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夏は、どこまでも熱く

作者:光子魚雷さん

長い梅雨も明けて、ようやく夏も本番だ。
学校も夏休みに入り、俺は咲耶と千影と共に海へと泳ぎに来ていた。
だが、この二人の顔合わせで何も起こらない訳が無い。
「・・・こうなったら、お兄様を賭けて勝負よ!」
「フッ・・・・・その勝負、受けて立つよ・・・・・」
俺がほんの数分目を離した隙に二人の間で火花が散ったらしく、勝負に勝った方が俺を夏休みの間ずっと独占できるという事になってしまった。
「ちょっと待て。勝手にそんな事を決めるなよ!」
しかし、俺が口を挟む間も無いまま勝手に話は進行して行った。
「勝負の方法は、咲耶くんが決めたまえ・・・・・」
「あら、ずいぶんと余裕ね。いいわよ。それじゃあ・・・」
岸から500メートルほど離れた所に、小さな島が浮かんでいる。そこまで泳いで先に着いた方が勝ち、というルールになった。
「お兄様。そういう訳だから、先に行って待っててね」
・・・そういう訳で、俺は賞品として一足先に島へと渡って待っていた。何とか二人を止めようとはしたのだが、咲耶の眼光と千影のオーラの前に俺は無力だった。
「こうなったら、おとなしく待っているしかないか・・・」
どちらが勝つにせよ、できるだけ周囲に被害が出ないように祈りつつ・・・。


一方、浜辺では咲耶が早くも勝利を確信していた。
「お兄様と一緒の、熱い夏の日々・・・ああっ、何て素敵な響きなの!想像しただけで私、もうどうにかなっちゃいそう・・・お兄様、もう少しだけ待っていてね。私がその胸に飛び込んだら、そのままお兄様を連れてどこか遠くへ・・・あーん!そこから先は恥ずかしくてとても言えないわ!お兄様、ラブよ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「あら、どうしたの千影?お兄様と私の、すでに決定された愛の運命を前に、声も出ないのかしら?」
「・・・・・相手が勝ち誇った時、そいつはすでに敗北している・・・・・」
「な、何よそれ!一体誰のセリフ!?」
「ただの独り言だよ・・・・・そんな事より、そろそろ始めようか・・・・・」
「ちょっと待って。海に入る前の準備運動は常識でしょ?」
そう言って準備運動をしている間、さりげなく咲耶が海の方へと近付いて行くのに千影は気付かなかった。
「それで、スタートの合図は・・・・・」
「私がするわ。お先に!」
咲耶は勝手に開始を宣言し、海へと走った。
「む・・・・・先を越されたか・・・・・」
「やったわ!これで10メートルは離したわよ!」
スタートダッシュを決めるべく、猛然と泳ぎ始めた咲耶に対し、千影は歩いてゆっくりと海に入って行った。不敵な笑みを浮かべつつ・・・。


50メートルほど泳いだ所で、咲耶は後ろを振り返って見た。
千影の泳ぎの実力を知らなかったため、用心して全力でここまで泳いで来たのだが、千影の泳ぎ方が平泳ぎなのを見て安心した。
「あら、平泳ぎ?これなら私の楽勝ね!」
思わず笑みがこぼれたその時、なぜか突然足が動かなくなってしまった。
「えっ!?」
足がつったのかと思ったが、別にどこも痛くはない。
「な、何なの?」
自分の足を見ると、何やら半透明の物が絡まっている。
クラゲのようにも見えたが、すぐにそうではないと分かった。
だって、人の形をしたクラゲなんて存在する訳が無かったから・・・。
「こ、これって、一体・・・?」
「水の精霊よ、そのまま彼女の動きを封じよ・・・・・」
「千影!」
自分が動けない間に、千影が追い付いて来た。
「み、水の精霊って・・・こんなの使うなんて、反則じゃないの!」
「相手の邪魔をしてはいけないとは、誰も言っていないはずだが・・・・・」
「!」
確かに千影の言う通りだった。誰もそんな事は言っていない。
「わ、私とした事が、うかつだったわ・・・!」
相手は千影なのだ。この程度の事を仕掛けて来るぐらい、容易に想像できたはずなのに。それなのに自分は、妄想に耽ってばかりで大事な事を忘れてしまっていた!
「では、先に行かせてもらうよ・・・・・」
千影が、自分を追い越して行く。
「そんな・・・!」
後を追おうにも、この水の精霊とやらがガッチリと自分の足を掴んでいて、沈まないようにしているだけで精一杯だ。
(このままだと、お兄様との熱い夏が千影のものに・・・!)
そんな事、咲耶にとっては悪夢以外の何物でもなかった。
(絶対に・・・絶対に私は千影に勝って見せるわ!)
何かが、咲耶の中で燃え上がり始めた。それは、お兄様へのラブの力・・・もう咲耶に油断は無かった。
「私は、反省すると強いわよ・・・!」
咲耶は、足に絡み付く精霊をキッと見据えた。
「こんなの、引っぺがしてみせるわ!」
「無駄だよ、咲耶くん・・・・・それは普通の人間の手に負える存在では・・・・・」
咲耶は精霊の首根っこをむんずと掴み、力任せに足から引き剥がした。
「何!?」
普通の人間に精霊は触れないはずなのだが、彼女の怒りとラブの力が不可能を可能にしているのだろう。
「こんな精霊ごときに・・・私とお兄様だけの時間を、邪魔なんかさせないんだからあ―――――――――――っ!!」
次の瞬間、精霊の顔面に咲耶の超高速往復ビンタが炸裂した!

