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 ……俺は逃げていた。必死に逃げていた。
 別に警察や危ない人から逃げている訳ではない。その相手は自分の妹だった。
 彼女の名は鈴凛。メカに強くて発明好きな妹なのだが、研究開発費がかさむらしく、度々俺に「アニキ、資金援助お願い!」とねだって来て、俺もそれに快く応じていた。
 最初の内は常識的な金額で収まっていた援助だったが、一年ほど前から「すごい物を開発中なの!」と称して、その額と回数は加速度的に増加して行った。
 それからというもの、俺の持っている全ての預金通帳の残高は、あっという間にゼロとなり、今フトコロにある財布が俺の全財産だった。
 給料日まで残り数日になると、必ず心細くなって来る財布の中身……。
 そんな状態でも、かまわず鈴凛は俺に援助を求めて来るのだから、たまったものではない。
 これを渡してしまったら、次の給料日が来るまで俺の生命維持機能はレッドゾーンに突入してしまうのは確実だ。
 そんな訳で、俺は残りの金を守るべく鈴凛の魔の手から逃れようとするのだが、いつも最後には彼女に捕まり、虎の子の金は搾取……いや『援助』させられてしまうのだった。
 しかし、俺も簡単に諦める訳にはいかない。逃げ切れる可能性が少しでもある限り、それにチャレンジし続けるのが男ってものだぜ!(多分)
 今や、この月に一度のイベント?は町の恒例行事と化し、俺が走って来ると町の人々はすぐに道を譲ってくれて、交差点では赤信号でも車が止まってくれるし、子供達には「おにいちゃん、がんばれ〜!」と応援されちゃうし、警官ですら見て見ぬふりだ。
 先月なんか、交番に「助けてくれ!」と駆け込んだのに「ほ、本官は何も見ていないであります!ああっ、幻聴が……どこからか幻聴が聞こえてくるっ……!」と相手は頭を抱えて震えるばかりだった。
(鈴凛……お前って一体……?)
 これは、恐るべき妹に明日無き戦いを挑んだ、ある兄の物語である。



フトコロは燃えているか〜アニキキャプター鈴凛〜

作者:光子魚雷さん


〜給料日の数日前〜

(そろそろ、鈴凛が来る頃だよな……やれやれ、今月もピンチだっていうのに……)
 そう思った矢先、電話が鳴った。
 誰からなのかは、すでに見当がついている。
「四葉か?」
『はいデス!兄チャマ、やはり鈴凛ちゃんはそちらへ向かっているデス!』
「そうか、ついに来たか……」
 今回、俺には四葉という心強い(?)味方がいた。
 彼女の能力を活かして鈴凛を尾行させ、そこから得られる情報を逃走に利用しようという寸法だ。
「で、何か持って来てるか?」
『よくは分かりませんケド……大きなリュックに色々と装備を詰め込んで来ている模様デスね』
「そうか……」
 また、あの手この手で俺を捕獲するつもりらしい。
「頼んだぞ四葉。だけど気を付けろよ。お前は時々……」
 ズテーンッ!
『し、しまったデス!』
 ……言おうとした瞬間にコケてるし。
『あれ?四葉ちゃん、何やってるの?』
『ち、違いマス、違いマス!兄チャマのために鈴凛ちゃんを尾行なんて、する訳がないデス!』
 ああ、自分で墓穴掘りまくってるし……。
『ふぅーん………………』
 しばしの沈黙に、まるで自分もその場に居るかのような緊張が走る。
『ちょうど良かった。新開発のコレ、四葉ちゃんの体で試させてね』
『オ―――――ッ!ノ―――――ッ!!デスゥゥゥゥゥ―――――――ッ!!!』
『ドカッ!バキィッ!メシアッ!ザクゥッ!トンテンカントンテンカン……』
(な、何だこの音は?何をされているんだ四葉は!?)
 思わず息を呑む俺の耳に、息も絶え絶えな四葉の声が聞こえてくる。
『あ……兄チャマ……よ、四葉はもう……兄チャマのお役に立てそうにない…………デ……………DEATH………………ガクッ』
 ブツッ。
「……………………」
 何も聞こえなくなってしまった受話器を静かに置くと、俺は短かった四葉の思い出と共に涙した。
(四葉……お前の犠牲は無駄にはしない……今日こそ鈴凛から逃げ切ってみせるからな!)
 こうして、今月も戦いが始まったのだった。


