「ふぅ、楽しかったですの」
「えぇ、わたくしもとても楽しかったです」
「やっぱり冬といえばスキーデス!」
「あのね、ヒナね、ヒナね、ピューって滑れるようになったんだよ!」
「くすん……亞里亞、いっぱい転んじゃったの……」
「大丈夫だよ。きっと、すぐに花穂よりも上手くなっちゃうから。花穂なんて……」
「いや……花穂くんもなかなかの才能だ……斜面を転がって雪玉になるなど……並大抵ではできる芸当じゃないからね……」
「そういう千影ねぇは、なんか斜面を上向きに滑っていってたよね……」
「本当に楽しかったね。連れてきてくれてありがとう、お兄ちゃん!」
「お前らな……」
妹たちの態度に、おもわず声が漏れる。
自分でも、こめかみが少々ピクついているのがわかった。
バン、と床を叩いて叫ぶ。
「状況を考えろ状況を!」
「状況、といいますと……」
春歌が少し首をかしげる。
「家族揃ってスキーに来たはいいもののやはりもって無事に済むわけもなく紆余曲折を経た末全員で道を外れてしまった上おまけに吹雪まで加わったが不幸中の幸いかちょうどいい具合に山小屋があったのでそこで様子を見てみようということになった正にお決まりのパターンであるこの状況、のことでしょうか?」
「まさにその通りだよ! 専門用語で言うところの遭難ってやつだ!」
「なるほど。つまり遭難中に相応しい態度をとれってことね」
言葉と共に、咲耶が大きく頷く。
ポケットに手を入れ。
「こんなこともあろうかと、トランプを……」
「ちっがぁう!」
「じゃあウ……」
「ウノもいらん!」
「シッ! アニキ、静かに!」
珍しく緊迫した様子の鈴凛の声。
振り返った俺の手元に、狙い済ましたように何かが投げ込まれた。
それを見、口を開こうとした瞬間に。
ドゴン!
大音量と共に、手の中の……爆弾が、爆発。
「おま……」
言おうとした俺の言葉は、またも大きな音によって遮られる。
今度は、ゴゴゴゴゴ……という、響いてくるような音だ。
「え? これって……」
「あ〜あ。アニキが大声出すから。雪山で大きな音出したら雪崩が起きるんだって」
「そういうことは先に、そして口で言え! そこで爆弾渡す意味がわからん! て、いうか! 明らかにそれが原因だろ!」
「アニキ、人のせいにするのはよくないよ」
「そのセリフそっくりそのままお前に返す!」
「あ、ほら。もう来るよ。せめて何かに掴まっといた方がいいんじゃない? ま、無駄かもしんないけど」
「なんでそんなに冷静なんだよ!」
言っている間にも音はどんどん近づいてくる。
もうそこまで来た所で、春歌の緊迫した声。
「みなさん、跳んでください!」
「跳んだくらいじゃ回避できませんよ!?」
なんて叫んだ直後。
小屋が崩れ、その向こうから白い壁。
大きな質量に飲み込まれ、流さて。
俺の意識は遠のいていった……
「……ぶはっ!」
雪の中から顔を引き抜き、大きく息を吸う。
すぐに周囲を確認してみるが、目に映るのは白ばかり。
意識を失っていたのは一瞬らしいが、みんなとは完全にはぐれたようだ。
もうほとんど吹雪がやんでるのは幸いだが……
「あいつら、大丈夫かな……」
「大丈夫でしょ。この程度で死ぬような子はいないって」
「まぁ、確かにそうだ……が?」
聞こえた声に振り返るが、そこには誰もいない。
360度見回してみても、やっぱり誰もいない。見えるのは雪だけだ。
「……?」
「下だよ、し・た」
「下?」
声に従って足元を見てみる。
そこにもやはり何も無……いや。