「このっ!このこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのぉ――――――――っ!!!」

凄まじい連打を浴び、次第に精霊は原形を留めなくなって行く。
そして、最後の一撃で精霊は推定時速847.2kmで吹っ飛び、水面を31回ほどバウンドした後、海の藻屑と消えた。
「これで、邪魔者は消し去ったわよ!」
再び泳ぎ始めた咲耶は、あっという間に千影を抜き去り、その差を広げ始めた。
「水の精霊を退けるとは・・・・・咲耶くんを少し甘く見ていたようだね・・・・・だけど、どうあがいた所で兄くんは私のもの・・・・・フフフ・・・・・・・・・」


咲耶は力泳を続け、スタートしてから200メートルほどの所まで来ていた。
さっきのような妨害がまた来ない内に、少しでも早く島に着かなければ。
「このまま一気に行くわよ!」
だが、千影がそう簡単に引き下がる訳が無い。
咲耶は、前方から何かが近付いて来るのに気付いた。
「あれは何?」
どこかで見た事のある形だ。水面から突き出た、その背ビレのような物には某映画のBGMが良く似合う・・・。
「さ、鮫!?」
大正解だった。鮫は咲耶の目の前で顔を出し、大口を開けてさらに迫って来た。どう見ても全長5メートル以上はある大物だ。
「きゃーっ!」
脱兎のごとく、咲耶は逃げ出した。しかし、鮫はピッタリと咲耶の後に付いて来る。
「な、何でこんな所に鮫がいるのよ!?」
「やあ・・・・・来てくれたんだね・・・・・」
「や、やっぱり千影、あなたの仕業なのね!」
「その通り・・・・・彼は私の友達、人食い鮫の『ジョナサン』・・・・・」
「何で人食い鮫なんかに友達がいるのよ!」
「細かい事は気にしないで欲しいな・・・・・」
「気にするわよ!」
「ほら・・・・・気を抜いて泳いでいると追い付かれるよ・・・・・」
「くっ!」
何とかして、この鮫をかわしてお兄様の元へと向かわなければ。しかし、この鮫・・・ジョナサンは常に自分を岸の方へと追いやろうとしているではないか。
「これも千影の指示ね!」
「その調子で頼むよジョナサン・・・・・では、失礼・・・・・」
千影が悠然と泳いで行く。このままだと自分の敗北は必至だ。
「そんなの・・・そんなの嫌よっ!」
不意に咲耶は逃げるのをやめ、ジョナサンの方へ向き直った。
(・・・こんな鮫なんかに、私は何を逃げ回っているの?しっかりしなさい、咲耶!さっき自分に誓ったばかりでしょう?絶対に千影に勝つって!)
咲耶の目に、真っ赤に燃える熱き闘志の炎が燃え盛る!
「お兄様を前にして、この私に逃走の文字なんて無いのよ!」
そして、自らジョナサンへと真っすぐに向かって行く。
「たとえ何が立ち塞がっても、この手で打ち砕いてみせるわ!」
寸前まで迫り来るジョナサン、拳を構える咲耶。
そして、両者の距離がゼロになろうとした瞬間・・・!