 家を出た俺は、ひとまず近くの公園へと向かった。
 隠れる場所には事欠かない分、定番化して行動を読まれやすい危険はあったが、あえてそこに飛び込んでみた。
 鈴凛が深読みして他の場所へ行ってくれる可能性に賭けたのだ。
(さて、どこに隠れようか?木の上が良さそうだが、一度見つかったら逃げられないしな……)
 そう考えを巡らせつつ、ふとベンチに目をやると、そこには討ち死にしたはずの四葉が座っていた。
「おお、四葉!無事だったか!」
 俺が駆け寄ると、四葉はいきなり俺に抱きついてきた。
「お、おい四葉……?」
 よく見ると、何だか目が虚ろだ。しかも、頭には怪しく光るアンテナみたいなのが突き刺さっているし。
「兄チャマー……おとなしく鈴凛ちゃんに有り金全部援助するデスー…………」
 そう言いつつ、財布の入っているズボンのポケットに手を突っ込もうとする四葉。
「なっ!何をするんだ!?」
 慌ててその手を止めようとするが、普段からは考えられない力で抵抗してくる。
「こ、これは一体!?」
「……アニキの行動パターンは、全て分析済みだよ」
 木陰から、スッと姿を現す鈴凛。
「鈴凛……読まれていたか……」
 その手には、まるで鉄○28号のコントローラーみたいな物が握られていた。
「どう、アニキ?この私特製の『リモコン四葉ちゃん』の威力は!」
「お、お前……同じ妹になんて事をするんだ!」
 そう言っている間にも、操られている四葉は俺の財布を奪おうと、しつこく手を伸ばしてくる。
 こんなスタンド攻撃?を使ってくるなんて、今回の鈴凛はいつも以上に手強そうだ。
 何とかして、本体にダメージを与えるには……。
(そうだ!)
 非情な手段だが、この場を切り抜けるにはこれしかない。
(許せ四葉!給料が入ったら、たこ焼きおごってやるからな!)
 意を決して俺は四葉の襟首を掴み、鈴凛目がけて投げ飛ばした!
「わわっ!?」
 さすがにそんな反撃が来るとは予想していなかったらしく、あっけなく鈴凛は四葉の下敷きとなった。
「さらばだ鈴凛……給料日になったら、また会おう!」
 俺は颯爽とその場を後にした。
 四葉を置いて行くのは非常に心苦しいが、今は逃げるのが先決だ。
(四葉……後でまた拾いに来てやるからな。覚えていたらだけど……)


 彼がその場を後にしてから十数秒後、ようやく鈴凛は四葉の下から這い出した。
「あいたたた……もう、アニキってば……こうなったら、四葉ちゃんハイパーモード、スイッチオン!」
 だが、ボタンを押した直後、コントローラーから煙が噴き出した。どうやら下敷きになったショックで壊れてしまったようだ。
 それを証明するかのごとく、四葉はユラリと立ち上がると、アニキとは違う方向へと走って行ってしまった。
「いけない!あのコントローラーが無いと四葉ちゃんが暴走……で、でも今はアニキを追う方が重要だよね!」
 あっさりと四葉への責任を放棄すると、鈴凛は再びアニキの後を追い始めた。


