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五月天使の憂鬱

作者:啓-kei-さん

  澄み切った空。
  春風の残り香が香る空気。
  楽しそうに戯れる小鳥達。
  ポカポカ陽気な今日この頃。
  花穂の目の前に広がる綺麗な赤色の花……。
「どこに花なんてあるのですか?」
  花穂の隣から声をかける春歌ちゃん。
  その顔はとてもすがすがしく、
  この五月の陽気に心を奪われてるよう…。
「あの…花穂ちゃん?」
  春歌ちゃんの右手には春歌ちゃんのお稽古のために使う……
  チアリーディングのバトンによく似た長い棒。
  その先にはキラリと光る銀色の装飾品。
  春歌ちゃんがそれを振り回せば、周囲は瞬時に沈黙に包まれる…。
「花穂ちゃ〜ん! 大丈夫ですか?」
「………春歌ちゃん」
「はい?」
「何この人たちは!?」
  目の前に広がる綺麗な赤色の血の海…。
  春歌ちゃんの持つ棒の先の銀色の部分からはその赤い血が流れ落ちている。
「悪の組織です」
「そんなのいないよ!! それにヒーローさんはいつも悪者さんをこんな残虐な倒しかたしないよ!!」
「だって、ワタクシに一緒に遊ぼうとか、今夜あいてるとか、ちょっと道をお聞きしたいのですがとか、ふしみだらな考えをもって声をおかけになってきたんですよ。まったく…兄君さま以外の殿方は恐ろしいですわ…」
「一人まともな人がいたよ!? 春歌ちゃんのほうが恐ろしいよ!!」
「それよりも」
「え?」
  春歌ちゃんがその天使のような悪魔の笑顔を花穂に向けながらいいました。
「ここで会ったも何かの縁。少し付き合ってもらえないでしょうか?」
「…………危なくない?」
「ええ、大丈夫です。花穂ちゃんに近づく魔の手はワタクシが全て断絶してみせますわ」
「春歌ちゃんが危ないんだよ…」


  花穂は何故か流れ的に春歌ちゃんに連れられて、
  畳の香りのするとても厳粛な雰囲気の漂う春歌ちゃんのお稽古場に来ていました。
「わぁ…いい香り…。花穂、い草の香りも好きなんだ」
「そうですか。ワタクシもいつもこの香りのおかげで集中して稽古に励めます」
「………舞の稽古、だよね?」
「そうですが…何か?」
「う、ううん。何でもないよ。それで、花穂は何をすればいいの?」
「はい。準備をしてまいりますので、少々お待ちください」
「え? わ、わかった…」
  春歌ちゃんは一礼して部屋から出て行った。
  そういえば春歌ちゃん、部屋に入るときもちゃんとお辞儀して入ってたな…。
  そういうのって作法なのかな…。
  やっぱり春歌ちゃんって凄いなぁ、花穂なんかよりずっと詳しい。
  花穂も、この部屋の厳粛さに圧倒されて、何となく正座してみてるけど……。
  もう、少し痺れてきちゃった……。
  花穂も春歌ちゃんみたいにお稽古を毎日やってたら、おしとやかになれるのかな?
  ………足崩してもいいかな。
  それにしても…今日はいいお天気だなぁ。
  部屋の障子を開けてみると、同じ風でも外とは少し違った香りがほのかにした。
  障子から見える鹿威しが「かこん」と音をたてた。
  目を閉じて、大きく深呼吸をすると肺いっぱいに心地よい空気で満ち溢れた。
  暖かな陽気に誘われて、だんだんうとうとして………。


