トップへ  SSの部屋へ 


  冬の寒さが徐々に揺るぎ始める2月の終わり頃、
  可憐と咲耶は枯れ葉のつもった道を歩いていた。
「ついに明日ね…」
「明日……お兄ちゃんの卒業式、ですね?」
  心なしか二人の会話にあまり覇気がない。
  ずっと俯き気味に歩いている。
  妙な沈黙に耐えかねた咲耶が「ふぅ」と小さくため息をつく。
「なんだか…時間が経つのは早いなぁ、て感じよね」
「ふふふ、咲耶ちゃん…なんだかお年寄りみたいなセリフですね」
「……悪かったわね」
  すこし会話をすると、また同じように沈黙がおとずれる。
  先程から同じことの繰り返しが続いている。
  つまり…咲耶はずっとため息をついている。
「何で…お兄様の卒業なのに私たちがこんなに落ち込んでいるのかしら…?」
「う〜ん……何で、ですかね…?」


卒業 〜私達の明日へ〜

作者:啓-kei-さん


「それで…ずっとこんなところでじっとしてるのかい…?」
「そうなのよねぇ…」
  結局、二人で公園のベンチに座っているところを、
  二人を見つけた千影が声をかけ、今までの経緯を聞かされたところだった。
  と言っても、経緯も何も二人はずっと黙っていただけなので、
  とりわけ話すことなどなかったのだが…。
「しかし……君たちは興味深いね…」
「何がよ…?」
「フフ…」
「何そのふくみのある笑いは…」
「あのぉ…」
  咲耶と千影が静かな論争をしているところへ、
  可憐が申し訳なさそうに手を挙げながら言った。
「どうしたの?」
「いえ…せっかくなんで場所を移しませんか? …ここはちょっと寒いかなぁ、って…」
「……そうね…近くのカフェテリアにでも入りましょうか…」
  咲耶は先にベンチを立って、歩き始めた。
  その後を可憐と千影がついて行った。


「それで……君たちは……何を悩んでいるんだい?」
「だからそれがわからないから…困ってるんじゃない」
「フム…」
  三人はカフェに入り先程の話の続きをしていた。
  主に咲耶と千影が話し合ってる間、
  可憐は一人ストロベリーパフェをつついていた。
「兄くんが卒業を迎えると何か…困ったことがあるのかい…?」
「……さぁ…? でもな〜んか、落ち込んじゃうのよね…」
「つまり……不安なんだろう…? 兄くんが大きくなっていくのが…」
「不安…? 大きくなることが…?」
  咲耶は千影の言葉を反芻した。
  千影はコーヒーを一口ふくみ、つづけた。
「兄くんが自分から離れていく…そんな不安があるのではないか?」
「お兄様が…私から……そう、ね…」
「しかし…そんな突然兄くんが君たちから離れるわけないだろう…」
「それは…そうなんだけど…」
  咲耶はずっと口を濁しっぱなしなことに気まずさを感じ、
  頼んだカプチーノに口をつけた。
  可憐はパフェに入ってる大きなイチゴを残しながらパフェを食べていた。
「フフ…」
「何よ、その笑いは…?」
「いや…兄くんの入学式のときもこんな感じだったな…と思ってね…」
「……そうだったかしら?」
「特に咲耶ちゃんは兄くんに関するイベントのときは…変に敏感になるね…」
「悪かったわね…」
  咲耶はばつが悪そうにカプチーノを飲んだ。
  つられて千影もコーヒーを飲んだ。
  可憐は最後に残ったイチゴを美味しそうに食べていた。
「でも…咲耶ちゃんも感じたことがある…だろう? 新しい環境を迎える時に感じる…期待や不安…」
「…? それって入学式のときとかのこと?」
「別にそれだけとは限らないさ……そう…なんでもいいさ…」
「なんでもねぇ…ピクニック前の準備のときのワクワクした気持ち…とか?」
「…………まぁ……そんなものさ…」
「いちいち気になるわね…」
「フフ…」
  千影は足を組みなおして、寒そうに人々が歩く道を見た。
  つられて咲耶も外を見た。
  小学生くらいの小さな兄妹が手をつないで歩いていた。
  可憐はウエイターを呼んで新しくチョコバナナパフェを注文した。
「あの二人…とっても仲良さそうね」
「そうだね…。私たちにも…あんな日が会った…はずさ」
「あら、今でもお兄様の腕は私の指定席よ」
「……それは…認められないね…」
「え?」
「フフ…」
  咲耶は不機嫌そうな顔をしながら、空になったカップをくるくると回した。
「つまりそういうこと…さ」
「どういうことよ?」
「私たちが小さいときから今まで…ずっと兄くんと一緒だった…ずっと支えられてきた……そしてこれからも…ね」
「………でも…いつか…お兄様は…」
「フム……いつかな?」
「そ、それは…」
「いつかは未来…今は未来の過去…今の全てが未来につながる…。今君が不安でいて…未来の君はどうなるのかな…?」
「………? もしかして…ちょっと難しい話をしてる?」
「さて…どうかな?」
「あぁ、もう…!! 何なのよ、一体…」
「フフ…」
「それより……可憐ちゃん?」
「ふぁいっ!?」
  さっき注文したばかりのパフェをかる〜く食べ終えて、
  口いっぱいにパフェをふくんだまま新しいものを注文しようとしていた可憐に、
  咲耶はいぶかしげな目をむけて言った。
「よく…そんなに食べられるわね…」
「え、えと…その…」
「そういえば……今日から一週間ほど…いつもよりパフェの値段が安くなるんだったね…この店…」
「……可憐ちゃん」
「はい…」
「最初からパフェが目当てだったんかいっ!!」
「あ、あぅぅ…」
「フフ…」
「まったく……とりあえず、もうそろそろ帰りましょうか?」
「あ、ちょっと待ってくださいっ!」
  席を立とうとする咲耶に可憐は慌てて声をかけた。
  咲耶が面倒くさそうに可憐に目を向ける。
「なによ?」
「あ、あと一杯だけ…」
「んなっ!?」
「フフフ…」
「あ、あんた…まだ食べるつもりなの!?」
「は、はい…次が…本命…」
「はぁ!?」
  ちょっと照れて下を向く可憐に、笑いの止まらない千影を、
  咲耶は呆れたように見て、仕方なく席に座りなおした。


