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 四葉という名の少女が、小さな道を歩いていた。
 彼女の、大切な人に会うために。
 昨日の雨が嘘のように、広がる空は快晴。
 所々にできた水溜りのおかげか、辺りに不快な暑さは感じられない。
 およそ過ごしやすい気候と言えるだろう。
 そんな中、舗装されていない土の道を、一歩一歩進んでいく。
 辺りに、人工的な音はほとんど聞こえない。
 田舎独特の匂い、靴越しに感じる土の感触は、どこか懐かしい。
 ふと空を見上げた時、一陣の風が吹き抜けていった。


6月の風

作者:カッツォ


「兄チャマ、覚えてる? 今日はね、四葉の誕生日なんデス」
 微笑を浮かべ、少女は話し始める。
 その言葉を皮切りに、いろいろなことを。
 学校のこと。家のこと。
 楽しかったこと。悲しかったこと。
 昔のこと。最近のこと。
 変わったこと。変わらないこと。
 1人で、どんどん喋っていった。
 微笑は絶えず、話は尽きることなく続く。
 けど、返事が返ってくることはない。
 そう、決してない。
 話し掛けるのは、無機質な石だから。
 でも、話し続ける。
 もしかすると、返事が返ってくるかもしれない。
 頭ではわかっているけれど。
 ありえないことを期待して。
 悲しくなって、悲しくなって。
 それでも、話し続ける。
 あの人が、今もそこにいるような気がして……
 ずっとずっと、話し続けた。
「兄チャマ……」



 それは、突然訪れたことだった。
 少女にとっても兄にとっても、あまりに突然なこと。
 別に、誰が悪かったいうことはない。
 ただ、いくつかの要素が重なっただけの偶然。
 そう、ただの偶然。
 元々見通しの悪かった道路。
 ちょうど暗くなり始めた頃。
 降っていた雨。
 そこを通った兄。
 全ては偶然。
 悲しく降り注ぐ雨はその日、この世から1つの命を洗い流した。
 そして残ったのは……雨にうたれ、悲しくひしゃげた小さな箱だけだった。



「あれから、もう3年なんデスネ……」
 少女はなおも石に向かって話し掛ける。
 いや。
 兄に向かって、だ。
「あのね、兄チャマにもらったプレゼント、ちゃんとつけてるんデスヨ」
 そう言って、首にかかったペンダントを手にとる。
 あの日渡されるはずだった、箱の中身を。
 傷1つなく残っていたそれだけが、あの日少女を祝ってくれたものだった。
「ありがと、兄チャマ。ホントに……嬉しかったデス……」
 精一杯の笑顔で礼を言う。
 でも、そこまでが限界だった。
「兄チャマ、どうも……ありが…と…うっ……」
 今まで抑えていたものが、一気にあふれ出る。
 何とか笑顔で話してきたけど、それもここまで。
 耐えようとしても、耐えられなかった。
「う……兄…チャマ……兄チャ……」
 あの日から、どれだけの涙を流しただろうか。
 いくら流れたとしても、決して枯れることはない。
 ただ、後から後からあふれ出て。
 いっそ忘れることができたら、どれほど楽だろう。
 でも、そんな日が訪れることはない。
 彼女自身だって、望んでいない。
 どんなに悲しくても……大切な、愛しい思い出だから……
 だから、忘れない。



 思えば、なんて不思議な絆だろう。
 ずっと、会えない時間が続いていた。
 その間、2人をつなぐものは何もない。
 少女は、話だけに聞く兄に想いを募らせた。
 そして数年前、少女は日本を訪れる。
 これから始まる、素晴らしい日々を思って。
 2人で過ごすクリスマス。
 いっしょに迎える新年。
 そして、大切な人に祝ってもらう誕生日。
 考えれば考えるほど、楽しくて仕方が無い。
 実際、兄はとても優しく、待っていた日々はやっぱり素晴らしかった。
 でも……結局、少女の誕生日が祝われることはなかった。
 過ごした時間は、たったそれだけ。
 1年にも満たない。
 なのに、どうしてこんなにも悲しいのだろう?
 どうして、こんなにも愛しいのだろう?
 でも…それでも……出会えて、よかったと思う。



 少し落ち着き、日も暮れかけた頃。
 少女は、公園のベンチに座っていた。
 あそこから、少しだけ離れた場所。
 涙はもう止まったけど、もう少しそばにいたかったから。
 隣には、『チェキノート』と書かれた手帳。
 今はもう懐かしくて、悲しい思い出が詰まっている。
 そのページが風に吹かれ、パラパラとめくれた。
 これから先、いろいろなことがあるだろう。
 きっとまた、心から笑える日も来る。
 また、人を愛せる日が来るかもしれない。
 でも、決して忘れることのない思い出。
 決して忘れることない人。
 手帳の中で、眠り続けるストーリー。
 そよそよと吹く風が、少し濡れた頬に心地よかった。  
 
 
 
 
 
 
 

あとがき

どうも、カッツォです。
というわけで、BDSS第2弾です(ホントはこれを最初に書いたんですけど)
短い上に、右半分空きすぎっすね(汗)
書いてる時は特に気にならなかったんですけど……
しかも、そんなにいい話にもならなかったような……(滝汗)
まぁ、残りのSSも楽しんでやってくださいな。
感想はもちろん、てめぇふざけんじゃねぇ! というものまで、何でもいいので送っていただければ幸いです。



カッツォへの感想はこのアドレスへ
1483sy@hkg.odn.ne.jp

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