そこには一本、竹筒が突き出していた。
「まさか……」
「その通り!」
足下の雪が盛り上がったかと思うと、そこからガバッと鈴凛が出現。
手にした竹筒を高らかに掲げる。
「これぞ雪中呼吸マシン、そこらに落ちてた竹筒くん一号!」
「それマシンですらないし! そこらに落ちてたとか言っちゃってるし!」
「あ」
鈴凛が小さく声を上げ、横を見る。
「あ?」
俺もつられてそちらを見る。
鈴凛は無言で歩いて行き、そこにあったものを拾い上げた。
何かと思えば、ストロー。
それをこちらに突き出し。
「そしてこれが二号!」
「さらにグレードダウンしてますが!?」
「アニキにあげるよ」
「いらんわ!」
「そう」
言って、鈴凛はポイとストローを投げ捨てた。
「いらないんだったら拾うなよ!」
「まぁまぁ。今はストローよりも他の子たちでしょ?」
「ま、まぁそうだが……」
お前のせいで横道にそれまくったんだろうが……
「ってか、まず俺たちがどのくらい流されたんだか……」
「ん〜……山小屋があった辺りからそんなに離れてはいないみたいだね。せいぜい10メートルちょっとってところかな。ワ〜オ、改めて考えると奇跡的だね」
「は? なんでわかるんだ?」
「ほら、これ」
と、鈴凛は携帯電話がちょっと大きくなったような機械を俺に見せた。
地図上にピコピコ光る点が写るその画面は、まるでカーナビのようだ。
と、いうかこれは……
「GPS?」
「うん」
「……それ、どったの?」
「こんなこともあろうかと持ってきてたの」
エッヘン、と胸を張る鈴凛。
「…………というか、そんなもんがあるなら俺たちはそもそも遭難しなくて済んだんじゃないか?」
「……………………」
「……………………」
しばし沈黙。
鈴凛がポンと手をたたく。
「……おぉ、GPSにそんな使い道が!」
「この上なく正しい使用方法ですが!?」
「あぁ、でもあれだよ。天気も悪かったし? きっとあんまり使えなかったよ」
「今よりはいい状況になってたわ!」
ま、まぁ過ぎたことを言っても仕方がない。
今は妹たちを探すのが先決だ。
「今の話からいくと、俺らはほとんど流されてないわけで……つまり、ここより下の方を探せばいいわけだな?」
「うん、たぶんね」
鈴凛が頷くのと、ほぼ同時。
「おにいたま〜!」
「お、雛……子?」
上方から聞こえた声に、顔をそちらに向ける。
そう、上方に。
「おっにいったま〜!」
かなり上の方(少なくとも10メートルよりは)から雛子が滑り降りてくる。
見た目ケガもなく、無事で何より……だけど……
「GPSが間違ってたんだよな? ほら、天気の影響とかさ。な?」
「いや、今は結構晴れてるし、かなり正確だと……」
「そこは嘘でも間違ってるって言っとけ!」
なんて言ってる間に、雛子が俺たちの所まで辿り着いた。
スキーを一日体験しただけとは思えない、なかなかに見事なブレーキだ。
「雛子、ケガはないか?」
「うん!」
「そうか」
うん、まぁ無事ならいいじゃないか。
どこから来たのなんか問題じゃないさ。
「あのね、ヒナね、雪がドバ〜て来る前にピュ〜ンてジャンプしたんだよ。えらい?」
それもう跳んだっつーか完全に飛んでるよね!?
……という叫びを飲み込み、俺は笑顔で雛子の頭を撫でてやる。
「そっか。春歌の言うことちゃんときいたんだな。えらいえらい」
まさか、ホントに跳んで(飛んで?)回避できる奴がいるとは思わなかったがな……
もしかして、他の奴らもそれでちゃんと避けられたのか?