「てぇりゃあああああっ!!!」

まさに閃光のごとく、咲耶の『必殺烈風正拳突き』がジョナサンの鼻先に炸裂した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
一瞬、時が止まったかのように静止する両者だったが、やがて急所を打ち抜かれたジョナサンが、ゆっくりと崩れ落ちた。
「あなたに、私は倒せないわ・・・」
咲耶はジョナサンに一瞥もくれず、まるで何事も無かったかのように再び泳ぎ始めた。
「お兄様と私の恋路を邪魔する存在は、必ずこうなる運命なのよ!」


咲耶が再び追って来るのを見て、千影はジョナサンの敗北を悟った。
「ジョナサン・・・・・やられたのか・・・・・後でフカヒレだけは取っておくとしよう・・・・・」


ちょうど中間地点の辺りで、咲耶は千影に追い付いた。
「いい加減、あきらめなさいよ!」
「それは私のセリフだよ、咲耶くん・・・・・」
そう言いつつ千影がパチンと指を鳴らすと、突然前方の海面が盛り上がった。
「こ、今度は何!?」
まるで海底火山の噴火の様な水柱の中から、轟音と共に今まで見た事もない巨体が現れた。
「ク、クジラ・・・?」
それにしても大きさが半端ではない。さっきの鮫すら丸呑みにしそうな勢いだ。
多分、30メートルはあるに違いない。
「彼女は私の親友、シロナガスクジラの『クーちゃん』・・・・・」
「・・・な、何て物を出してくるのよ・・・」
「これで、今度こそ君を倒すよ・・・・・」
「冗談じゃないわ!クーちゃんだかキョロちゃんだか知らないけど、今度も返り討ちよ!」
臆することなく咲耶はクーちゃんに向かって行き、再び『必殺烈風正拳突き』を繰り出した!
「てえーいっ!」
ボスッ。
「・・・・・・・?」
さっきとは違い、まるでダメージを与えたという手応えが無い。
事実、その巨体は小揺るぎもしなかった。
「そんな・・・私の正拳突きが・・・!」
だが、咲耶は諦めずに攻撃を続ける。
「このっ!このっ!このーっ!」
しかし、いくら打撃を与えてもクーちゃんには全く通用しなかった。
「あきらめたまえ、咲耶くん・・・・・抵抗は、無意味だ・・・・・」
咲耶の首筋に冷たいものが走る。
(だからって、こんな所で終われないわ!そうよ、今のセリフが妙に機械的に聞こえたのも気のせいよ!)
何とか自分を奮い立たせようとするのだが、この状況を打破する道がどうしても見つからない。
「フフフ・・・・・さあ、我に仇なす敵を飲み込め・・・・・!」
山の様な巨体が跳ねると、そのまま咲耶の上に落ちて来た。
「・・・・・・・!」
咲耶は、悲鳴を上げる間も無くクーちゃんの餌食となった。
「終わった・・・・・」
咲耶を飲み込んだクーちゃんが、潮を吹きながら帰って行く。生まれ故郷の南極海に向かって・・・。
「南極観測隊の隊員達には、いいプレゼントになるだろう・・・・・」
その時、潮吹きと共に何かが飛び出した。
「ん・・・・・?」
それは放物線を描いて千影の前方へと落ちて来た。大きさは、ちょうど人間くらいの・・・。
「まさか・・・・・」
千影の不安は的中した。
何と咲耶がクジラの潮吹きを利用して、南極旅行へのご招待を回避したのだった。
「はあ、はあっ・・・な、何とか脱出成功ね!」
「しまった・・・・・その手があったか・・・・・!」
「実際には無理だから、みんなは真似しちゃダメよ!」
しかも、運の良いことに飛ばされた方向がちょうど島の方向で、咲耶は労せずして千影よりリードする事にも成功した。
「くっ、こんな事になるとは・・・・・」
思わぬ誤算に歯噛みする千影を見て、ここぞとばかりに咲耶が皮肉る。
「どうしたの千影?あなたにしては、お粗末ね!」
得意気な顔をしつつ、千影に手を振って咲耶が泳ぎ去って行く。
後に残された千影は、しばらくその場から動こうとしなかったが、やがてその周囲の空気が音も無く震え始めた。
今までとは比べ物にならないほど強大な青白いオーラと共に・・・。
「咲耶くん・・・・・ついに私を本気にさせたね・・・・・」


