろ高得点ですね。控えめなところもいい」
 なんて、サンタは評を下していたりする中。
 まずは咲耶が動き出……そうとしたのを、制するように衛が一歩前に出た。
「あにぃ、じゃあ次はボクがあにぃへの愛を表現するよ」
「!?」
 ゆらりと歩き出した衛に、ようやく場の空気を察したのか四葉がビクリと震えた。
 とっさに四葉が身構え。
 瞬間、衛の体は掻き消えた。
「はっ!」
「チェキ!?」
 瞬間移動かと思うほどの衛の速度。
 俺に見えたのは、動き始めと動き終わりだけだ。
 気がついたときには、衛の拳が四葉の後頭部を打ち抜いていた。
 独特の叫び声(?)と共に、四葉は大きく吹っ飛んだ。
「……ってうぉい! 何してんだ衛!」
「大丈夫だよ、命に別状はないはずだから」
「あったら困るわ!」
 ド派手に吹っ飛んだ四葉に慌てて駆け寄る。
 四葉は、自力で身を起こそうとしているところだった。
「おい四葉、大丈夫か?」
「ん……ん〜? 四葉、なんでこんなところにいるんデシタっけ?」
「……ん?」
 四葉の言動に、俺は首をかしげる。
「大丈夫だよ、あにぃ。ここ48秒ほどの記憶を消しただけだから」
「あぁ、そうな……なにぃ!?」
 一瞬納得しかけたが、もちろん本来納得できるような言葉ではない。
「記憶を消したってなに!?」
「ふふ……これが、ボクのあにぃへの想いだよ」
「表現が複雑すぎて伝わらんわ! ていうか48秒って単位細かいな!」
「ん〜……白雪ちゃんに呼ばれて……う〜ん、そこから先が思い出せないデス……」
 頭を抑えてウンウン唸る四葉に、衛はニヤリと笑う。
「サービスで、恐怖の記憶も消しておいたよ。でも、次やったら……」
「つ、次って何デスか……?」
 衛をその行動たらしめた”行為”そのものを忘れている四葉は、衛の威圧感にただただビビっていた。
「ていうか衛、お前いつの間にそんな技を……」
「うん、修行したから」
「なんのために!?」
「あにぃも、誰かの記憶を消したくなったらボクに言ってね」
「ならねぇよ!」
「100回やっても、51回は成功するから安全だよ?」
「確率ほぼイーブン!? 危険極まりないな! そんなもん自分の姉妹にやんな!」
「まぁ、失敗しても記憶全部無くすくらいだし」
「代償もでかいな!」
「ふふ……みんな、甘いね」
 不敵に、あざ笑うかのように笑ったのは鈴凛。
「歌だの料理だのといったところで、それは別に愛がなくてもできること。ましてやただの肉欲なんかお話になんないね。愛とはすなわち、奉仕の心よ!」
 言ってること自体はそれなりにまともというか納得できる人もいるのだろうが、鈴凛が言うと途端に胡散臭くなるのが不思議なところである。
「いや鈴凛、お前が奉仕の心って……」
「ふ……アニキ、今思ったね? いつも金をせびってばかりの奴が何を言うのかと。もちろん半分以上は自分の意思でお小遣いをあげているけれど、残りの半分のうちのほと んども妹がかわいいからだけど、残ったほんのちょっとはお前がせがんでいるから小遣いあげてるんだぞ、と」
「いや、どちらかといえば俺の意思で小遣いをあげたことなど皆無に等しいんだが……」
「しかし、こんな私がやるからこそそのギャップが奉仕の心を際立たせるのよ!」
「実際そうでも言っちゃダメなんじゃないか……?」
「というわけでアニキ、はい!」
 ズバーン、とオーバーアクションで鈴凛は手を突き出した。
 持っているのは500円玉である。
「500円てお前……」
「さぁアニキ、受け取って私の奉仕の心を!」
 随分とまぁ……いや、何も言うまい。
 確かに鈴凛にとっては、この上ない奉仕の心なのかもしれないし。
「わかった……しかと受け止めよう」
 俺は、鈴凛の手の平を差し出した。
「……?」
 だが、俺の手の上に500円玉は落ちてこない。
「……鈴凛?」
 見れば、鈴凛の手は細かく震え額には脂汗がにじんでいた。
「500円でなんでそんな状態になってんの!? ていうか別に無理しなくていいし!」
「……む……無理なんかじゃない!」
 自分を鼓舞するように大きく叫び、叩きつけるように鈴凛は俺に500円玉を手渡した。
 そして。
「ふ……確かに渡したよ、アニキ」
 力尽きた。
「ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? なんで力尽きてんの!?」
 その場に崩れ落ちた鈴凛は、何かをやり遂げたような穏やかな笑みが浮かんでいた。
 しかもなんか真っ白に燃え尽きていた。
「いや別にそんな大きなこと成し遂げたわけじゃないしね!? しっかりしろ鈴凛!」
「大丈夫です、兄上様。鈴凛さんは、ちゃんと魂が肉体の中に留まっていますもの」
 横から鞠絵の声が口を出す。
 妙に信憑性があるのが怖いところだった。