『いや……それは雛子くんだけだよ……本来なら……咲耶くんと春歌くんも……なのだがね……彼女らが天井にぶつかり……空いた穴から……雛子くんだけが脱出したのさ……』
「なるほど。で、お前はいったいどこにいるんだ?」
聞こえた声は、脳に直接。つまり近くにはいないってことだ。
千影的ごく自然な会話法に、俺の方も自然に応対する。
『そのまま真っ直ぐ進めば……すぐに見えるはずさ……』
「まっすぐだな? わかった」
言われた通り、まっすぐ歩いていく。
正直、ホントに真っ直ぐ歩けてるのかどうかわからんが……まぁ、千影のことだからその辺も計算に入れてるんだろう。
「あ。アニキ、あれじゃない?」
だんだん周りに木が増えてきた頃、鈴凛が前を指す。
「……でかっ」
そこにあったのは、巨大雪だるまだった。
巨大も巨大、ちょっと半端じゃないほどデカい。
隣にある木と比べても、ほとんど変わらない大きさだ。
「ていうか、千影じゃないだろ」
「うん。でもあれ、あの雪だるまの頭」
「ん?」
目を凝らしてみると、確かに頭部分に何か埋まってるような……?
て、いう、か、あれは……
「花穂!?」
雛子を抱え、大急ぎで雪だるまに直行する。
「あ、お兄ちゃまぁ!」
「お前、なんでそんなことに……」
「わかんないよ。花穂、雪崩に流されて、気がついたら雪だるまさんの頭になってたの」
「いやおかしいから! 雪玉になってるってならともかく!」
いや、それも十分おかしいわけですけどね?
「雪だるまに埋まってるってどんな状況だよ! なんかちゃんと顔まで付けてあるし!」
言いながら雪だるまに登り、鈴凛と協力して花穂を引き抜く。
ようやく地面に立って、花穂もほっとした表情だ。
「ったく、こんなに冷え……あれ? あんまり冷えてないみたいだな」
そういえば、雪(だるま)に埋まってた割に顔色がいい。唇も綺麗な色のままだ。
「あ、うん。千影お姉ちゃまが……」
「そうだ、千影! あいつはどこに行ったんだ!?」
「ここだよ……」
今度の声は、ちゃんと鼓膜経由で。聞こえたのは……反対側から?
ぐるっと回り、雪だるまの裏側を見てみる。
「……何してんの? お前」
千影は、花穂の裏側で雪だるまの胴体部に埋まっていた。
そんな状況でも千影の表情、口調は全く変わらない。
「私が……花穂くんを支えなければいけないと思ってね……」
「いや、支え方間違ってるから! そんな直接的な意味で支えても仕方ないから! ていうか別に支えられてないし!」
ま、まぁとにかく、こいつも引き抜いてやらにゃ……
「鈴凛、手伝っ……」
「あぁ……その必要はないよ……」
言うと、千影はスポッと雪だるまから抜け出した。
「自力で出れるのかよ!」
「もちろん……」
小さく笑みを浮かべながら、千影は2、3歩前に進み。
「ちなみにこの辺りを掘ると……」
自分の足元を手で掘り始めた。
しばらくすると。
「鞠絵くんが出土する……」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! なんかもう絵的にすごいマズいことになってるから!」
慌てて雪を掻き分け、ぶっちゃけ死体……いや、鞠絵を掘り出す。
が、鞠絵は目を閉じたまま動かない。
「まままままままま鞠絵! おい、大丈夫か!?」
「大丈夫だよ……ちゃんと……空気はいくようにしておいたからね……」
「そんな気の使い方するくらい前に助け出してやれよ!」
「あ……兄上様?」
「お、気がついたか!」
どうやら眠っていただけらしい鞠絵が目を……眠っていた?
「お前、もしかして寝てたの?」
「はい。少し疲れてしまいましたので」
「いや何それ新手の自殺!? 死ぬって!」
「大丈夫ですよ。千影さんにカイロをもらってましたから」
「あ、花穂ももらったんだよ」
「さっすがアネキ、ナイス気遣いだね」
なるへ〜、だから二人とも顔色がいいのか〜
「って、だから気遣いの方法間違ってるから! つーかカイロぐらいで防げるもんじゃないよね!?」
「あ〜、みんなばっかりずる〜い!」
「ほら……雛子くんにもあげよう……」
「ワ〜イ! ホッカホカ!」
「いや、だから……」
「あぁ……そうそう……兄くん……」
「ん?」
ゴンッ!
