作者:九郎さん
かこん、かこんと庭先の獅子落しの音が、よく聞こえてまいります。
北風の強かった日々も通りすぎ、暖かな、ワタクシと同じ名前の季節が
やってまいりました。
時折、この畳の部屋へ流れてくる風は、少しまだ冷たいのですが、
それでも太陽の匂いを包み込んで運んできてくれます。
風はやわらかく、温かで、とても気持ちがいいですわ。
その風に運ばれてか、庭先に咲いてます桜の花びらが、幾枚か入り込んで
きました。
そしてその花びらは、ワタクシの膝に、いいえ、ワタクシの膝で寝ていらっしゃる
兄君さまの御髪(おぐし)にかかります。
兄君さまはすこやかに、すーすーと寝息を立てながら、お休みになっておいでです。
ワタクシはそっと、兄君さまを起こさぬよう、御髪から桜の花びらを取り除きました。
桜の花びらはつやつやしていて、半透明のピンク色で、とても綺麗です。
「ん、んっ。」
ワタクシが桜の花びらに見とれていると、兄君さまは顔を右から左へと移られたので、
そのせいか、お腹にかけてあったシーツがずれてしまいました。
ワタクシはふわっ、とシーツを広げなおし、兄君さまへと掛け直します。
うふふ、兄君さまは相変わらず、寝相がお悪いですわ(はぁと)
兄君さまは休日は決まって、ワタクシの膝で半刻(30分あまり)ほどお休みになられます。
兄君さまは生徒会会長を務められていて、校内で日々多忙な生活をおくられていて、
それこそ毎日毎日、お昼休みから放課後まで校内を駆けまわっておいでで。
最近は、卒業式や入学式の準備等で、時間に追われていて、大変お忙しかったようです。
ですから、こうして、日々の慌しさを忘れて、ゆるりとオヤスミになられる兄君さまの寝顔を見ていると、ワタクシ、とても安心するのです。
そう、こうしてあの、始めてお会いした時のような、無邪気な寝顔を拝見していると。
兄君さま、兄君さまとお会いして、もう8年も経つのですね。
兄君さまは、ワタクシと始めて会った時のことは憶えていらっしゃいますか?
ワタクシは、こうして、目を閉じると、今でも鮮明に思い出します。
始めてお会いしたのは、ワタクシがまだ8歳の頃でしたわね。
このように、春の暖かい風が吹いて、桜の舞う季節に。
ワタクシは、あの頃ちょうどドイツから帰国してまいりまして、
そのせいか、よく男の子たちからいじめられておりました。
「ガイジン、ガイジン」て。
確かにワタクシはドイツ生まれですが、国籍は日本。
それに、父上さまも母上さまも日本人。
そしてなにより、ワタクシ自身、幼き頃より立派な大和撫子になるべく、
日々精進してまいりましたのに、これはあまりの仕打ちでした。
ちょうどその日もワタクシはいじめられておりました。
「返してください!」
「や〜だよ〜、ほれ!」
ワタクシのカバンを取り、4人の男の子たちが、まるでボールのように
まわしていました。
辛かったです。
誰一人助けてくれなくて。
心ぼそかったです。
涙があふれてきました。
何も出来ない自分と、悔しさに。
ただ、泣けば泣くほど、男の子たちをただ、面白がらせるだけで。
その時、泣いて立ち尽くすワタクシに、大きな影が覆い被さりました。
ワタクシが見上げると、そのこには年長クラスらしき男の子が立って、
その方は、ポケットからハンカチを取り出すと、そっとワタクシの涙を
ぬぐってくれました。
そしてその方はワタクシのカバンを男の子達から奪い返してくださり、ワタクシに差し出してくれました。
「もう、大丈夫だから、ね。」
ワタクシの頭をそっと、撫でた後、男の子達と対峙します。
「女の子を泣かすなんて、男の風上にもおけないヤツらだな。」
その方の台詞に対して、男の子達が反論します。
「なんだ、お前!」
「邪魔、すんな!」
男の子達は相手がいくら年長者だといえども、数で勝っているので勝機があるのと思ったようですわね。
けれど、その方は、まるで疾風のごとき早業で、近くにいた男の子の後ろに回りこみ、
そして、
「うわ〜つ!」
軽々と、首根っこをつかまえて、持ち上げ、こともあろうに、電信柱下に集約されている
ごみ収集場所に放り投げてしまいました。
ドンガラガッシャ〜ン!
