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 夏は、危険な季節である。
「いったぞ! 衛!」
 千影が、肝試しにかこつけて色々と呼び出すから?
 それもあるが、あいつは2月にでも肝試しをするようなやつだ。
「がってん!」
 咲耶が、ひと夏の思い出にとせまってくるから?
 それもあるが、奴は年中発情期だ。
「逃がすなよ!」
 白雪が、夏バテ対策超スペシャルメニューを用意するから?
 それもあるが、あいつの料理は普段から……って、そのパターンばっかかい。
「てやぁぁぁぁぁぁ!」
 とにかく、夏とは非常に危険な季節なのだ……


あぁ、今年も夏が来た

作者:カッツォ


「ふぅ……なんとか仕留めたな」
「うん……結構しぶとかったね……」
 たった今作った死体を前に、俺と衛はひとまず安堵の息を吐いた。
 だが……すぐに、花穂らしき悲鳴が耳に飛び込んできた。
「きゃぁぁぁ! 鞠絵ちゃん!」
「チィッ……衛、行くぞ!」
「う、うん」
 悲鳴の聞こえた方に急ぐと、そこには廊下に倒れた鞠絵と、その横に佇む花穂の姿。
「お兄ちゃま、鞠絵ちゃんが……」
「あぁ……鞠絵、大丈夫か?」
「う……兄上様……」
 よかった、とりあえずは無事なようだ。
「しかし、まだいやがったとはな……」
「まぁ、あれだけだとは思ってなかったけどね……」
 衛と俺は、精神を集中し、空気の流れを感じる。
 目を閉じ、わずかな音さえも聞き逃さない状態で、奴の動きを待つのだ。
   プン……
「そこだ!」
   パン!
 そして、両手でその体を叩き潰す。
 手をゆっくりと広げると……
「よし、仕留めたぞ!」
 そこには、既に絶命した一匹の蚊。
「やったね、あにぃ! 鞠絵ちゃん、仇はうったよ!」
「まだ死んでません……」
 鞠絵は常人に比べ、異常に血液が少ないらしい。
 それゆえ、蚊に吸われた程度の血でも致命傷になりかねない。
 そこで、とりあえず俺と、反射神経が人並みはずれている衛とが討伐係となっているのだ。
「しかし、こんなんじゃ埒があかねぇな」
「そうだね。鞠絵ちゃんもそろそろ逝きそうだし」
「不吉なこと言わないでください……」
「みんな、何やってんの?」
 その時、鈴凛が部屋から顔を出してきた。
 衛が手短に現状を説明する。
「かくかくしかじか、というわけなんだよ」
「は〜、なるほどね」
 手短すぎだ。
 しかも、なんで今のでわかるんだ。
 が、そんな俺の疑問に答える者はいるはずもなく、鈴凛はドーンと胸をはって高らかに言った。
「よぅし! そういうことなら、私に任せなさい!」
 この自信満々な表情を見ると、言い知れない不安にかられるのはなぜだろう……?