 ……俺の逃走は、いつ果てるともなく続いていた。
 ある時は橋の欄干にぶら下がり、またある時は段ボール箱をかぶって鈴凛の追跡を間一髪でかわし続ける。
 日常生活の中で、こういう技術が必要な一般市民は俺ぐらいだろう。
 そうこうしている内に、俺は河原へとたどり着いていた。
 今までの息が詰まりそうな所から広々とした所に出て来たせいか、思わず気が抜けてしまう。
 だが、俺の脳に刻み込まれていた過去の経験が、第一級の警報を発した!
(やばい!こんなに開けた場所は危険だ!)
 そう思った瞬間、首筋に衝撃が走る。
(しまった、遠距離からの狙撃……麻酔銃か……!)
 さらに、とどめと言わんばかりの連射を浴びた俺は、たまらず地面に膝を着く。
「こ、これは、まずいぞ……!」
 今までの敗北の原因は、ほとんどがこれだった。
 それなのに、こんな撃たれやすい場所へと出て来てしまったのは、明らかに俺のミスだ。
(学習能力が無いな、俺って……)
 俺は意識を失い、地面に横たわった……。


 俺が倒れてからしばらくすると、草むらの中から鈴凛が現れ、余裕の足取りで近付いて来た。
「今回も、これで決まったね!」
 しかし、その時すでに俺の意識は回復していた。
 俺は鈴凛の目の前で跳ね起きる。
「わっ!な、何で!?」
 驚く鈴凛を尻目に、再びダッシュで逃げる。
 どうやら、今まで何度も撃たれまくったせいで、麻酔に対する耐性が身に付いてしまったようだ。
 それはそれで、違う意味で危険な気もするが、今は自分の体に感謝だ。


 その後も執拗に追跡して来る鈴凛だったが、俺は自慢の脚力を活かして何とか逃げ続けた。
 何と言っても、自転車より速く走れてしまうのだから。
 今まで何度も追い掛け回されたせいなのか、いつの間にか俺の走力とスタミナは町内でもダントツの領域に達していたのだ。
(いっその事、マラソン選手にでも転職するか?)
 そんな途中、商店街の近くを通ったら、何やら騒ぎが起きているようだった。
「何だ?」
 見ると、それは『さまよう四葉』だった。
「兄チャマァァァァァッ〜!四葉の兄チャマはドコデスかァァァァァァァッ〜!?」
 制御を失ったらしく、その動きはまるで『不思議な踊り』を踊っているようで、見ているだけでMPを吸い取られそうだ。
 警官隊が取り押さえようとしているが、金色のオーラをまとった四葉は残像を残しつつ、相手の攻撃を余裕でかわして行く。
 ざっと見て100人以上いるというのに、誰も四葉に触れることすら出来ない。
「貧弱!貧弱デスゥゥゥッ!!」
 そして、にわかにオーラが膨れ上がったかと思うと……。
「チェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキチェキィィィィィッ!!!」
 必殺の『チェキチェキラッシュ』が炸裂し、一瞬で警官隊の半数以上が紙クズのように吹っ飛んで壊滅した。
 もはやスタープラチナか無双乱舞並みの無敵ぶりだ。
 その光景に、遠巻きに見ていた野次馬達から次々と恐怖の声が上がる。
「早くスピードワゴン財団特別科学戦闘隊を呼べ!」
「まるでシンクロ率400パーセント……」
 ……何だか、見つかったら鈴凛以上に危険な目に遭いそうな気がしたので、俺はそそくさとその場を後にした。
 後方から「WRRRYYYYY―――ッ!」という雄叫びと共に「ズギューンズギューン」や「メメタァ」などの効果音が次々と聞こえて来るが、気にしてはいかんぞ、俺!


