作者:窓拭きさん
夕方の商店街は非常に込んでいる。この時間帯はいつも買い物客でごった返すのだ。主婦らしき人が右往左往している。
その中を一人の少女が駆け抜けていた。地面を蹴る度に左右の小さな三つ編みが軽快に跳ねまわる。
(早く行かなきゃ。レッスンに遅れちゃう!)
遅刻しそうな原因が兄――沙春の事を考えていたら、いつの間にかうたた寝をしていた事なので、言い訳も出来ない。
そんなわけで、普段は迂回して通る商店街を近道として使っていた。
(でも、本当にいっぱい人がいるなぁ。なんだか目が回っちゃう。こういうのを人に酔うって言うのかな)
雑踏がBGMになってぼーっとしてくる。うっかりしていると歩いてしまいそうになる。
(あ……いけない!)
今は遅刻するかしないかの瀬戸際だ。ゆっくり歩いているヒマなど当然ない。
可憐は慌てて速度を上げる。
そのとき、知った声が耳に入ってきた。
「もう、お兄様ったらいっつもそんな事言ってばかりじゃない。本当にしょうがないんだから」
「悪ぃ悪ぃ。今日ずっと咲耶に付き合うから、それでカンベンしてくれ」
咲耶と凍也だ。可憐とは丁度、反対側の通りにいる。
この二人は非常に仲のいい、いや、仲のよすぎる感のある兄妹である。そのせいで他人に奇異の目で見られることもしばしばあったりもする。本人達はあまり気にしていないようだが。
咲耶は人差し指を立てて、何かを言っていた。怒っているようだ。凍也はそれに対して手を合わせて苦笑を浮かべている。
(待ち合わせしてたのかな?)
凍也がよく時間に遅れることは可憐も知っていた。沙春が『あいつには時間の30分前に来るように言っておかなきゃいけないんだよ』とよく言っている。
可憐が足を止めて見ていると、咲耶は凍也の腕に手を回した。さっきまでの態度はなんだったのか、と思わせるくらい上機嫌で歩き出す。
凍也は最初は引っ張られる形になっていたが、ため息をついて咲耶の横につく。その割りにはうれしそうに見えるが。
それだけのことだった。
(……咲耶ちゃん、楽しそう……)
可憐は咲耶たちの姿を目で追っていると、
ドンッ。
「あら、ごめんなさい」
買い物かごを持ったおばさんに当たってしまった。
可憐もすぐに謝って、再度咲耶たちの姿を見つけようとするが見当たらなかった。
(どこかのお店に入っちゃったのかな……!!)
のんびりと考えていて、はっとする。レッスンに遅れそうなことを思い出したのだ。
可憐は慌てて走り出した。
「あっ」
(………)
可憐は今日のレッスンでミスを連発している。どうにもいつもの調子が出ない。
「一体どうしちゃったの?体の調子とか悪い?」
「……いいえ、平気です」
「そう?まぁ、こんな日もあるからね。さあ、気分を変えてもう一度やりましょう」
「はい」
ピアノの音色が響き渡る。
(……咲耶ちゃんと凍也さん……恋人同士みたいだったな……)
そして、またすぐに引っかかってしまう。
さすがに先生も様子がおかしい事に気がついた。
腕組みをして深刻そうな顔をする。
「……なるほど、この症状は可憐ちゃん特有の『お兄ちゃん病』ね」
「せ、先生……」
可憐は顔を赤くして、うれしような恥ずかしいような顔になる。
「ほら、やっぱり。しょうがないわね」
くすくすっと笑う。
可憐はよくレッスンが終わった後にもこの先生と話していた。ピアノの事や学校の事なども話題になるが、やはりというかほとんどは沙春の事ばかりだ。
「今はレッスン中だからね。お兄ちゃんの事は後でゆっくり考えましょう!」
にこにこと可憐をからかう。
(……もう、先生ったら)
抗議の視線を送るが、顔が真っ赤になっているのでまるで効果がない。
(……でも、先生の言う通りかな。今はレッスンに集中しなくっちゃ)
可憐はピアノに向き合って、深呼吸をする。
準備が出来た頃に先生は声をかけた。
「それじゃあ、もう一度最初から弾いてみましょう」
