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 それは、生まれた時からの絆
 それは、永遠に続く絆
 だがそれは、時に高い高い壁となる
 少女は思う
 何故こんな絆を持ってしまったのか、と

 しかしそれは、決して切れることの無い絆
 やがて少女は思うだろう
 この絆を持ててよかった、と…


生まれた時からの絆〜鞠絵〜

作者:カッツォ


「兄上様…」

 いつからだろう? 私が兄を慕い始めたのは…

「わたくしは…」

 いつからだろう? 私が病気がちになったのは…

「兄上様を…」

 いつからだろう? 私が兄と自由に会えなくなったのは…

「殺してしまったのですね」

 いつからだろう?
 私ガ兄ヲ殺シタクナッタノハ。



 愛しい人が横たわっていた。
 たくさん。たくさん血が流れていた。
 私の手は、その血に染まっていた。
 暗かった。
 他に何も見えなかった。
 そこで私は…笑っていた。







「…! はぁ…はぁ…はぁ…」

 差し込んでくる光。
 見慣れた病院の壁。
 窓から見上げた空は快晴。
 清々しい朝と言えるだろう。
 ただ、目覚めた気分は最悪だった。

「わたくしが…兄上様を?」

 冗談じゃない。
 ぶるっと身を震わせ、枕もとに置いてあった眼鏡をかける。
 私が兄を殺すわけがない。
 殺せるわけがない。
 そう思った。

「今日は、兄上様がいらっしゃる日でしたね」

 誰に言うでもなく、そう呟く。
 そうしないと、不安が押し寄せてきそうだったから。
 兄は意外と鋭い人だから、そんな気分だときっとすぐに気付かれてしまう。
 そしてそれは、兄に心配をかけることになってしまう。

「どんな服にしようかしら…」

 だから、無理にでも気分を明るくしなければならない。
 実際、兄のことを考えて仕度をしているうちに、暗い気分はどこかへ飛んでいった。
 そして私は、兄を笑顔で迎える。
 夢のことなんて、もうすっかり忘れて…





「楽しいかい、鞠絵?」
「はい、とっても!」

 私たちは今、2人で街中を歩いている。
 4月3日である今日、「誕生日前日祝いだ!」なんて言って、連れてきてくれた。
 「予報では明日は雨だから。今日のうちに、ね?」と。
 上手い具合に、今日は特別に体調が良い。
 明日は…どうなるかわからないから…

「でも、本当に歩くだけでいいの? どうせならもっと…」
「兄上様は…楽しくないのですか?」
「いや、僕は鞠絵といるだけで十分だけど…」
「なら、わたくしもそうですよ」
「そうなの?」
「はい!」

 変な所で鋭いのに、本当にこういう所は鈍いと思う。
 この人の隣を歩けるだけで、私は世界一幸せな女の子になれる。
 私の中に占める兄の割合は、非常に大きい。
 いや、ほとんど全てと言ってもいいだろう。
 兄がいなければ、私は生きる希望など見出せなかったかもしれない。
 そう言う意味では、私が今生きているのは兄のおかげと言えるだろう。

「それはそうと、身体の方は大丈夫なの?」
「はい。お医者様も、いいって言ってくださいましたし」
「無理しちゃダメだよ?」
「すみません。ご心配をおかけして…」
「いや、大丈夫ならいいんだ」

 しかし、時々思う。
 私はこれだけのものをもらっておきながら、いったい何ができたのだろうか?
 心配をかけ、迷惑をかけ。
 それ以外に何を?

「鞠絵? 大丈夫?」
「え? あ、すみません。少しボーっとしてしまいまし…」

 そう言おうとした瞬間、視界が多少揺れた。
 時々起こるめまいだ。
 ちょっとクラッとして、それで終わり。
 心配をかけることにはなるが、どうってことはない…はずだった。

「!? 鞠絵! 危ない!」
   キィィィィィ!! ドンッ!!
「…え?」

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 兄の体が宙を舞い、そして地面に落ちた。
 その体を中心に、地面が赤く染まっていく。
 唐突に、今朝の夢の光景が思い出される。
 やっと、兄が自分をかばって撥ねられたのだと気付いた。
 どうしてあの時、めまいなど起こしてしまったのか。
 どうしてあの時、道路側にふらついてしまったのか。
 私がそうしなければ、兄が車に撥ねられることもなかった。
 私がそうしたから、兄は車に撥ねられた。
 私が兄を…殺した?
 夢の中と同じ…私は兄を…

「兄上様…いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 すぐに駆け寄ろうとした。
 でも、できなかった。
 代わりに訪れる脱力感。
 視界が闇に支配されていく。
 そこで、私の意識は途絶えた…








 暗い暗い闇の中、私は1人立ち尽くしていた。

「お前が奴を殺したんだ…」

 そう、私が彼を殺した。

「たくさんのものを貰い…お返しがそれか?」

 何も返せなかった…いや、私は彼に不幸を与えただけ…

「お前はいったい何を望む?」

 私は…あの人さえいれば、それでよかった…

「だがお前は…」

 わかっている。
 私は…………生まれて来ない方が良かったのかな?