「アニキ、待って〜!援助して〜!!」
 足の速さを唯一の武器にして逃げまくる俺に対して、背後からしつこく呼び続ける声が聞こえてくる。
 そう言われて待つなら、最初から逃げたりはしない。しかし、俺を呼ぶ声が急速に近付いて来るのを感じて、思わず振り返ると……。
「なっ、何ぃぃぃぃぃっ!?」
 鈴凛がスケボーに乗って、まるで滑るようにして俺のすぐ後ろにまで接近しているではないか!
「スケボーだと!?」
 でも、その割には妙にスピードが速いし、何より地面を一度も蹴らずに進んで来ている。
 ……よく見ると、そのスケボーには車輪が無く、地面から数センチ浮いているではないか!
「こ、これは……は、反重力スケボー……?」
 まさか、こんな新兵器を投入して来るとは。しかも、いよいよ現代のテクノロジーを超越し始めているのが怖いところだ。
 しかし、まだ『リフ・ボード』に乗って来なかっただけマシかもしれない……と無理矢理自分を納得させつつ走る俺だったが、速力は鈴凛の方が上だった。
 さらに距離を詰めてきたかと思うと、背後から鈴凛のタックルを食らい、俺は転倒した。
 慌てて起き上がろうとした所を、上から飛び掛かるようにして仰向けに押し倒すと、すかさず鈴凛はズボンのポケットに手を突っ込んで財布を奪おうとする。
「アニキ、お願い!お願いだから全部ちょうだい!」
「や、やめろ鈴凛!今出したら後が大変なんだ!」
「やだ!私、アニキからもらうまで、絶対に離れないんだから!」
 はたから見ると、色々な意味で危なく見えてしまう光景だが、そんな事を気にしている場合ではない。
 俺の貞操……いや財布を守るために、必死の抵抗を続ける。
「もう……アニキってば、こんな可愛い妹に対して、何でそんなに抵抗するの?」
「俺は給料日まで人並みに生活したいだけだ!」
 何とか鈴凛のマウントポジション攻撃から脱出した俺は、再び走り出そうとして重大な問題に気が付いた。
 また逃げ出したとしても、すぐにあの反重力スケボーに追い付かれるのは目に見えている。
(もう、これを使うしかないか……)
 地面に叩きつけると、大量の煙が噴き出す煙幕弾。
 それは昔、鈴凛から護身用にもらった物だったが、その製作者に向かって使うなんて皮肉な話だ。
 俺は逃げようとした足を止め、鈴凛へと向き直る。
「???」
「まったく、しょうがない妹だな鈴凛は……分かった。もう、この辺で終わりにしよう」
「えっ?じゃあアニキ……」
 俺が観念したと思って鈴凛の気が緩んだ瞬間、俺は渾身の力を込めて、その弾を鈴凛の足元めがけて投げつけた!
「こいつを食らえ―――――っ!」
 これでもし不発だったら、かなりカッコ悪いな……と一瞬思ったが、無事に煙幕弾は炸裂してくれた。
 ボボーンッ!
「わあっ!?」
 大量の煙に包まれ、視界を完全に塞がれる鈴凛。
 そして、数秒後……。
「……あれ、アニキ……?」
 煙幕が消えると、すでに彼の姿は無かった。