(今日はいっぱい失敗しちゃったな)
帰り道、今日のレッスンの内容を思い返す。途中までずっと、心ここにあらず、といった具合だった。
先生に『今度はしっかりやりましょうね』と釘をさされてしまった。
(帰ったら注意されたところ復習しなくっちゃ)
そう思うと自然と速歩きになる。日もほとんど沈んでしまっているので、通りには人もまばらにいるだけだ。
(………)
ふと、咲耶と凍也の姿を思い出す。
(……可憐とお兄ちゃんも、あんな風に見えるのかな。……でも、可憐は咲耶ちゃんみたいにしっかりしてないし……きっと兄妹にしか見えないんだろうな……)
立ち止まって空を見上げてみる。闇で覆われてうっすらと赤いだけだった。
(……会いたいな……)
「お兄ちゃん……」
「何?」
「!?」
可憐が驚いて振り返ると、沙春が頬をかきながら立っていた。
「僕に何か用事でもあった?」
「え、あ、あの……」
あまりに唐突に声をかけられたので焦ってしまう。
「お……お兄ちゃんに、会いたいなって……」
なんとかそれだけ言う。いつもは平気で好きだと公言しているのに。
沙春は大して気にせず、バックを背負いなおす。
「そうなの?じゃあ、それは解決したね。もう遅いから送っていくよ」
「……うん」
可憐は沙春の少し後ろについて歩き出す。
「今日はピアノのレッスンの帰り?」
「そうだよ」
「大変だよね。こんなに遅くなるんじゃ」
「ううん。ピアノ、好きだから」
「そっか。でも、あんまり無理はしないようにね」
ぽんぽんっと触れる程度に頭を軽く叩かれる。
(……あれ?)
可憐は戸惑った。
いつもならうれしいのだが、今のは少し違和感があった。単純にそう思えなかったのだ。
(……どうして?)
可憐は考えをめぐらせるが答えは出てこない。
ふと、可憐が顔を上げると沙春が少し困った顔をしていた。
「……えーと。か、可憐?」
「何?お兄ちゃん……あ」
ようやく気がつく。
沙春の腕に自分の腕を絡めていたしていた事に。
「あ、あの!ごめんなさい!!」
可憐は慌てて沙春から離れた。
今更になって胸の鼓動が激しく打ちつける。可憐は必死に落ち着こうとするが、腕に残った感覚がそれを拒んでやまない。
(……お兄ちゃん、変に思ったかな)
不安になって顔を向ける。
沙春は目を丸くして可憐を見ていたが、やがてぽんと手を打つ。
「ひょっとして、怖かったの?」
「?」
可憐は沙春の言葉の意味が理解できなかった。
沙春は腕組みをして、うんうん頷く。
「もう、ほとんど日も暮れているし、この道はあまり街灯も設置されていない。確かに薄気味悪いところだもんね。可憐はこういうところ苦手だったっけ」
一人勝手に納得していた。
(可憐、そんなつもりなかったけど……)
そう言いかけて口をつぐんだ。幸い、沙春は気づかない。
理由はどうあれ、沙春は変に思わなかったのだ。
(思いきって、お願いしてみようかな……)
勘違いの内容からなら正当な理由が生まれている。
深呼吸をして、沙春のそばに行く。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
「……今日はめちゃくちゃ疲れたぞ。いつもの数倍ハードだ……」
凍也は左手で腰を叩きながら歩いている。
ゲーセン、映画、カラオケ、それらに行く間のウィンドウショッピング。はっきしいって、凍也の体力はマイナスにまで下がっていた。
「お兄様、何か仰ったかしら?」
「今日は咲耶といっしょで幸せいっぱいだな〜」
うそはついていない。もう少し手加減してくれよ、などと思っていたりもするが。
そんな真相は露知らず、咲耶は満足そうにしている。
組んだ腕に体を預けてくる。
「こら、咲耶。歩きにくいぞ」
「だったら歩かなくてもいい」
「あのな、もう遅いんだからさっさと帰るんだ。母さんも心配するぞ」
「は〜い」
(本当はもっといっしょにいたいけど、お兄様も疲れてるみたいだし……あら?)