咲耶は、島まで残り100メートルほどの所まで来ていた。お兄様の待つ島が、少しずつ大きく見えてくる。
「お兄様との熱い夏まで、あと少しよ!」
咲耶は一段と泳ぎのピッチを上げようとした。しかし、なぜか思ったほど体が動いてくれない。
疲れが出てきたのかと思ったが、そうではなかった。
「水が冷たいわね・・・」
沖に出て来たせいか、少し水が冷たい。いや、少しどころではない。あっという間に水温が下がって行き、これではまるで冬の海だ。
「な、何よこれ!?」
そうは言ったものの、原因は一つしか考えられない。
「千影・・・!」
その気配を背後に感じて振り返った咲耶は、白く輝く冷気を身にまとった彼女の姿を見た。
「・・・・・・・・・!!」
今までとは全く違う迫力に、思わず息を呑む咲耶。
「あ、あなた、何を・・・」
千影は水音一つ立てずに咲耶の目の前まで来た。
「もう容赦はしない・・・・・」
まるで、声まで冷気を帯びているかのようだ。
「絶対零度の中で、凍り付くがいい・・・・・!」
千影が両手を咲耶に向けると、周囲の冷気が渦を巻いて襲いかかって来た。
時ならぬ猛吹雪が咲耶を包み、視界が真っ白に染まる。
「きゃあああああっ!」
ただでさえ水着姿なのに、これではたまったものではない。
(今は、この場から離れないと!)
しかし、その意思に反して手も足も体も全く動かなかった。
「えっ?」
わずか数秒の間に咲耶の周りの海水が完全に凍り付き、動きを封じていたのだ。
「こ、こんなのって・・・!」
氷に閉じ込められた所に、さらに勢いと冷たさを増した冷気が浴びせられる。
「あ、ああ・・・!」
咲耶の体が見る見る内に氷に包まれて行く。
すでに表情は固まり、それとは対照的に千影が笑みを見せる。
「絶対零度は全てを止める・・・・・フフフ、その想いも力も全て・・・・・」
「そんな、いや・・・お兄様・・・!」
このまま自分も、お兄様へのラブも凍り付いてしまうのか。
(私は・・・絶対に・・・お兄様との・・・熱い・・・・・夏・・・・・・・を・・・・・・・・・)
その想いが言葉になることもなく、咲耶の意識も凍り付いて行った・・・。