「ふう……」
 俺は、鈴凛が追って来ないのを確認すると、安堵のため息をついた。
 ここは、下水道の中。煙幕を張った俺は、とっさに近くのマンホールからここへと飛び込んだのだった。
「まったく、なんでこんな所に……」
 別に俺は罪を犯した訳でもないのに、気分は完全に逃亡者だ。
「まあ、仕方ないか……」
 こういう状況に慣れてしまっている自分も怖いが、今は鈴凛の方が怖い。ジッとしていたら見つかりそうな予感がしたので、とにかく歩くことにした。
 ある程度移動してから地上に出れば、逃げ切れる可能性だってある。こんな事もあろうかと、あらかじめ用意していたペンライトの光を頼りに中を進む。
 そして、歩き始めて5分が経ち、10分が経過したが、辺りは水の流れる音を除いて静寂そのものだった。
 こうもうまく逃げられるなんて、正直言って意外だ。考えてみると、今まで地下へと逃げ込んだことは一度も無かった。
 ましてや、下水道などほとんど迷路と言ってもいい。それが効を奏しているのかもしれない。
「結構、この手は使えるかもな……」
 そうつぶやきながら、そろそろ地上に出ようと思い、出口を見つけるために天井を照らしながら歩く。
 その時、前方に突如として光が差し込み、上から何かが落ちてきた。
「え……?」
 それは、鈴凛だった。
「あ、アニキ見〜っけ♪」
 そう言いつつ、嬉しそうにスキップしながら近付いて来る鈴凛に対し、俺は底知れぬ恐怖を感じた。
「なッ!なんだ!?こ……この妹はァ―――――ッ!!うわあああああああああああ―――――――ッ!!!」
 100メートルを5秒で走れるのでは、と思えるほどの全力疾走で、俺は逃げ出した。
 どこをどう通ったなど、まるで覚えていない。何とかして出口を見つけ、地上へ出ると、そこはもう町外れの小高い丘の近くだった。
「はあ、はあっ……な、なんで分かったんだ……?」
 あれだけの精度で俺を見つけられるなんて、とても偶然とは思えない。
「そうか、発信機か!」
 鈴凛なら、それくらいはやりかねない。慌てて調べてみると、襟の裏に米粒ほどの発信機が仕掛けられていた。
「やっぱり……」
 おそらく、さっき後ろからタックルした時に、抜け目無く仕掛けておいたのだろう。
 俺は発信機を捨てると、急いでこの場を離れることにした。すでに、この場所が鈴凛にバレているのは必至だ。
 が、そんな俺の前に立ち塞がる人影が一つ。
「お、お前は……!」
「兄チャマを探して三千里……ついに見つけたデス!」
 商店街で100対1の戦いを繰り広げていたはずの四葉と、よもやこんな所で出会ってしまうとは。
「よ、四葉……お前、まだ生きて……いや、無事だったのか!」
「作った光で、この四葉を縛ったままにはできマセン!」
 どうやら、援軍のスピードワゴン財団の人達もかなわなかったらしい。
「科学忍○隊も出て来ましたケド、三秒で片付けてあげましたデスゥゥゥ〜!」
 ……もう四葉の強さは究極生物の領域にまで到達しているのだろうか?
「最後にして最高の獲物である兄チャマを、この手でチェキさせていただきマス!」
 ああ、四葉……暴走の果てに、ついには兄にも牙を剥くのか?
「まずは四葉が開発したインフィニティコンボを試させて下さいデスゥゥゥゥゥ〜ッ!!」
 ……それって、一度浮かされたら永遠に地上へ帰還できないってヤツですか?
「兄チャマ、覚悟DEATH!」
 四葉が突進して来る。だが、今さら逃げても遅い。
 逃げたら、背後から浮かされて以下略なのは確実だ。
(もう、やるしかないのか……!?)
 俺も四葉に向かって突進する。その狙いは、ただ一つ。まだ四葉に俺を想う心が残っているならば、この叫びは必ず届くと信じる!
「四葉!俺は、お前のことが大好きだーっ!!」
「!」
 その叫びに一瞬、四葉の動きが止まる。
 俺は、その一瞬の勝機を逃さなかった!
「でりゃあぁぁぁぁぁっ!!」
 全身全霊を込めた一撃が、頭のアンテナを粉々に打ち砕く。
「あ……!」
 一瞬、全身を硬直させた四葉は、そのまま俺の腕の中へと倒れ込んできた。
「よ……四葉?おい、四葉!?」
 頭のアンテナが取れた四葉の目に生気が蘇っていく。
「あ、兄チャマ……最後に四葉を救ってくれて……ありがとう、デス…………」
 力なく崩れ落ちた四葉を抱きかかえると、俺は夕日に向かって涙した。
「ちくしょう!こんな、こんな結末だけは避けたかったのに……!」
 俺は何という事をしてしまったのだろうか……四葉の、俺に対する想いを……それを自分の勝利のために利用してしまうとは!
 この償いは、何としても果たさねばならない。
(許せ、四葉……給料が入ったら、お好み焼きをおごってやるからな……それとも、もんじゃ焼きがいいか?)