激しい物音をたて、男の子は頭から、水色の大きなポリバケツに突っ込んでします。
「次は、だ〜れだ?」
「うわ〜!」
そのあまりにもの恐怖に男の子たちは、ごみ箱に投げ込まれた男の子を見捨てて、一目散に逃げていってしまいました。
その時、ワタクシは、いったいなにが起こったのか、全然把握できませんでしたわ。
けれど、
「さ、帰ろう、か。」
にっこりと微笑む優しい笑顔。
差し伸べられた手。
ワタクシ、その手を握った時、そのやさしさに触れられて、思わず泣いてしまったのですよね。
そう、これが、ワタクシと兄君さまの出会い。
そして春歌の運命の殿方を見つけた日。
あの日は、そう、お義理母さまと兄君さまと始めてお会いする日で、ワタクシの帰りが遅いから兄君さまが迎えにきてくださったのです。
嬉しかったですわ。
兄君さまに出会えた事が、お義理母さまが出来たことが。
そう、そして不思議な事に、あの日以来、ワタクシ、いじめられなくなりました。
と、いうよりも、男の子達がワタクシを畏怖の目で見るのです。
小学校を卒業する時に知ったのですが、どうやら兄君さまが、ワタクシをいじめていた
方々を体育館裏へ呼び付けて、その、なんと申しますか、ワタクシにちょっかいを出さないようにときつく言われたそうです。
兄君さまの普段のお顔は、あの頃に比べて、とても凛々しくなられました。
肩幅もぐっと広く、胸元もしっかりなされて、声も低くなり、
どんどん、どんどん立派な殿方になられてゆきます。
ワタクシにはまぶしいくらいに。
でも、寝顔は、無邪気だったあの頃のまま。
「ん。」
一度、眉間にしわをよせ、兄君さまはゆっくりと、その瞳を開かれました。
「おはようございます、兄君さま。」
「あ、うん。 ふぁ、あ。」
兄君さまは大きなあくびをなさって、口元に手を当てていらっしゃいます。
「よく、オヤスミになれましたか?」
「ああ、おかげさまでね。」
兄君さまはワタクシがもっているものに指をさされて、
「あれ、春歌。何もってるの?」
「桜の花びらですわ。 さきほど、そこの窓から入ってきたのです。」
兄君さまはやわらかい表情になられて、
「桜・・・か。 そうだ、明日、花見でもしようか?」
「生徒会のみなさんと、ですか?」
ワタクシがそう、ご返事すると、兄君さまはいたずらっぽい顔になられて、
ワタクシの右の頬を手で、触られて、
「たまには、二人っきりで。」
ドキン!
兄君さまのそのお言葉に、ワタクシの心臓が、踊るように跳ねました。
かぁ〜っと、体中熱いものが駆け巡っております。
嫌ですわ、兄君さま。
そんな、表情をなさらないでくださいまし。
春歌は・・・、春歌はどうにかなってしまいそうですわ。
ぽっ。
「ワ、ワタクシ、お弁当を作りますわ。」
「うん、あ、芋の煮っころがし、入れてね。 春歌の作るアレ、好きなんだ。」
「はい。」
「それときんぴらゴボウと、五目御飯と、ひじき煮と、あとがんもどき、それと田楽と
豚の角煮、ほうれん草のおひたし、塩加減のいい枝豆、鰻巻きも食べたいな〜。」
「おまかせくださりませ。 兄君さまは花より団子、ですわね。」
「ひどいなぁ、そんなことないよ〜。」
「うふふふ。」
兄君さまはワタクシの右手を両手で握り締めて、一度あくびをなさり、
「なんだかまた、眠くなってきたな。」
ワタクシは、兄君さまに握られた手を軽く、握り返して、
「疲れが溜まっているのですよ。 兄君さまは働きすぎですわ。」
「そうかなぁ?」
「そうですわ、春歌はここにおります故、今日は御ゆっくりとお休みくださりませ。」
「ありがと。」
くすくす、と兄君さまが、まるで何かを思い出したかのようにお笑いになりました。
「どうかしまして?」
「いや、なに。 やっぱり、ここが一番落ちつくよ。」
「兄君さまぁ。」
兄君さまはそう、おっしゃると、再び、オヤスミになられました。
時折、頭を撫でると、兄君さまはおだやかな顔をなさります。
それを見ていると、なぜだが、ワタクシだけが知っている兄君さまの素顔を拝見しているようで、とても嬉しくなります。
ワタクシ、ワタクシ、兄君さまのお役にたてて、
それでいて、兄君さまのお心を、穏やかにすることができて、
これほど幸せなことはありませんわ。
兄君さま、お慕い申し上げておりますわ。
これからも、春歌の背の君でいてくださいまし。
ワタクシ、立派な大和撫子になります。
いいえ、なってみせますわ!
そしたら、ワタクシと、ワタクシと・・・・。
兄君さま、ワタクシ、お待ちしておりますわ。
ポッ。
かしこ
あとがきみたいなもの
咲耶SS書きの九朗でごじゃりまする〜 カッツォさんHP開設、おめでとうございます!
カッツォさんにはいつもSSで笑わかせていただいたり、わたしのつなないSSの感想を書いていただいたりして、とてもお世話になっております。 これからもよろしくです!
はじめて咲耶ちゃん以外のSSを書きました。 どうでしょう? 春歌ちゃんがきちんと
表現されていればいいのですが・・・。 感想等、いただけるとうれしいです。
あ、ウイルスメールは勘弁してくださいね。
それでは、また次作でお会いしましょう!
九郎さんへの感想はこのアドレスへ
crow-fst@mx2.tees.ne.jp
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