「ん゛!?」
突然頭上から落下してきた何かにより、俺の首に大打撃。
「そこの木に……亞里亞くんが引っ掛かっているから……気をつけたほうがいい……と、言おうとしたんだけどね……フフフ……」
「お前、今のタイミング完全に確信犯だろ……」
俺の首にあわや致命傷かというほどのダメージを与えたのは、木に引っ掛かっていた(らしい)亞里亞だった。
だがまぁ、それがいい感じのクッションになったらしく、亞里亞自身にケガはないようだ。
とはいえ。
「亞里亞も! もうちっと自己主張せんか! そしたらもっと早く助けてやれたんだから!」
「……兄やぁ」
少し涙声で、俺にギュっとしがみついてくる。
亞里亞のその手は、少し震えていた。
……そっか、怖かったもんな。
「よし、もう大丈夫だからな」
亞里亞を弱めに抱きしめてやる。
それでも、亞里亞の涙声は変わらなかった。
「シロップ……」
「……は?」
予想外の言葉に、一瞬動きが止まる。
「そのまま食べてもおいしくないの……クスン」
下を見てみる。
……雪。
それを少し手にとり、亞里亞に見せる。
「……これ?」
こくん、と頷く亞里亞。
「……千影」
「了解……」
四次元に繋がっていると専ら噂になっている千影のポケットより出てきたシロップ数種を見て、ようやく亞里亞は笑顔になった。
「……亞里亞、満足したか?」
「はい……!」
笑顔で、(亞里亞としては)元気よく頷く。
ちなみに俺の隣にあるのは、ほとんど食い尽くされた巨大雪だるまの残骸だ。
この状況であんだけ冷たいもん食って、よく平気だな。
……つーか、質量保存の法則とか無視しちゃってませんか?
まぁいい。
「よし、んじゃ行くか」
「兄上様、どこへですか?」
「う……」
確かに、行くあてがないな……
「千影、他の……」
『無礼者! そこに直りなさい!』
『グルワォォォォォォ!』
今日はよく遮られる傾向にあるらしい俺の声。
今回は、謎の声と咆哮だった。
「む、向こうの方みたいだね、お兄ちゃま……」
「みたいだな……」
「ふむ……春歌くんの声のようだったね……」
「らしいな……」
「そんなに遠くない感じだったよね」
「っぽいな……」
「ガオ〜って声も聞こえたよ?」
「できれば幻聴あたりであったほしいがな……」
「熊……みたいですの」
「でなければいいとは思うがな……」
「熊さん……亞里亞の……」
「いや、亞里亞それは……」
「きっと春歌さんが捕まえてくれますよ」
「捕まえてもらってもこまりますがね!?」
声の聞こえた方に全員で急行する。
やはりそこには、春歌と……熊がいた。
それも、2メートルは軽く超えている巨大熊。さらに二足歩行。
繰り広げられているのは、あまりに激しいバトルだった。
「は!」
「グル……」
春歌の刀(どこに持ってたんだ……)が、熊を横なぎにする。が、寸でのところで熊は一歩引いていた。
春歌に生じた隙を逃さず、熊の爪が春歌を襲う。刀を振った勢いで、春歌はそのまま転がって回避。が、肩を爪が掠める。
それに構うことなく、春歌はクナイ(なんで持ってるんだ……)を3本投擲。2本は避けられる。しかしそれはあくまでも誘導の役目。
熊の動いたその先に、3本目のクナイが走る。
際どいところで避ける熊。肩に生じる赤い線。これで傷の数は互角。しかしラストのやり取りで主導権は春歌に移った。
体が大きくなるほど、頭から遠い部分には隙が生じやすくなる。ゆえに、足を狙うのは大きい相手と戦う時の常套手段。
やはり春歌も近づきながら身を低くし、刀を強く握る。
熊が足への斬撃そなえて体をかがめ、春歌の口の端が少し持ち上がった。
春歌の軌道が唐突に変わり、見えた熊ののど元へと突き進む。
完全にとらえた一撃が、熊ののどを切り裂いた。
「!?」
しかし熊は倒れない。大きく手を振り上げる熊に、反撃をくらう前に春歌が距離を置く。