 夕日が一段と傾いて行く……。
 長かった一日が、もうすぐ終わろうとしていた。
 だが、鈴凛との戦いはまだ終わっていない。
 すでに鈴凛の魔の手から逃れ続けた時間は、今までで最も長くなっている。
 明日へと向かって逃げ続ける……それが壮絶な戦死を遂げた四葉に対しての、せめてもの供養になるはずだ。
「次は、どこへ逃げようか……」
 とりあえず、この丘の向こうの隣町に逃げ込めば何とかなるかもしれない。
 そう思って再び逃亡を開始しようとした俺だったが、四葉との戦いに時間を取られた代償は大きかった。
 またしても、俺の前に立ち塞がる人影が一つ。
「り、鈴凛……」
 いや、違う。これはメカ鈴凛だ。頭を見れば分かる。
 しかし、それよりも重要なのは、彼女がどう見ても重火器としか思えない代物をこちらに向けて、今にも発砲しそうな雰囲気を漂わせて立っていることだ。
「うっ……!」
 さすがにこんな物を向けられては、うかつに動くこともできない。
(ど、どうしたらいいんだ!?)
 大ピンチに陥った俺の前に、続けてもう一人……今度は生身の鈴凛が、例の反重力スケボーに乗ってやって来た。
「さすがは最新バージョンの1278号……もうアニキを捕捉したのね」
(せ、1278号!?)
 いきなりの気になる発言だったが、その謎はすぐに解けた。
「あ、他の子達も来たみたい」
 見ると、町の方からこっちへと走って来るメカ鈴凛が一人、二人、三人、四人、五人……数えられたのは、その辺りまでだった。
「な、何じゃこりゃあああああああ―――――――っ!!!???」
 俺が思わず松○雄作になってしまったのも無理はない。
 数百……いや、千人を超えるであろうメカ鈴凛の大群が、俺の視界を埋め尽くしていた。
 もちろん、全員ロケットランチャーやガトリング砲などの重火器装備である。
 彼女たちが整然と整列すると、鈴凛本人がちょっと困ったような顔をしつつ口を開いた。
「もう……アニキがあんまり逃げ回るから、この子達まで使う羽目になっちゃったじゃない……」
 そんなことを言われても、俺には俺の事情というものがある。
 今さら無駄なあがきかもしれないが、何とか時間を稼ぐために質問してみた。
「な、何人いるんだ!?」
「えーっと……確か1327人」
 1327体ものメカ鈴凛が一堂に会しているのは誠に壮観な眺めだったが、俺の知っている限り、メカ鈴凛は一体だけのはずでは……?
「い、いつの間にそんなに増えたんだ!?」
「あれ?言ってなかったかな?」
 聞いてないよーっ!!という一昔前のギャグを心の中で絶叫する俺。
「もしかして、今までの援助を全部それに……?」
「うん、まあ……そんなところ、かな……」
 それにしても、あの金額でこれだけの物を作ってしまうとは、さすがは鈴凛……って、感心している場合じゃない!
 俺から搾取……いや『援助』した金額では、これほどまでに大量のメカ鈴凛を作ることなど出来るはずがない。
(絶対にコレ、どこかの政府か組織から金が出てるって!)
 だったら、なぜ……?
「なあ、鈴凛……お前、本当は俺の援助なんか必要無いんじゃないのか?」
「えっ?な、何言ってるのアニキ?」
 明らかに動揺する鈴凛。やはり俺の読みは正しいようだ。
「俺以外から、たっぷりと援助してもらっているだろ?」
「え、えーっと……」
「これだけのメカ鈴凛を見れば気付くさ。墓穴を掘ったな鈴凛!」
「うっ……」
 もう言い逃れられないと悟ったのか、鈴凛は頭をポリポリとかきながら白状した。
「……うん、まあ……『ある所』から、ちょっとだけ、ね……」
 きっと、国家予算と比べたら「ちょっとだけ」なのだろう。
 ともあれ、これで謎の一つは解けた。しかし、俺にとって重大な、もう一つの謎が残っている。
「じゃあ、なんで……なんで俺を追い掛け回してまで……しかも財布が空になるまで援助を求める必要があるんだよ!」
 一体、どんな答えが返ってくるのか……俺は固唾を呑んで待った。