 所変わって、場所は鞠絵の部屋。
 俺の目の前にある機械は、鈴凛いわく『ゴルバチョフ君2号』だそうだ。
 ネーミングの由来はまったくわからんが、とにかく蚊をどうにかする機械らしい。
「で、どうやって使うんだ?」
「スイッチを入れたら、あとはもう置いとくだけでOK。衛にも扱える簡単装置よ」
「何かひっかかる言い方だね……」
「ま、気にしない気にしない。あ、でも花穂ちゃんは触らないでね?」
「え? どうして?」
「スイッチ入れようとしただけで、どんな事が起こるかわかんないからね」
「花穂、そんなにドジじゃないよ!」
「いや、何回もあったから言ってるんだけど……」
   カチッ
「これでいいのか?」
「え? あぁ、うん」
 なんか長くなりそうだったので、とりあえずスイッチを入れてみた。
 が……
「ひどい……ひどいよお兄ちゃま……」
「は?」
「お兄ちゃままで、花穂がドジだと思ってるんだね!? 花穂がスイッチ押しただけで世界が滅亡しちゃうと思ってるんだね!?」
 なぜかキレられた。
 前者はともかく、さすがに世界が滅ぶとまでは思ってない。
「ふえ〜ん!」
 そのまま、花穂は走り去ってしまった。
 まぁ、おやつの頃には忘れてるだろ……
「じゃあ、私たちは外に出てよっか」
 鈴凛もそう思ったらしく、花穂の行動はあっさりと流された。
 鈴凛は、俺と衛の背中を押しながら部屋の外へ出て行く。
 ドアが閉められた時、ふと思ったのだが……
「なんで外に出る必要があるんだ?」
「え? だって、危ないし」
「はい?」
   ドンッ
 その時、部屋の中からでかい音が聞こえた。
 全員が、急いで部屋の中へと戻る。
「のわ! 鞠絵!?」
「げふぅ……」
 そこには、なぜかノックダウンしている鞠絵の姿が。
 原因は……たぶん、あの機械から出てるパンチだろうな……
「見て見てアニキ! ほら、ちゃんと蚊をやっつけたよ!」
 あぁ、確かにパンチの先では蚊が死んでるな。
「って、その前に鞠絵が死んじまうだろうが!」
「科学の発展のための、尊い犠牲だね……」
「犠牲にするな!」
「まだ死んでませんって……」
「んもう……わがままだなぁ、アニキは。仕方ない、この最新式の『ゴルバチョフ君17号』で……」
「それはもういいって!」
 つーか、3号〜16号はどうしたんだ。
「とにかく、お前の機械は危険すぎる! 全部却下だ!」
「え〜? まだ試してないのがいっぱいあるのに〜!」
「実験かよ!」
 機械より何より、お前の頭が一番危ないわ。



「兄くん……私に任せてもらおうか……」
「千影か……」
 いきなり背後から聞こえた声は、やはり千影。
 確かに、千影ならば何とかしてくれそうな気がする。
 これで鞠絵も大丈夫だろう。
 しかし……いつからそこにいたんだろうか……?
「じゃあ……始めるよ……」
「あ、あぁ。頼んだ」
「あぁ……その前に……」
「ん?」
「失敗した者に……明日はない……」
   パカッ
「え゛!?」
 千影が指を鳴らすと、いきなり鈴凛の足元に穴が出現した。
 万有引力の法則に従い、当然鈴凛はそのまま落下していく。
「え゛ぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「りんり〜ん!?」
 覗き込んでも鈴凛が完全に見えないようになると、穴はもとのように閉じられた。
 継ぎ目さえも見えず、触っても他の部分との違いはわからない。
「ミッションコンプリート……」
「って、ちょっと待てい!」
 そのまま出て行こうとする千影を、肩を掴んで引き止める。
「鞠絵の方はどうすんだよ……」
「あぁ……そうだったね……」
 まぁこの際、鈴凛のことは置いとくということで。
「じゃあ……今度こそ……」
「あぁ」
「闇に住まう魔界の神々よ……」
 何やら怪しげな呪文を唱えつつ、部屋の中央へと歩み寄る千影。
「血の契約の元に……我に全てを滅する力を……与えたまえ……!」
 ジュボっと蚊取り線香に火をつけ、それを静かに置いた。
 親指をグッと立てながら、こちらに突き出し……
「パーフェクト……」
「なんでだ!」
「……? 何が不満なんだい……?」
「全部だ、全部! あんだけ勿体つけといて蚊取り線香かよ! つーか、呪文唱える意味ないだろ!」
「フフ……これを……ただの蚊取り線香と思っちゃいけない……」
「む、何か特別な力が?」
「あぁ……一箱180円(税別)の……超お得価格さ……」
「安〜い! ……って、関係ないだろ! しかも何気に安すぎだ!」
「ちょっと店主を……」
「………………」
「………………」
「……何したんだ!」
「店主が……おまけしてくれた……」
「嘘こけ!」
「ゲホッ、ゲホッ」
「おっと、鞠絵が煙で咳き込んでるだろうが。早く消せ」
「仕方ない……別の方法にしようか……」
「当たり前だ!」
「ふむ……」
 しばらく考え込むように下を向いていた千影だが、ふいに顔を上げ、鞠絵に歩み寄った。
 そして、またしても怪しげな呪文を唱え始める。
「全ての殺戮を望む憎しみの存在よ……」
 言いながら、懐からミトンを取り出し、それを右手にはめた。
 静かに目を瞑り、右手を大きく振りかぶる。
「……チェスト!」
   バシン!
「げふぅ……」
 鞠絵、一発K・O(決まり手:ビンタ)
「って、それじゃ鈴凛といっしょだろうが!」
 しかも、またしても呪文の意味ないし。
 そもそも、最後のやつは呪文じゃないだろ。
「ふん……あんなものと私の魔術を……一緒にしないで欲しいね……」
「どこが魔術だ!」
「フッ……」
 静かに笑うと、千影はミトンをはめた右手を軽く上げた。
「いくら叩いても痛くない……まさにミラクル……」
「痛くないのはお前だけだ! しかもミラクルでも何でもないし!」
「まったくもう……じゃあ次は……」
「もういい! 何もするな!」
 このままじゃ、鞠絵が死にかねん。



