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人生を決める日に

作者:カッツォ

「んじゃ、行ってくるわ」
『いってらっしゃ〜い!』
 2月25日、国公立前記日程試験日。冗談抜きに、運命の日。
 兄は、数人の妹達に見送られて家を出た。
 しかし、彼はここで気付くべきだったのである。
 『12人の』ではなく、『数人の』妹達に見送られた、ということの意味に。
「兄くん……これを……」
「うん?」
 歩き出そうとする兄の目の前に、千影の手が差し出された。
 その上には、無色透明の液体が入ったビン。
「これは?」
「今日のために調合した薬さ……DHCたっぷり配合だよ……」
「今更DHCに頼っても仕方な……って、DHC!? ここはDHAな場面だろ!」
「いや……DHC……」
「お肌スベスベにしてどうすんだよ! ていうか、そもそも飲むもんじゃないし!」
「いいから……」
「何がいいんだよ! いや、ちょ、無理矢理飲ま……」
 こんな時だけ妙な力を発揮するのが彼の妹達の特徴である。
 当然必死の抵抗むなしく、ビンの中の液体は全て兄の体内に流し込まれた。
 なぜか、キュウリにハチミツをかけた時の味に似ていた。
「すぐに効いてくるはずだよ……」
「なにが!? ……って、あれ? なんかお肌が……スベスベする!?」
「これで……試験もバッチリ……」
 グッ、と千影が親指を立てる。
 その薄い笑いからは、彼女が本気なのかどうかを判断することはできない。
 だが少なくとも、現実にこの薬が試験に好影響を与えることはない、ということだけは確かである。
「あぁ……副作用が出るのは明日以降だから……安心していいよ……」
「しかも副作用ありかよ!」
「アニキ、何やってんの? 遅れるよ?」
「あ? あぁ、そうだな……」
 鈴凛の声に振り返り、そして固まる。
「送ってくよ?」
 赤いオープンカーの運転席で微笑む。
 そりゃあもう嫌味なくらいに爽やかな光景を意識から追い出し、兄は黙って歩き出す。
「送ってくってば」
 兄の歩く速度で、のろのろと車も動き出す。
「この際、免許持ってないとかはどうでもいい。が、俺はお前の運転する車なんかに、しかもこんな大事な日の朝に乗るほど人生放り投げてはいない」
「もぅ、遠慮しなくていいって」
 鈴凛が怪しげなボタンを押すと、当然のように車の側面からマジックハンドが出現。
 兄をつかみ、助手席に固定し、さらにはんだ付けする。
「なんだお前この機能! どうやって付けた! いや、それ以前にどの部分を削ってこの機能を付けた!?」
「んじゃ、しゅっぱ〜つ」
 鈴凛の声と同時。体にものすごい負荷がかかる。
 なんとか横目でスピードメーターを見ると、発射直後にして早くも時速90キロに達していた。
「おま、どんな加速だよ!」
「いやぁ、ブレーキ外してまでエンジン強化した甲斐があったよね」
「なんでブレーキ外すの!?」
 兄の心配をよそに、車は意外にも順調に進んでいく。
 ……法廷速度ぶっちぎりで、邪魔な車を全てぶっ飛ばしていくのが『順調』と言えるならば、だが。
「鈴凛、警察! 警察来てるから!」
「う〜ん。さすがに街中じゃ振り切るのは無理っぽいね」
「素直に止まるという選択肢は!?」
「いや、だから止まれないって」
「マジでブレーキ外してたの!?」
「当然」
「なんで自慢気なんだよ!」
「大丈夫大丈夫。こんなこともあろうかと、ちゃんと用意してあるから」
「こんな事態予測するくらいならちゃんとブレーキ付けろよ!」
「発射!」
 怪しげなスイッチその2を押すと、後部のトランクが勢いよく開いた。
 そして、パトカーに向かって何かが飛んでいく。
「兄君さまの障害はワタクシが全て取り除きます!」
 などと叫びながら。
「春歌射出!?」
「がんばってね〜」
 しばらく後。後方から爆発音やら悲鳴やらが聞こえたが、かなり離れていたため何が起こったのかは確認できなかった。
 恐かったので、想像するのもやめた。
「……ところで、この車ってどうやって止まるの?」
 何より、自分の命のことが心配だった。



 試験開始30分前。
 兄は試験会場にて、まだ自分に命が宿っていることに感謝した。
 ちなみに例の車が止まった方法は、正門横の壁に突き刺さっている赤いオープンカーが如実に物語っている。
「……まぁ、無事に着けてよかった」
 むしろそんな事態に慣れてしまった自分自身に冷や汗をかきつつ、今日の予定を確認する。
 一時間目から順に、英語80分、数学120分、化学・物理合わせての理科が120分。
 普段の模試などに比べれば幾分楽とはいえ、最後の方になれば意識が飛びかけていること必至の時間割だ。
「一発目は英語……今更やることもないし、瞑想でもしとくか……」