互いに静止。
ここにきて、ようやく一息つく余裕ができた。
見ている俺たちも、いつの間にか入っていた力を抜く。
「いきなりにアクションだったなオイ……」
「兄君さ……っ」
「あ」
しまった。
俺の声への反応で、春歌に隙が生じた。突っ込んでくる熊をかわし、俺の隣まで春歌が大きく跳躍する。
多人数なのが功を奏したのか、熊はそれ以上こちらには来なかった。
「悪い、大丈夫か?」
「はい……それよりもあの熊、どこかおかしいようです」
「どこか、っつーかあからさまにな。なんだあの動き」
「えぇ。まるで人間の……それも、武芸の達人のような動きをします」
「斬ったところからあんま血も出てないみたいだしな……」
『ググググ……ヤルナ、人間ヨ』
「……………………」
事態を理解するのに、しばし時間を要した。
今の声が熊から発せられたと気付くのに、およそ5秒。
「……喋った!?」
「わ〜い、おしゃべりするクマさんだ!」
「いや、そんなほのぼのしいものじゃないからね!?」
『貴様ニ敬意を表シ、我ガ本当ノ姿ヲ見セテヤロウ』
熊が、その手足を地面についた。
初めて見せた動物らしい格好から、発せられるオーラはしかし異様なものだ。
「な、何だ……?」
その場の誰もが動けない中(一部は面白そうなので動かないだけだが)、熊の背中が割れた。
そして、勢いよく飛び出す何か。
飛び出たそれは、なぜか。
笑顔だった。
「なんちゃって! 実は可憐でした〜!」
「……………………」
事態を理解するのに、またも時間がかかった。
今度はたっぷり10秒は固まってから、ようやくわかる。
中から出てきたのが、血まみれで真っ赤な可憐だったいうことに。
「なななななななんでよ!?」
「みんなを驚かそうと思って隠れてたの」
「えぇそりゃもうありえないくらい驚きましたけどね!? 心臓弱い人だったら間違いなく死亡ゾーン、って鞠絵ぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「大丈夫……気絶しているだけだよ……」
「そ、そうか。そりゃ何よりだ」
俺は心臓止まりかけたけどな……つーかグロすぎ……
「お前、その熊はどうしたんだよ……?」
「みんなへのお土産にしようと思って仕留めたんだよ」
ウチの妹は熊殺しのスキルを標準装備してるんですか……?
「おいしそうな熊肉……腕がなりますの!」
「やっぱ食うのかよ……って、白雪!?」
「はい?」
「おま、いつのまに!?」
「? さっきからいましたの」
「そ、そんなバカな……」
脳内で、ここしばらくの記憶を再生してみる。
雪崩から後、ず〜っと再生していって……
「あ……」
思い当たる。
『そんなに遠くない感じだったよね』
『っぽいな……』
『ガオ〜って声も聞こえたよ?』
『できれば幻聴あたりであったほしいがな……』
『熊……みたいですの』
『でなければいいとは思うがな……』
『熊さん……亞里亞の……』
『いや、亞里亞それは……』
『きっと春歌さんが捕まえてくれますよ』
『捕まえてもらってもこまりますがね!?』
もう一度。
『ガオ〜って声も聞こえたよ?』
『できれば幻聴あたりであったほしいがな……』
『熊……みたいですの』
『でなければいいとは思うがな……』
『熊さん……亞里亞の……』
『いや、亞里亞それは……』
はい、さらにもっかい。
『熊……みたいですの』
それは確かに白雪だった。
「ホントにいた!」
ぜ、全然気付かなかった……
「もう。にいさま、ひどいですの!」
「悪い……でも、お前ももうちょっと何か言えよ……」
「……………………」
「あん?」
なんか今、聞こえた……?
……これ、お経?
「……………………」
どうやら春歌がブツブツ言っているらしい。
そういや、さっきから刀構えたまま動いてないような……?