「……ん………ほ…ゃん」
「……ん……」
「花穂ちゃん…花穂ちゃん!」
「……あっ……。ごめんなさい…花穂寝てた?」
「ええ。とても気持ちよさそうだったのですが、こんなところでお休みになると風邪をひいてしまいますよ」
「ご、ごめんなさい。それより……」
「え? あ、これですか」
  花穂が目を覚ましたとき、春歌ちゃんは綺麗な着物を着ていた。
「稽古用にいつも使ってる着物です。これで花穂ちゃんにお手伝いしてもらいます」
「花穂はこのままでいいの?」
「はい。花穂ちゃんはいつも通りで結構です」
「そうなの? 花穂は何をすればいいの?」
「はい。チアリーディングを見せてください」
「え? ここでチアを?」
「はい」
  はい、って…。
  舞のお稽古をする場所でチアを?
  別に構わないんだけど、先に言っててもらえば花穂もチアの衣装に着替えたのに…。
  それに今、バトンを持ってないし…。
「あ、バトンはこちらをお使いください」
  そういって、春歌ちゃんが差し出したものは、太鼓のバチ?
「何でこんなものが…」
「これを代用品としてお使いください」
「う、うん…」
  ま、まぁ…、ちょっと長さも違うし、バトンよりも重いけど、
  何とかなりそうな気もする…。
  ちょっとこの厳粛な雰囲気の中では場違いなのかもしれないけど、
  花穂は春歌ちゃんの見守る中、チアを披露することにした。
  まず小さく深呼吸…。
  よしっ!
  1・2・3・4…5・6・7・8……
  ここでバトンを八の字に回しながら……
  1・2・3・4…5・6・7・8……
  バトンを上に投げて、時計回りに回りながら一歩後ろに後退して…
  フィニッシュ!!
「…………ど、どうかな?」
「………………」
  春歌ちゃんは真剣な面持ちで、じっと花穂を見つめていた。
  春歌ちゃんが花穂のチアの何を見たかったのかはわからないけど、
  花穂はバトンの代わりの重いバチでも簡単な動作が出来ることがわかって、ちょっと満足、かな。
  そしてずっと黙って花穂を見つめてた春歌ちゃんがゆっくりとその口を開いた。
「…………ぐぅ…」
「寝てる!?」
「はっ!? ……すばらしい演技でしたね」
「春歌ちゃん寝てたでしょ」
「次はワタクシが舞を披露したいと思います」
「……………」
  春歌ちゃんはゆっくりと立ち上がり、
  袖口から扇子を取り出して、まるで鳥のようにその独特の旋回動作をこなしていった。
  花穂はそのあまりに綺麗な……ううん。とても妖艶な美しい舞に魅了されてしまっていた。
  だから、春歌ちゃんがいつの間にか舞を終え、三つ指ついてお辞儀をしていることに気付くのに時間がかかった。
  春歌ちゃんがゆっくりと頭を上げて、にっこりと花穂に微笑を向けた。
「どうでしたか?」
「す、凄かったよ春歌ちゃん! とっても綺麗だった!!」
「ふふ、ありがとうございます」
  舞を終えた後も春歌ちゃんはとても綺麗で、まるで別人のようだった。
「それで…花穂のチアは何の意味があったの?」
「はい。花穂ちゃんのチアとワタクシの舞……どこか通ずるものがあるのでは、と思いまして」
「花穂のチアと!? そ、そんな…春歌ちゃんの舞に比べたら花穂のチアなんて…」
「そんなことありません。花穂ちゃんのチアもすばらしいものでいたよ」
「だって…花穂のチアは雑で、バトンをグルグル回してるだけで、ちょっとまだ危なっかしかったもん…」
「…雑で……グルグル………」
「春歌ちゃん?」
「それですわ!!」
「え?」
  そう言って、春歌ちゃんは急に立ち上がり、
  袖口から木の矛を取り出して……
「何でそんなものが!?」
「見ていてください。これが…」
「ま、まさか……」
「これがワタクシの舞の新境地ですわーっ!!」
「わ〜っ!?」
  思ったとおり春歌ちゃんは扇子の変わりに矛を持って、
  さっきの舞に花穂の八の字の技とかを盛り込んで踊り始めた。
  長い矛の先が厳粛な空間を次々と破壊していく。
「春歌ちゃん! や、止めてー!!」
「ここで矛を投げて……フィニッシュ!!」
「きゃーーーっ!!?」



「……ん………ほ…ゃん」
「……ん……」
「花穂ちゃん…花穂ちゃん!」
「……はっ!? ゆ、夢?」
「汗びっしょりですけど…大丈夫ですか?」
  花穂が目を覚ましたとき、春歌ちゃんは綺麗な着物を着て、心配そうにこっちを覗いていた。
  荒らされたはずの部屋は、さっきと同じように厳粛のある、とても落ち着いた雰囲気の部屋のままだった。
「夢だったんだ……あっ!? 春歌ちゃん…その服装は…」
「はい。稽古用にいつも使ってる着物です。これで花穂ちゃんにお手伝いしてもらいます」
「え!? もしかして…!!」
「はい。これから外に出ますよ」
「……へ? 外?」
「はい。外で新しい舞を披露したいと思っているんです。その舞を花穂ちゃんに見てもらいたくて…」
「な、なんだ……そういうことなら任せてよ!」
「ありがとうございます」
  あぁ、ビックリした…。
  変な夢見ちゃったから、ちょっと疑っちゃった…。
  舞のお稽古をお手伝いするならいいか…。
  チアを披露するんだったらちょっと気がひけるけど…。
  花穂は何となく風を感じるために障子を開けてみてさわやかな風を流れ込ませた。
「……あれ?」
  気のせいかな?
  何か…違和感が…?
  「かこん」と聞いたことのある音がした。
  でも、何か…何か違和感を…。
「さ、花穂ちゃん。行きますよ」
「う、うん…」
  何か違和感を感じながらも、花穂は春歌ちゃんについて外に向かった。
  添水の音をバックに、知らない道順をたどりながら………









あとがき

どうも啓−kei−です。
突然ですが、鹿威しと添水の違いって何ですか?
違うものだと思っていたのですが、同じ物だったりします?
自分で調べるのって面倒なもんで(他力本願)!

さて、本作は『咲耶の憂鬱』の後に書かれた春歌のBDSSです。
咲耶の憂鬱が春歌のBDSSの予定だったのですが、やはり春歌を前面に出さなければってことで、
春歌の誕生日二日前に書き始め、速攻で書き上げてしまったので、とてもネタが中途半端です。
ま、今に始まったことじゃないんで(死)

各々のキャラの性格や作者の根性にツッコミどころ満載ですが、感想・批判があれば何でもいいので送っていただければ嬉しい限りです。


啓-kei-さんへの感想はこのアドレスへ
fairytale@mx91.tiki.ne.jp

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