「はぁ……ったく、どうすりゃいいんだよ……」
 結局、鞠絵を救う方法は見つからない。
 そろそろ俺も疲れてきたぜ……(ツッコミに)
「ねぇあにぃ、去年はどうしたんだっけ?」
「……おぉ、衛。いつからいたんだ?」
「ずっといたよ! 始めっからずっと!」
「……あぁ、そうだっけ」
 しばらくセリフが無かったんで忘れてた。
「ひどい……」
「で、去年か? 去年は確かな、千影の作った薬を使ったんだ」
「ふ〜ん……じゃ、今年もそれを使えばいいんじゃないの?」
「………………」
「………………」
「……そうじゃん!」
「あにぃ……実は結構バカなんじゃ……」
「よ〜し! 千影、すぐにとってきてくれ!」
「いいのかい……?」
「はぁ? いいに決まってるだろ?」
「そう……」
 何か言いたげな表情ではあったが、素直に千影は出て行った。
 確か、去年の薬はまだあったはずだ。
 しかし……どんな効力の薬だっけ?
 なんか、思い出したくないような……

「あー……思い出した……」
 戻ってきた千影に、いきなり頭から何かをぶっかけられた俺。
 同時に、その薬品名と効能を思い出した。
   プーン……プーン……プーン……
 千影特製、『蚊を寄せ付ける薬』。
 効果は名前の通りである。
 半径3キロ以内の蚊を全て寄せ付ける上、風呂で洗っても落ちないという優れものさ。
 おかげで、去年は出血多量と寝不足で死にそうになった……
 しかも、今年はそれだけじゃない。
   ドゴッ! バシッ! ベコッ!
「ぐふぅ……」
 ゴルバチョフ君の素敵なパンチ付きである。
 俺に止まった蚊を片っ端から片付けてくれるのだ。
 おかげで血は吸われないが、別の所から血がピューピューです。
「いやぁ、止めるスイッチつけるの忘れちゃってさぁ。メンゴ!」
 鈴凛……今月こづかい無し。
 しかし、いつの間に戻ってきたんだ……?
「フフ……これで全て解決……」
 千影、わかってたんなら一言言えってーの。
 つーか、頭からかけるな。
「よかったね、あにぃ」
 衛……お前、ホント中盤から出番少なかったな。
「兄上様、わたくしなんかのために……どうもありがとうございます!」
 お前も、まともなセリフはこれが初めてだな。
 一応今回の主役(?)なのに……
 つーか、ちったぁ俺のこと心配しろよ。
   ズドッ! ベキッ! バシュ!
「げはぁ……」
 俺……来年もこれやるのかな……
 








あとがき
どうも、カッツォです。
というわけで、少し夏らしいSSをお送りしてみました(どこがやねん)
今回、ヒロインが鞠絵となっているのは、一応鞠絵のために頑張る話だからです。
でも、セリフの少なさでは衛以下です(爆)
死にかけだったんで、きっと喋るのも辛かったに違いありません。
蚊って恐いですね(違)
ちなみに、蚊取り線香は普通1000円前後ぐらいだそうです。
ということは、千影って値切り上手さんなんですね(?)
え〜っと、とりあえず(いろんなことで)ごめんなさい。
感想はもちろん、てめぇふざけんじゃねぇ! というものまで、何でもいいので送っていただければ幸いです。




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