「まずは、新作発明品の実験台にちょうどいいから」

「…………………………(熱くなる目頭)」

「それから、研究費は一円でも多い方がいいと思うし」

「……………………………………………………(な、泣いているのか、俺は?)」

「あとは、昔からの習慣で、なんとなく、かな?」

「…………………………………………………………………………………………………………(滝のような涙)」

 もう、何も言うまい…………。
 両手を地面に着いてうなだれる俺の耳に、鈴凛の明るい声が聞こえてくる。
「じゃあ、そういう訳で……今回も援助してね、アニキ♪」
 その輝かんばかりの笑顔の背後で、一斉に重火器を構えるメカ鈴凛たち。
「こ、殺す気かーっ!」
 すでに事態はフトコロの危機から命の危機へとグレードアップしていたが、不思議と恐怖は無かった。
 むしろ、これだけの数の砲口を一斉に向けられた人間なんて、この俺が史上初だよな…………と、もはや思考はあさっての方向を向いていた。
「大丈夫。そんなに痛くはないと思うから」
「馬鹿も日曜祭日に休み休み言えーっ!!」
 思わず往年の某ヒーロー番組の名台詞を口走ってしまった俺が最後に見たものは、1327体のメカ鈴凛からの一斉射撃が放たれた瞬間の閃光だった。
「う、うわあああああああっ!!!」


 ……気が付くと、俺はまだこの世に存在していた。
「あ……俺、生きてる?」
 周りを見回したが、すでに鈴凛たちの姿は無かった。
 自分の体には、どこもケガは無かったが、周囲の木々は黒コゲで地面は穴だらけだし、丘の高さは半分以下になっていた。
 その風景も凄かったが、それでも死なない自分も大したものだ。
(もしかして、俺は知らない間に鈴凛の手でサイボーグか何かに改造されてしまっているのか……?)
 そんな恐ろしい想像を頭から追い払うと、俺は肝心な事を思い出した。
「あ、財布!」
 フトコロに手を入れても、そこに財布は無く、それは自分の足元に落ちていた。
 そして、恐る恐る財布を手に取って開けると……。
 財布の中には『アニキ、今回も援助ありがとねっ♪』と書かれた紙と、武士の情け(?)だろうか、百円玉が一枚だけ残っていた。
「や、やられた……」
 今回も、見事に俺の敗北で終わった。
 すっかり風通しが良くなって、吹き抜ける風が心地良かったが、明日からの貧乏生活の事を思うと、気が滅入るばかりだ。
「とにかく、家に帰ろう……あ、四葉も拾って帰らないと」
 沈み行く夕日に照らされた一面の焼け野原を見ながら、俺は思った。
(あれしきの金額をいただくために、全弾発射ですか?絶対に赤字になってるって……)


〜数日後〜

「やっと、この日が来たか……」
 空腹と疲労で重たい体を引きずりながら、俺は待ちに待った給料を引き出しに銀行へと来ていた。
「早く人間になりた……じゃなかった、腹一杯メシが食いたいぜ……」
 しかし、せっかく給料が入っても大半は鈴凛に持って行かれると思うと、気が重たくなる。
 だが、鈴凛に取られる前に全部使ってしまわない自分も自分だ。
 やはり、俺は妹に対して甘いのか、それとも毎回ヒドイ目に遭う自分の境遇を、心のどこかで楽しんでしまっているMなのだろうか?
(やれやれ、俺のバカも来る所まで来たかな?)
 そう思いつつ、通帳を見ると……。
「……なっ!?」
 危うく大声を出してしまいそうになるのを、俺は寸前の所で押し止めた。
 なぜなら、通帳には今までの人生で一度も見たことが無い金額が記入されていたからだ。
「こ、これは一体?」
 もしやと思い、他の銀行にも行ってみたが、全ての通帳には夢のような金額が踊っていた。
「どうなってるんだ、これは?」
 誰の仕業かは一目瞭然だったが、あまりの事に様々な考えが頭の中を駆け巡っていた。
(ま、まさか、ついに銀行のシステムをハッキングして乗っ取ったとか?俺の妹が、そんな犯罪に手を染めてしまうなんて……!)
 今までの行為も充分犯罪的と言える代物だったが、今回は直接金に関わる事だけあって衝撃の度合いは大きかった。
「と、とにかく鈴凛に会って話を聞かないと……」
 俺は、鈴凛の家へと向かった。