 一時間目、英語。
(う〜む、やっぱり難しくはないな)
 この大学の英語は割と基本的な問題が多く、平均点が高い。
 つまり、少しのミスが命取り。集中力が肝心となるのである。
(え〜と、worshipは……崇拝する、だったよな……)
 若干頭が重い感じはするが、悪くないコンディションだ。
 20分も経った頃には、かなり問題に集中できていた。
『ブッ……』
 教室備え付けのスピーカーが、少し雑音を発した。
 よく耳にする、マイクのスイッチをオンにした時発生する音である。
 兄を含む、受験生の何人かがスピーカーを見る。
『あれ? もしかしてこれ、もうマイク入ってる?』
『ちょ、ダメだってば!』
 突如、スピーカーから流れ出す声。
 静寂を粉微塵に打ち砕いたそれは、兄にとってはよ〜く聞き覚えのある声だった。
『お兄ちゃ〜ん? 可憐ですよ〜!』
『ご、ごめんあにぃ! ボクの力じゃ止められなかった!』
(……………………skinは肌……いや、この場合は皮か。皮で作った靴……)
 何も聞かなかったことにして、意識を問題に戻した。
 もう一度言う。集中力が肝心である。
『お兄ちゃんのために、秘密兵器も連れてきたんだよ』
『おにいたま〜! がんばってね〜!』
『兄や……がんばれ……』
『理系の大学にはロ○コンっぽい人が数多く集まるっていう性質を利用した作戦だよ!』
『そういうこと言っちゃだめだって!』
『おにいたま〜!』
『兄や……』
(譲二が友達を料理……じゃない、譲二が友達に料理……いや、そもそも譲二じゃない。誰だ譲二って……)
 ……繰り返しになるが、集中力が肝心である。
(えと……funeral ceremonytteってどういう意味だっけ……)
『お兄ちゃん! それは、お葬式って意味だよ!』
(通じた!?)



 二時間目、数学。
(あ〜……100個の複素数Z1、Z2……Z100? 複素数列かよ……)
 放送室からのエールも(警備員数十人との格闘の末)ようやく止み、室内には鉛筆の音だけがこだましていた。
 当たり前なはずの静寂が、妙に心地いい。
 自然、シャーペンの動きも滑らかになってくる。
「お・に・い・さ・ま〜!」
 ペキ。シャーペンの芯が折れた。
 あちこちから、同じようにペキ、という音が聞こえた。
「花穂もいるよ! お兄ちゃま〜!」
「2人でお兄様を応援するわ!」
 耳栓は禁止されているし、試験中なので両手を使うこともできない。
 すなわち、音を消す手段は精神力のみ。
(aのx乗≧xが成り立つような……)
「お兄ちゃま、ファイト〜!」
「ファイト、お兄様!」
「あ、その腕の角度は違うよ。腕の角度をθと置くと、ここはcosθ=0.2924だよ」
「なるほど、角度でいうと73°ね!」
 だったら始めからそう言えよ!
 窓際の1人がそう叫び、退室を命じられた。
(Z1=α……)
「お兄様! お財布にトカゲのしっぽを入れておくと金運上昇よ!」
「違うよ、ガマの油だよ〜」
 結局。
 その時間は、21人の退出者を出すという未曾有の記録を作り出して終了した。
 耐え切った受験者たちの間には、妙な連帯感が生まれたという。



 昼休み。
「はぁ……まぁ今んとこ、なんとな乗り切れてるみたいだな」
 大学の敷地ギリギリ、人気のない端のほうで兄は弁当を広げようとしていた。
『にいさま、絶っっっっ対に人のいない場所で開けてほしいんですの』
 白雪が、弁当を渡す時にそう言っていたからだ。
「そんなに恥ずかしい弁当なのか?」
 苦笑いを浮かべつつ、弁当箱のふたを開ける。
 と。
「……………………」
 拳銃だった。
「ははは……」
 笑いながら目をこすり、もう一度よ〜く見てみる。
 拳銃だった。
「……あぁ、あれか? 拳銃型チョコ?」
 触ってみれば、冷たい鉄の感触。
 嘗めてみても鉄の味。
「な、なるほど。拳銃の形した弁当箱だな?」
 あちこちいじくってみたが、開く気配はない。
 ゴクリとつばを飲み、引き金を引いてみる。
 パシュ、という音と共に、目の前の壁に穴があいた。
「……………………」
 深く息を吐き、ご丁寧にサイレンサーまでついている拳銃を弁当箱に戻す。
 これは、確かに人前では開けられない。
「……ん?」
 あまりに拳銃のインパクトが強すぎて気付かなかったが、弁当箱には他に紙も入っていた。
 どうやら、白雪からのメッセージらしい。
『にいさま、がんばって!』
「これで何を頑張れっちゅうんじゃ!」