冷気が消えると、そこには氷の壁が出現していた。
その中に咲耶を閉じ込めた、世界で最も美しいと言える氷の芸術が・・・。
「この絶対零度の氷は、私でないと決して溶かせない・・・・・」
まさに氷のオブジェと化した咲耶。
その出来映えは作者である千影を満足させるのに充分だった。
「このまま札幌雪まつりに出品するのも一興か・・・・・」
だが、今の目的は別の所にある。
「さらばだ、咲耶くん・・・・・さあ、兄くんを迎えに行こうか・・・・・」
余裕の泳ぎで島へと向かう千影。この夏は兄くんと異世界巡りの旅にでも出よう・・・・・そう思った時だった。
(待ちなさい!)
「うっ!」
背後から、まるで声が弾丸となって自分を撃ち抜いたかのような・・・そんな感覚が千影を襲った。
「な・・・・・?」
有り得るはずの無い出来事に千影は、まるで壊れた操り人形のような動きで振り返った。
しかし、そこには氷の壁が何ら変わらぬまま立っている。
「・・・・・空耳か・・・・・フッ・・・・・」
苦笑しつつその場を離れようとした瞬間、千影は再び撃ち抜かれた。
(お兄様と旅に出るのは、この私よ!)
「馬鹿な・・・・・!」
今度こそ間違いない。
「一体・・・・・なぜだ・・・・・?」
どうして彼女の声が聞こえて来るのか、千影には理解できなかった。
「この絶対零度の中で動けるものなど・・・・・」
千影はそこで言葉を呑み込んだ。
(氷が・・・・・!)
氷の壁が震えていた。さらに、その表面を水滴が流れ始めていた。まるで、膨大な熱が中から発生しているかのように。
「こ、これは・・・・・!」
千影は力を感じていた。それは底知れぬ強大さと奥深さを持って、氷の中から外へと膨れ上がろうとしている。
「何だ、この小宇宙(コスモ)の高まりは・・・・・!?」
絶対零度の氷に、ついにヒビが入り始めた。同時に彼女の熱い想いが嵐の様に押し寄せて来る。
(お兄様・・・お兄様ぁぁぁぁぁーっ!!)
その想いとラブの間に生じる臨界状態の圧倒的破壊空間は、まさに咲耶的恋心の小宇宙!!!
「!!!!!」
氷が、爆発した。
その破片は海に落ちるよりも早く、次々と空中で溶けて水滴と化して行く。
そして、その水煙の中から虹を背負って咲耶が現れた。
「咲耶くん・・・・・!」
咲耶はキッと千影を見据えて、静かに口を開いた。
「・・・ずいぶんと涼しい思いをさせてくれて、嬉しいわよ千影・・・」
「う・・・・・」
思わず後ずさりする千影。それだけのプレッシャーを感じてしまう何かが、彼女から発せられていた。
「どうやって、あの氷の中から・・・・・」
「愛に、不可能なんて無いのよ!!」
ビシッと咲耶に言い放たれて、さらに後ろへと下がっていく千影。あの千影が、今や完全に逃げ腰だ。
「さあーて・・・このお礼を、たっぷりと返させてもらうわよ・・・」
そう言うや否や、まるで弾かれたように千影へと突進する咲耶。
とても先程まで絶対零度の中で凍り付いていたとは思えない動きだ。燃えていた・・・咲耶は心の底から燃えていた!
「誰にも負けない、私のお兄様への想いを食らいなさい、千影!」
咲耶が渾身の一撃を放つ。またしても『必殺烈風正拳突き』かと千影は思ったが、そうではなかった。
「!?」
目も眩むほどの虹色の輝きが、千影の視界を占領する!
「こ、これは!?」
それは、最大にして最強のフィニッシュブロー!!
『ウイニング・ザ・レインボー!!!』
「何っ!?」
地球全体が揺れたのでは、と思えるほどの衝撃を伴う一撃が炸裂した。
とっさに魔力の壁でガードした千影だったが、その威力は凄まじく、見事に仰角45度で吹っ飛ばされて行った。
「勝ったわ・・・!」
勝利を確信する咲耶。だが、吹っ飛んで行く千影の表情に敗北の色は無い。それどころか、余裕の笑みを浮かべているではないか。
「フフフ・・・・・かかったな咲耶くん!これが我が『逃走経路』だ・・・・・キミは、この私との知恵比べに負けたのだッ!私が吹っ飛ばされて行くこの方向に見覚えは無いかな?」
「えっ!?」
確かに、あの方向には見覚えがある。
「あ・・・あの方向は・・・ま、まさか・・・!」
50メートルほど吹っ飛んで着水した千影の向こうには、お兄様の待つゴール地点の島が・・・!
「そうだ・・・・・兄くんに近付くための『逃走経路』だ・・・・・」
「そ、そんな・・・!」
何ということだろう。勝利を決定付けたはずの一撃が、逆に千影を有利にするとは・・・!
しかも千影はゴールまであと50メートル、そして自分はまだ100メートルもある。
だが、ここまで来ておいて諦められる訳が無い。
咲耶は大きく深呼吸をすると、千影の後を追うべく猛然と泳ぎ出した。
「まだ勝負は終わっていないわよ、千影!」


咲耶の執念とも言える泳ぎは功を奏し、その差は次第に縮まって来た。
ゴールまで、あと25メートル。
「平泳ぎでしか泳げないのが、ここに来て響いているわね!」
再び千影を射程距離に捕らえた咲耶が、一気に抜き去ろうとさらにペースを上げる。
「・・・・・・・・・・・・・」
不意に千影は咲耶の方へ向き直ると、目を閉じて何やらつぶやき始めた。
「?」
すると、にわかに巨大な波が発生し、咲耶を後方に押し流そうと猛烈な勢いで襲いかかって来た!
「甘いわね・・・」
咲耶は苦笑すると、すぐさま潜水した。これなら、波の影響はほとんど受けない。
波は空しく咲耶の上を通過して行った。
「!」
術をあっさりとかわされて驚く千影の目の前に、咲耶は浮上して来た。
「こんな小細工をするくらいだったら、普通に泳いでいた方が良かったんじゃないの?」
そう言いつつ千影の肩をポンポンと叩くと、咲耶はわざと千影に水しぶきを浴びせながら泳ぎ出した。
「今度こそ、私の勝ちよ!」