「……滅!」
「うぉ!?」
唐突に、春歌が跳んだ。
一直線に可憐に向かい、抜刀。
「きゃ!?」
しゃがんで避けた可憐を、第2撃が襲う。
キィンという音と共に、それを受け止めたのは包丁。
寸前で、白雪が刃を受け止めていた。
「よ、よくやった白雪!」
「ここでやったらせっかくの熊肉が傷みますの」
「そっちかよ!」
ま、まぁいい……
「春歌! 何やってんだ!」
「……ぁ?」
可憐を睨み付けていた目が、唐突に正気の色を宿した。
慌てて頭を下げる春歌。
「も、申し訳ありません! 物の怪の類かと思ったもので……」
「わかるけど! 確かにわかるけど!」
実際、熊の血にまみれた可憐は妖怪の域に達しているような気がしないでもない。
「可憐、その格好どうにかしてくれ! なんかもう規制かかりそうなっていうか完全にかかるグロさだから!」
「は〜い」
笑顔で(しかし血まみれで)頷き、千影を見る。
「千影ちゃん、お願い」
「OK……」
千影は、大きな布を取り出して可憐にかぶせた。
「ちーちゃん3秒クッキング……」
「クッキング……?」
まぁ、細かいことにツッコミは入れまい。
「ワン……ツー……スリー……」
3秒数え、千影が布を取っ払うと。
「ハイ、見事四葉にまりマシタ!」
可憐の代わりに、四葉登場。
「なん!? つーか可憐は!?」
「は〜い、可憐は熊さんの中から再登場で〜す!」
熊の背中から再び生えた可憐の体。
なんかデジャヴなその光景。つーか。
「すごい意味なくねぇ!?」
「でも、綺麗になってるよ?」
「うわホントだ!」
まさに千影ミラコォ……激しく意味わからんけど……
「……四葉、唐突に出てきたけどもしかしてお前もあれか? 実はさっきからいたパターンか?」
「ノンノン。四葉は、ネタとしてずっと仕込まれていたのデス」
「仕込まれてたって何!? どこに!?」
「千影ミラコォ……」
「デス!」
「だから意味わかんねぇって!」
「さらにここを掘ると……」
千影は、足元の雪を手で掘り始める。
あ、なんかまたデジャヴ。
「咲耶くんが出土する……」
「やっぱり!?」
今度は咲耶かよ……
「おい、大丈夫か?」
「お兄様……私、もうダメかもしれないわ……」
「いや、お前もやっぱりすごい顔色いいんだが……」
「人肌で暖めて……」
それが狙いかよ。
「ナイスタイミング、デス! 四葉、あったか〜いミルクティーを持ってマスから、それを……」
四葉の言葉に対し、咲耶の反応はとても早かった。
一挙動で起き上がり、四葉の元へ。
コップに注がれたミルクティーをその場に流し捨て、四葉の両頬を片手で掴む。
「余計なことは言わなくていいの」
限界まで顔を近づけ、氷点下の瞳で四葉を睨む。
抑揚の少ない口調が、さらに瞳の温度を低く見せた。
「わかった?」
コクコクコクコク!
四葉は全力で首を上下させた。恐怖のあまり声は出ないらしい。
ニッコリ笑った咲耶は、四葉の頭をポンと叩く。
ビクッと震えた四葉にはそれ以上かまわず、元いた場所へ。
もう一度、さっきのように寝転がり。
「お兄様、人肌で暖めて……」
「たった今、これ以上ないくらい元気だったよね?」
「もうダメかもしれないわ……」
「いや、だから……」
「人肌で暖めて……」
「……千影、カイロ」
「了解……」
千影がパチンと指を鳴らした、その直後。
肌の感覚が大きく変化した。
最初、それが何なのかわからなかった。が、すぐに熱気だと気付く。
「あっ……つぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
雪国の寒さから、一気に温暖……いや、熱帯の暑さに変わり、体が悲鳴をあげる。
いつのまにか周りの景色も変わっていた。
なんとなく、エジプトっぽい……エジプト?