咲耶の視線はある一点に固定された。意外そうな顔をしていたが、ふっと笑みを浮かべる。
凍也は怪訝そうな表情を浮かべて、同じ方向に目を向ける。そして、咲耶と同じ反応をした。
「可憐、歩きにくくない?」
「ううん。大丈夫だよ」
歩きにくくはなかったが、大丈夫ではなかった。
心臓が激しく波打っているようで、気が気ではなかった。だが、同時に心地よくも感じられた。
(この感じ……なのかな?)
今、自分は咲耶と同じ顔をしているのかもしれない。
(お兄ちゃんと可憐、恋人同士に見えるかな?)
沙春の横顔を見上げる。暗くてほとんど見えないが、不安にはならなかった。
(お兄ちゃん……)
組んだ腕が温かい。寄り添って歩く影はどこまでも長く伸びていた。
あとがき……かもしれないもの
筆者「え〜、今更になってしまいましたが、カッツォさん、ホームページ開設おめでとうございますです(ぺこり)。そして、この『一歩前進……かな?』を読んでくれたあなた、ありがとうございますです(ぺこりっ)。ではでは今回のゲスト〜」
咲耶「ほらほら、お兄様。早く早く」
凍也「いてて、あんまり強く引っ張るな。腕が伸びる」
筆「咲耶さんと凍也さんで〜っす」
咲「ねぇ、お兄様。今日は私たちのありのままの姿が出せたわね。恋人同士だなんて、もう、可憐ちゃんもいいこと言うわ!」
凍「……咲耶、その辺で止めておいた方がいいぞ」
可憐「さ〜く〜や〜ちゃ〜ん。お兄ちゃんから離れてくださ〜い」
筆「をぉう!?可憐さん、目がすわっとりますがな!」
咲「それは聞けないお願いね。第一お兄様からくっついてきたわけだし」
可「ええ!?(背景に稲妻が走る)」
凍「うそだって」
可「ほっ」
咲「お兄様……照れなくってもいいのに」
可「ええ!?(背景に富士山噴火図)」
凍「可憐、それはあんまり関係ないと思うぞ」
筆「どっから持ってきたんでしょうね、今の背景」
咲「可憐ちゃんて、ときどきわけのわからないことするから」
凍・筆「うんうん」
可「何かひどい言われようです……(隅っこでのの字を書き始める)」
凍「はいはい、帰りにパフェでもなんでもおごってやるから」
可「お兄ちゃん大好き」
筆「そこでそのセリフは、ものすごい現金な娘みたいですね」
咲「みたい、じゃなくてまんまかも」
凍「単純でいいじゃん」
可「うう、やっぱりひどい言われよう……」
凍也・咲耶・筆者が去っていく。可憐、慌ててその後を追う。が、戻ってくる。
可「(一枚の紙切れを持って)え〜と、感想等いただけると幸いです。これからもこっそりとSSを書いていくのでヨロシクお願いします。ではでは〜……以上作者さんのコメントでした。可憐が言った方がいいって言われたけど、どうしてかな?」
凍「お〜い、可憐。早くしないとおいてくぞ」
咲「お兄様を一人占めしちゃうわよ〜」
可「あ、待ってよ、お兄ちゃん、咲耶ちゃ〜ん」
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yuei5@hotmail.com
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