 鈴凛は、ちょうど家に帰って来ていた。
 鈴凛の姿を見るや否や、
「り、鈴凛……犯罪は、犯罪はいかんぞ、犯罪はっ!」
 自分でも間抜けな声だと思いつつ、俺は鈴凛の両肩を掴んで叫んでいた。
「な、何言ってるのアニキ?大丈夫?」
「い、いや、だって、あんな大金をどこから……」
「あ、もう振り込まれてたんだ」
「一体何の金なんだ、あれは?」
「メカ鈴凛たちのお金だよ」
 その一言で、ようやく俺は事情を理解した。
「じゃあ……あれを全部売ったのか?」
「うん。この間の一斉射撃の威力を見て、『ある所』がどうしてもって言うから……売っちゃったの。製作者としては寂しい限りだけどね」
「そ、それは……」
 どこに売ったんだ、という質問をしようとして、俺は慌ててそれを引っ込めた。
 自○隊とかアメ○カ軍、という答えが返って来るのが怖かったからだ。
「……賢明な判断だった……と思うよ……」
 心の中で冷や汗をかきながら、表面的には精一杯の笑顔を作る俺。
(どうか世界の軍事バランスが崩壊しませんように……)
 俺は日本と世界の運命に一抹の不安を覚えながらも、今までの援助が決して無駄に終わらなかった事に感動した。
「まったく……こんなお返しが待っているなんて、随分と粋な事をしてくれるじゃないか……」
「まあ、何て言うか……たまには、こういうのもいいかなって思っただけだよ」
「鈴凛、お前って奴は……!」
 今まで散々ヒドイ目に会わされ続けてきたけれど、それも今となってはいい思い出かもしれない。
 様々な感情が渦巻く中、俺は思わず鈴凛を抱きしめていた。
「ちょ、ちょっとアニキ、どうしたの?は、恥ずかしい……で、でも誰も見てないから、別にいいけど…………」


〜約一ヶ月後〜

 ……逃げていた。俺は必死に逃げていた。頭上から雨のように降り注ぐミサイルやビームや光子魚雷の中を。
 今月も鈴凛との戦いが……いや、戦いと言うには一方的過ぎる展開だろう。
 何せ小さく見積もっても身長57メートル、体重550トンはありそうな巨大メカ鈴凛が相手なのだから。
 そんな巨大な物どこで作ったんだとか、何で一ヶ月で出来上がるんだとか、ツッコミどころは満載だったが、そんな事より一刻も早くどこか遠くへ逃げないと、町の被害が拡大する一方だ。
「な、何でこうなるんだ……?」
 すでに攻撃が何発も至近距離に着弾しているが、なぜか俺の体にはかすり傷一つ付いていなかった。
(絶対に俺、改造されて遊ばれてるって!!)
「アニキ、待って〜!援助して〜!!」
 メカ鈴凛の肩に座って、拡声器を持った鈴凛の声が廃墟と化した町に響き渡る。
「金なら山ほどあっただろう!?」
「だって、これ作っちゃったから今月ピンチなんだ。だからア・ニ・キ。援助お願〜い!」
「んなアホな……」
 町の被害は、俺の預金を全てはたけば何とか弁償できるだろう。ただし、それも鈴凛に捕まらずに援助を回避できればの話だ。
(ああ……俺の明日は、どっちだ?)
 爆風で華麗に宙を飛びつつ、俺は魂の叫びを発した。
「いいからそれも売れ―――――――っ!!!」


おわり



あとがき

待っていた人はいないかもしれませんが、何とか二作目のSS(らしきもの)が完成した光子魚雷です。
相変わらずジョジョネタやその他のネタが多発していますが、全部分かってくれる人がどれだけいるのやら……?
とにかく、どこか一つでも笑えた箇所があれば幸いです。
次回作はギャグではなくて、ほのぼの系を書いてみたいと思っていますが、細かい事はまだ何も決まっていません。
メインヒロインを亞里亞にするか、鞠絵にするか……まだそんな所で迷っている最中ですので、きっと完成は来年になるでしょう。
根本的に遅筆な作者ですので、どうか気長に待っていて下さい。
それでは、今回はこの辺で失礼させていただきます。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。


2005.10.23




光子魚雷さんへの感想はこのアドレスへ
cudyu409@occn.zaq.ne.jp

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