「まさか……ここ、カイロ!?」
「正解……」
「そんなボケいらんわ!」
「でも……暖まっただろう……?」
千影の視線を受け、さすがに呆然としていた咲耶がハッと気付く。
そして、パタリと倒れた。
「お兄様、人肌で暖めて……」
「これ以上暖めたら死んでしまうわ!」
「じゃあ人肌で冷まして……」
「人肌にそんな機能はない!」
や、やばい。叫んだら余計に暑くなってきた。
こんな場所でスキーウェアとか、完全に拷問だろ。
「ダメだ。無理だ。死ぬ」
「大丈夫ですの。サボテンは食用にもなりますの」
「いや、別に食料の心配してるわけじゃなくてね!?」
ダメダメダメダメ、ホントダメだって!
「千影さん、頼んますマジで!」
「了解……」
パチンという音と共に、またも場所が移る。
火照った体に、心地よく冷たい……冷たい……冷たっ!
「……なんか、さっきより断然寒くないですか?」
「体が……暑さに慣れたせいだろう……」
「いやいやいやいや! なんかもう白銀は白銀でも氷の世界じゃねぇかここ! 南極かよ!」
「残念……北極……」
「一緒だよ!」
「ほぅ……? 北の極みと南の極みが一緒とは……なかなか思い切ったことを言うね……」
「すみません、ホントもう勘弁してください」
なんかもう、土下座せぇ言うなら素直に土下座します。
スキーウェアでこんな所とか、さっきとは別の意味で拷問じゃねぇか……
「大丈夫ですの。ペンギンだって結構食べられますの」
「だから食料の心配してるわけじゃないって! そしてペンギンは主に南極だ!」
「あれ〜?」
「……は?」
聞こえた声は、やけに聞き覚えのあるような……
いやいや、そんなわけないよな。
だってここは北極だもの。
そう思って振り返り。
「ヤッホー、あにぃ」
「……衛!?」
やっぱりそこにいたのは衛だった。
「みんな、こんな所で何やってんの?」
「そのセリフそっくりそのまま丸ごと100%お返ししますが!?」
「ん? ボクは、なんかさ迷い歩いてたらこんなところに……」
「徒歩で海越えたのかよ!」
いや、他にも色々言うことはあるんですけどね。
「衛くんの波長を感じたからね……」
「よ〜しナイスだ千影! さすがだ千影! じゃあもうこんな所に用はないよね!? ね!?」
「了解……」
三度目となる、パチン。
見えるのは雪景色だが、むしろ暖かく感じる。
そばには熊(の肉)もある。
どうやら、今度こそ本当に帰ってきたらしい。
ほっとしたのは、悲しいことにしかし束の間。
ゴゴゴゴゴ……という、できれば二度と聞きたくはなかった類の音が聞こえたから。
「どうやら……空間に干渉しすぎたようだね……その影響が出たようだ……」
「わざとだろ? お前、それわざとなんだろ?」
「そんなわけないだろう……?」
「目を見て言えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「大丈夫ですの。ちゃんと熊を……」
「食料の心配はもういいから!」
「うわ、ボクまた迷っちゃうよ……」
「せめて国内で迷ってくれよ!?」
「亞里亞のおやつ、いっぱい……」
「ちょっと多すぎやしませんか!?」
大きな質量に飲み込まれ、流さて。
なぜか。
俺の胸には、意味不明な後悔が去来してた。
そこらに落ちてた竹筒くん二号、もらっとけばよかったかな……と。
あとがき
どうも、カッツォです。
久々のSS……とはいっても、これは昔書いたものなのですが。
シスパラの同人活動、プチパラ用に送った作品なのですが……どうも、そちらが自然消滅? しているようなので。
お蔵入りさせるのももったいないですし、そろそろ時効かな〜と思い掲載してみることにしました。
さすが久々に人様のところのために書いたSSだけあり、それなりの出来にはなってるんじゃないかと思ったり思わなかったり。
え〜っと、とりあえず(いろんなことで)ごめんなさい。
感想はもちろん、てめぇふざけんじゃねぇ、というものまで何でもいいので送っていただければ幸いです……
カッツォへの感想はこのアドレスへ
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