 三時間目、理科(化学、物理)。
 兄は、若干の空腹と共に試験に臨んでいた。
 結局、拳銃の他に弁当がなかったからである。
(え〜と……屈折率1.46のガラス上に? 屈折率1.73の薄膜を? 真空中で成長? させる?)
 空腹のせいか、頭が少しボ〜っとする。
 そんな折、またもスピーカーが『ブッ……』という音を発した。
 一時間目の悪夢が蘇る。
 が、聞こえてきたのは別の声だった。
『兄上様、聞こえますか?』
 どちらにせよ、あまり変わらないという説もある。
(あれ……? えと……荷電粒子の負荷が……が?)
 今回も兄は、放送を無視して問題に集中する作戦をとった。
 しかし、なぜか頭が働かない。眠る直前のような、ふわっとした感触が全身を包む。
『ただいま学校中に、頭の働きを鈍くする薬を散布し終わりました。これでもう安心です』
(何が安心なんだ……つーか、俺にも効いてるんだから意味ないだろ……)
『あら、それは盲点でした』
(最初に考えるだろ普通……って、また通じた!?』



 少しずつ日も長くなってきたとはいえ、試験が終わる頃にはもう日が傾きかけていた。
 薄闇の中、フラフラと歩く影。それが、兄の前で倒れる。
「よ、四葉!?」
「兄チャマ、これを……」
 四葉が何冊かの冊子を手渡した。
 受け取るが、まずは先に四葉の様子を確認する。
「姿が見えないと思ったら……一体、何やってたんだ?」
「試験問題をチェキしに行ってたんデス……」
「それがなぜそんなボロボロに!?」
 改めて、四葉から渡された冊子を見てみる。
 『アメリカ国防総省入学試験問題(社会)』と、一番上の表紙には書かれていた。
「つーかどこ忍び込んだの!?」
「ペンタゴン……」
「なんで!?」
 なぜペンタゴン? なぜ日本語? なぜ社会? なぜ入『学』?
 疑問は尽きなかったが、兄が言うべき言葉は一つだった。
「四葉……試験は、もう終わったぞ」
「そ、そんな! これから始まるハズじゃあ……」
「あのな。アメリカと日本には、時差というものが存在するんだ」
「わ、忘れてた……デス……」
 四葉は燃え尽きた。
 その真っ白な姿は、お父さん世代に妙な懐かしさを感じさせたという。



 少しだけ時は流れ、合格発表。
 兄と妹たちは、全員で会場を訪れていた。
 試験当日の出来事を考えると妹(の一部)を連れてくるのはマズいかと思ったが、特にトラブルは起きなかった。
 大学関係者のこちらを見る目に多分の恐怖が含まれていたのは、気のせいということにしておいた。
「俺の受検番号は……81185」
 全員で、81185を探す。
 すぐに衛から声があがった。
「あった! あったよあにぃ!」
「うそぉ!?」
 それが正直なところだった。
 あれだけの妨害(応援)を受けて、まさか合格するとは思わなかったのだ。
 もしかすると、兄としての羞恥や責任を差し引いても、普段慣れてない分他の受験生の方が不利だったのかもしれない。
「チッ……」
「チッ!? チッってなんだ雛子!」
「兄やと一緒に大学……いきたかったのに……」
「何浪させる気だよ!」
「可憐の作戦、当たりだったみたいだね!」
「むしろアレで一番ダメージ受けたのは俺だよ!」
「ねぇねぇお兄ちゃま、花穂の応援は?」
「実質、一番俺の合格に貢献してるかもしれない! 認めたくはないけど!」
「私の、お兄様への愛が届いたのね!」
「お前にやられた警備員は全治半年だそうだ!」
「姫のお弁当の力ですの」
「いや使ってないから!」
「わたくしのクスリも効いたようですね」
「あぁ効いたよ! その後三日間意識が朦朧としていたほどに!」
「あぁ……いや……それは私の方の薬の効果だ……」
「DHCの副作用だったのかよ!」
「アニキは、私のおかげで遅刻しなかったんだよね」
「普通に電車で行っても間に合ったわ!」
「ワタクシも、お役に立ちましたでしょうか?」
「ある意味一番役に立った! 犯罪だけど!」
「兄チャマ、四葉にチェキ情報は?」
「無害な分一番マシだった!」
 改めて自分の番号を確認し、兄は少し息を吐く。
「まぁ、とにかく……」
「「「「「「「「「「「「合格、おめでとう!」」」」」」」」」」」」











あとがき
最後のセリフは、全ての合格者の(中で、本当に合格が嬉しいと思っている)みなさんに捧げます。
ちなみに、その中に私は含まれません。
しかし、久々にSS書きました。
半年振りくらいでしょうか?
久々にSSを書くと、なんと書き方及び妹の喋り方を忘れるという事態が発生していました。
これから勘を取り戻していく(と思う)ので、今回はお許しを……(汗)
いや、前からこんなもんか?(爆)

まだしばらくはいっぱいいっぱいな日々が続きそうですが、とりあえずここに復活の意志を表明いたします。
というわけで皆様、今後ともよろしくおねがいします(マジで)
感想はもちろん、てめぇふざけんじゃねぇ! というものまで、何でもいいので送っていただければ幸いです……



カッツォへの感想はこのアドレスへ
1483sy@hkg.odn.ne.jp

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