勝利の時は目前だった。
お兄様の待つ島まで、あと10メートルも無い。
しかし、最後まで気を抜かずに咲耶は泳ぎ続ける。
「あと少し・・・あと少しよ!」
島で待つお兄様の姿が見えてきた。あの胸に飛び込めば、それが熱い夏の始まりを告げる輝かしい瞬間・・・。
「ああ・・・お兄様っ?」
島まであと5メートル。
もはや勝利は確実・・・だが、なぜかそこから島との距離が縮まらない。
「えっ?」
確かに自分は前へと進んでいるはずなのに。
「ど、どういう事よ・・・?」
思わず泳ぐのをやめた時、その謎は解けた。
「し、島が動いてる!?」
ゴール地点である島が・・・お兄様の待つ島がスーッと水面を滑るようにして自分から離れて行く。
まさに決死の思いでここまで縮めたお兄様との距離が、再び開こうとしていた。
「じょ、冗談じゃないわよ!!」
これ以上離されてなるものかと、咲耶は再び泳ぎ出した。
「こ、ここまで来て何なのよ、これ・・・」
こんな事が出来るのは、ただ一人。
「フフフ・・・・・これこそ本当の『島流し』・・・・・」
「ち・か・げぇぇぇぇぇ〜っ!!!」
「キミと同じように、私も兄くんをあきらめる訳には行かない・・・・・絶対に!」
「だからって島を動かすなんて、無茶苦茶にもほどがあるわ!あなた本当に人間なの?」
「あまり人の事は言えないと思うが・・・・・」
「とにかく!お兄様を渡せないのは私だって同じよ!島を動かしたって、それより速く泳げば済むことじゃないの!」
「フッ・・・・・確かにその通りだよ咲耶くん。できるかどうか、やってみるがいい・・・・・」
「言われなくたって!」
咲耶は泳ぐ・・・力の限り。あと少しで手が届く、愛しのお兄様に向かって・・・。
「絶対に、絶っっっ対にお兄様との熱い夏を過ごしてみせるんだから!!!」


「水平線に沈む夕日って、きれいだなあ・・・」
俺は、遥か彼方の水平線に沈んで行く夕日を、どこか遠い目で見ていた。
そして、視線を横に向けると・・・。
「その島、待ちなさい!」
「島よ、逃げろ・・・・・逃げるのだ・・・・・!」
俺を乗せたまま大海原のド真ん中を走り続ける島のすぐ近くでは、二人の果てしなき死闘が続いていた。
「お兄様のためなら、私はこのままハワイまでだって追いかけて行くわよ!」
「しつこいな・・・・・ならば、次は島を日本海溝の底にでも・・・・・」
・・・この調子だと、一週間後には火星に到着しているかもしれない。
「頼むから、夏が終わるまでには決着を付けてくれよ・・・(涙)」
熱い夏は、まだ始まったばかりだった。


おわり



あとがき


はじめまして。光子魚雷と申します。
ジョジョネタや、その他もろもろのネタに頼りっぱなしのSS(らしきもの)でしたが、いかがだったでしょうか?
ご意見、ご感想などがあれば、送っていただけると嬉しいです。
ちなみに、鮫の急所が鼻先なのは本当です(感覚器官が集中しているため)。もし襲われた時は殴ってやると助かるかも?
某番組で紹介されていたように、乾電池を持っているのも有効みたいですね。
それから、次回作の予定ですが・・・全くの未定です(作者の想像力が貧困なため)。
鞠絵が一番好きなので、彼女のSSを書いてみたいとは思っていますが、どうなることやら。
とにかく、生産スピードには期待しないでいて下さい。
それでは、最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。


2005.8.10


光子魚雷さんへの感想はこのアドレスへ
cudyu409@occn.zaq.ne.jp

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