「鞠絵、お前いつからそんなのわかるように……って、鞠絵の方が魂出てるじゃねぇか!」
 俺が会話していたのは鞠絵の魂だった。
 ちなみに、鞠絵は去年のクリスマスに身につけた能力により魂だけで会話が可能なのだ。
「危ない危ない危ない! さっさと戻れ!」
「ふふ……これがわたくしの奉仕の心です。兄上様のためなら、この命も……」
「捧げんでいい! ていうかお前今日肉体の口から発せられたセリフ一個もないぞ! それでいいのか!?」
「ふふ……それがわたくしのアイデンティティですもの」
「否定できないけど!」
「兄や……」
 雛子のときと同じように、俺の服がくいくいと引っ張られた。
 ただし、雛子のときよりも随分と引く力は弱い。
 視線を下に下ろすと、亞里亞が俺を見上げていた。
「ん……どうした、亞里亞?」
「兄や……ごほうしのこころ、好き……?」
「ん、いや好きというか……別に亞里亞がそんなこと気にする必要もないよ」
 そう言って苦笑い気味に笑いかけてやると、亞里亞は少し首をかしげた、
 そのまま少し考えるように首をかしげたままにした後。
「亞里亞の……あげる……」
 亞里亞の小さな手が、お菓子を差し出してきた。
「ん……くれるのか、俺に?」
「うん……」
「そっか」
 今度も苦笑い気味に。
 だが、受け取る俺の表情には少し嬉しさが滲んでいたかもしれない。
「優勝!」
「うおっ!?」
 雰囲気の余韻が、サンタの声によって粉々に砕かれた。
「優勝!」
 構わず、サンタはもう一度そう言う。
「優勝!」
「いや、三度も言わなくていい……一体何が優勝なんだ」
「感動しました! 今年の最も良い子は、亞里亞ちゃんに決定しました!」
『え〜〜〜〜〜〜!?』
 突然の決定に、妹達の間から再び不満の声が爆発する。
 なにせ、まだ出番がない奴がいるくらいだ。
「もう決定したことです! 公平な判断の元下ったこの決定は、もう覆りません!」
「……鼻血が出ているようだが?」
「気のせいです!」
 明らかに気のせいではなく、サンタの鼻から盛大に出た血が白い付け髭を真っ赤に染めていた。
 まぁ俺としてはどうでもいいっちゃいいんだが、絶対公平な判断ではないだろ……
「では亞里亞ちゃん、プレゼントをあげるからこっちに来てくれるかな?」
「わーい……」
 控えめに喜びを笑顔で表現し(その瞬間サンタの鼻血の勢いが上がった)、とてとてと亞里亞はサンタの方に歩いていく。
 って、ん……?
「あ、やべ……」
 大騒ぎですっかり忘れてたが、今年のサンタは……
「……くく」
 俺が気付いたのより、ほんと少し後。
 サンタは今までの優しげな笑顔から一転、邪悪な笑みで口元を歪める。
「バカめ、かかったな!」
 亞里亞の首に腕を回し、サンタは顔にナイフを突きつけた。
「くく……2年前の復讐、今こそさせてもらうぜ。全員、動くなよ?」
 うん、まぁ復讐したくなる気持ちもわからないでもない。
 ……が。
「いや、アンタやめといた方がいいって」
「くは……止めようったって無駄だぜ。俺は、この時のためだけに2年を費やしてきたんだ。貴様ら全員、逃れられると思うなよ!」
「ん、そうじゃなくて……」
 ちょっと自分の世界に入っちゃってるサンタさんには、周りを見て欲しい。
 俺や妹たちが、どれほど冷めた目で彼を見ているのかを。
「お兄様、じゃあ私が……」
「ふふ……咲耶くん……君の出番は終わっただろう……」
 一歩出かけた咲耶の足を、千影は声だけで制する。
 傍目にはわからないかもしれないが、その小さな笑みには長らく出番を待ちわびたような(実際そうなんだろうが)歓喜が満ち溢れていた。
 そう、なぜならば今回まで唯一出番が回ってきていなかったのは千影だから。
「ここからは……私の番さ……」
「おい千影、念のためあんまり派手なアクションは……」
「あぁ……心配ないよ、兄くん……今年は……もう呼んであるからね……」
「……は?」
 思わず、俺はマヌケな声で聞き返していた。
 オーケイ今年でもう6年目で、”呼んである”ってのが何なのかなんていう野暮なことは聞かねぇ。
 だがしかし、周りがクリスマスに相応しいい静かな夜であることも事実なのである。
「千影……呼んであるって、一体どこになんだ?」
「……ふふ」
 まるで俺のその言葉を待っていたかのように(やっぱりそれもまた実際そうなんだろうが)千影は笑みを深めた。
「亞里亞くん……もういいよ……口を大きく開けてみるといい……」
「はーい……」
 千影に言われた通り、亞里亞は口を開ける。
 本人的には大きく開けたつもりなのだろうが、開いた大きさは可愛いものだ。
 そんな亞里亞の口から。
「グルル……」
 なんか聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだよね?