「兄上様…」
「なに?」
「…え?」

 気がつくと、いつもの病室だった。
 差し込んでいるのは、たぶん夕日じゃなく朝日だろう。
 それだけの間眠っていたことになる。
 ベットに横たわっている私。
 その傍らにいる兄には、先ほどの事故が夢でなかったことを物語るように、包帯が巻かれていた。

「すみません、兄上様…わたくしのせいで…わたくしのせいで…」
「あ〜、別にいいから泣かないで。怪我もたいしたことなかったし。僕が勝手にやったことだしさ」
「でも…わたくしはいつもご迷惑ばかりおかけして…兄上様には、いろんなものを貰っているのに…」

 一度溢れ出した感情は、止めることができなかった。
 さっきまで思っていた、夢の中でも思っていたことが、どんどん言葉となって出て行く。

「わたくしは兄上様を不幸にするだけ…わたくしなんて…生まれて来ない方が…」
「鞠絵」

 久しぶりに…いや、初めて聞くほど真剣で、厳しい兄の声。
 怒りのような、悲しみのような…その声に込められた感情は、私には読み取ることができなかった。

「何て言ったらいいのかわかんないけどさ…鞠絵は、そんなこと考えなくてもいいんだ」
「…?」
「僕は別に、鞠絵に何かを与えてるつもりはない。もし鞠絵がそう感じてるんだとすれば、それは結果的にそうなっただけ。僕はやりたいようにやっているだけだ」
「でも、わたくしが生きようと思えたのは、兄上様がいてくださったからです…」
「そんなことはないよ。きっと鞠絵は、僕なんかがいなくても立派に生きてこれた」
「でも…」
「ギブ&テイク…ってわけじゃないけど、僕も『鞠絵のおかげ』って言えることがたくさんあるんだ。それでいいんじゃないの?」
「わたくしが…?」
「そう、自分で気付いてないだけ。だから、自分を恥じたり責めたりする必要もなければ、僕に感謝する必要もない」
「………」
「鞠絵は鞠絵のままでいい。もし恩返しなんてものがしたいんなら、それが僕にとっては一番嬉しい」
「……兄上様…ありがとうございます…」

 自然と涙が溢れてきた。
 たぶん、兄はずっと前から気付いていたんだと思う。
 私が悩んでいたことぐらい。
 やっぱり、こういう時には鋭い人だ。

「ほらぁ、またそんな顔する。もっと自分を誇っていいんだよ?」
「……はい…!」
「うん。それでいい」

 そう言ってくれた兄の笑顔は、眩しいぐらいに素適だった。
 でも今の私も、きっとそんな顔で笑えているんだと思う。

「天気予報もはずれたみたいだし、改めて誕生日デートといこうか」
「は…はい!」

 私が苦しい時、いつも助けてくれた人。
 やっぱり私は、兄のお世話になりっぱなしだと思う。
 でもそれを、『迷惑をかけている』と思うのは、もうやめることにした。
 だってそのお返しの第一歩は、『自分を誇る』ことなんだから。


「兄上様、ありがとうございます!」
「うん、いい笑顔だ。誕生日おめでとう、鞠絵」







あとがき
今回は、鞠絵視点だけど鞠絵口調じゃない、という微妙な書き方です。
どうも、鞠絵視点じゃないと書きづらいし、鞠絵口調だと語りづらいし・・・
というわけで、この中途半端な形に(爆)
ふ〜む、それにしても、やけに暗いSSになってしまいましたね…BDSSなのに(汗)
ラストのセリフは、微妙に言いたいことが言えませんでした。
ちょっと奇麗事っぽくなってしまいましたかね。
え〜っと、とりあえず(いろんなことで)ごめんなさい。
感想はもちろん、てめぇふざけんじゃねぇ! というものまで、何でもいいので送っていただければ幸いです。




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