 そんな亞里亞の口から。
「グル……」
 ぬらりと、手が出てきた気がするけど気のせいだよね。
 そんな亞里亞の口から。
「グルァ!」
 悪魔が徐々に出てきた気がするけど気のせってそんなわけあるか!
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ふふ……どうせ最後は亞里亞くんの腹の中だ……だから今年は……あえて逆に、最初から亞里亞くんの中に召喚してみたよ……」
「意味がわからん! ていうか怖えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 亞里亞の口から、ずるっずるっと悪魔が徐々に出てくる。
 一匹だけでなく、何匹も続く。
 さながら、亞里亞が口から悪魔を生み出しているように。
 特に痛みなどはないのか亞里亞の表情に変化はないが、それが逆に怖い。
「ひ、ひっ!?」
 さすがにその光景には平静を保てなかったのか、サンタの手が亞里亞の手から離れた。
 悪魔の出てくる速度が飛躍的に上昇したのは、その瞬間である。
「んぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 次々と亞里亞の口から現れる悪魔に襲われ、サンタは悲惨な声を上げていた。
 ちなみに、俺もそんなことをのんきに解説している場合でもない。
 なぜなら悪魔は今にも俺にも襲いかかろうとしているし、何よりも悪魔が召喚されたということは今年もクライマックスドタバタが始まるということだからだ。
「なぁ千影……もういい加減このパターンやめにしないか?」
「ふふ……ここまでくれば……もう、そんなこともできないだろう……?」
 それが、最後に交わした穏やかな会話だった。
 悪魔に加え、妹達もサンタに襲い掛かっていく。
「ふふ……この鈴凛ちゃんを騙すとはいい度胸だね……アニキに渡した500円どうしてくれんのさ! 元とれなくなっちゃったじゃない!」
「プレゼントで元とるつもりだったのか!? ていうかわかってると思うけど元々俺の金だからね!?」
「亞里亞のおやつ……これも兄やにあげる……」
「いやいらんよ!? 兄やは悪魔もらってもどうしようもないから!」
「男体盛りというのも、斬新でいいかもしれませんの」
「せめて踊り食いパターンで言ってくれよ!? 調理はすんなよ!?」
「悪魔さんにもわたくしの命を……」
「捧げるなぁぁぁぁぁぁぁ! それなんか変な契約とか結ばれちゃうから!」
 と、そんなわけで今年もやっぱり。
 クリスマスに相応しい12の笑い声と、クリスマスに似つかわしくない1つの叫びが、遅くまで響き渡りましたとさ。









「メ・メリークリスマス……」
「「「「「「「「「「「「メリークリスマス!」」」」」」」」」」」」







あとがき

どうも、カッツォです。
いやぁ、今年はSS書くのなんて本気で久しぶりですね。
たぶん前に書いたのが聖夜のお楽しみ2005だと思うので、ジャスト1年ぶりでしょうか。
正確には、2005はクリスマスに間に合わなかったので1年弱なんですけど……
今年はなんとクリスマスに間に合いました。
自分でもビックリです(殴)
ただ、やっぱり間に合わせるために急ピッチで書いたため内容というか特に文体とかが……
近いうちに直したいと思います。
長さ的には、去年までは徐々に長くなっていっていましたが今年はちょっとマシになったかと思います。
その分、キャラごとの出番の多さが全く違うものになってしまった気もしますが(汗)
ところで去年もそうでしたが、今年はそれ以上にこの文章読んでる人っているんですかね?
更新自体、半年振りですしねぇ……(蹴)
しかし、現状の出来はちょっとアレなので。
今年に関しては、リアルタイムで発見してまった人は読むの後にした方がいいかもしれません……って、あとがきで言っても遅いか……(死)
え〜っと、とりあえず(いろんなことで)ごめんなさい。
感想はもちろん、てめぇふざけんじゃねぇ、というものまで何でもいいので送っていただければ幸いです……



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