「咲耶ちゃんひどい…」
「当たり前よ!」
  咲耶は、可憐に伝票を押し付けて自分達の分の料金も払わせた。
  結局、可憐は計4杯…つまりあの後2杯注文した。
「その体のどこにアレだけのパフェがはいるのかしら…?」
「フフ…興味深いね…」
「千影ちゃんまでそんなこと言う〜…」
  少し頬を膨らませて可憐は言った。
  その時、ふと咲耶は気が付いた。
「そういえば…今日はよく笑うわね?」
「私のこと…かい?」
「ええ、この食いしん坊じゃないわ」
「うぅ…」
  千影は顎に手をあて少し顔を上に向け、
  空を向く形になり、少し考えてみた。
  対照的に可憐は顔を赤くして下を向いている。
「そうだね…今日は楽しい日…だったね」
「なんでよ…私はずっと悩んでるのに…」
「楽しくなかったのかい?」
「う〜ん…」
「私たちはずっとこうして今日までの日々を過ごしてきた…。そして…これからもそれは続いていく…そうだろう?」
「……………」
「私たちが過ごしてきた日々には兄くんがいて…咲耶ちゃんや可憐ちゃんや他の皆もいて…ときに悩んで、怒って、泣いて、笑って、また悩んで…私たちが繰り返してきた日々に偽りはない…その記憶があるから私たちはまた新しく歩いていける…」
「………やっぱり…難しいわね」
「フフ…それに咲耶ちゃんは…これからも兄くんの腕を占領しようとし続けるのだろう?」
「当たり前よ、というかもう私の指定席なのよ!」
「フフ…そういうことさ…」
「だから……やっぱり難しいじゃない…」
  咲耶は今日千影と話したことを思い出してみたがやはりよくわからなかった。
  千影はそんな咲耶に目をやりながら可憐に尋ねてみた。
「可憐ちゃんは…どうだい?」
「え? 何がですか?」
「兄くんの事だよ」
「お兄ちゃんですか?」
「可憐ちゃんは兄くんを…どう思っている?」
「可憐は、お兄ちゃんのことが大好きですよ」
「何でだい?」
「だって、お兄ちゃんと一緒にいると楽しいし、お兄ちゃんと一緒にいると自然と嬉しくなってきます」
「お兄様と…一緒…自然と…?」
「咲耶ちゃん?」
  ずっと一人俯きながら考えていた咲耶が可憐の言葉に反応し顔をあげた。
「……これは…はっきり言えば解決するかわからない問題だ…。考えたところで…答えが見つかるとは限らない…。でも…だからといって…兄くんが私たちから完全に離れていくことはない…。私たちが兄くんを想う気持ちも同様に…ね」
「私が…お兄様を想う気持ち…」
「咲耶ちゃんは…兄くんが大きくなれば…その気持ちを失うのかい?」
「そんなことないわ! 私はお兄様を世界で一番愛してるんだからっ!!」
「なら……それでいいじゃないか」
「え…?」
「これからも…咲耶ちゃんは兄くんLOVE…なのだろう?」
「…………何よそれ…?」
  千影はそう言うと、かるく手を上げ、咲耶と可憐とは違う方向へ歩いていった。
  咲耶は千影の後姿が人ごみに消えるまで見続けていた。
  そして…
「なんだか…今日は千影ちゃんに上手く乗せられてたって感じがするわ…」
  言った後、今日一日を振り返ってみて、なぜ自分が悩んでいたのかわからなくなったことに気付いた。
  そう思うと、なんだか面白くなってきて、自然と笑みがもれた。
「私がお兄様を想う気持ち…か。そうね…私がお兄様を想う気持ちは変わらないもんね…。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのかしら? ねぇ、可憐ちゃん……可憐ちゃん?」
  気付けば、さっきまで近くにいた可憐がいなくなっていた。
  咲耶は慌てて周りを見渡してみた。
  もしかしたらさっき千影を見送ったときに気付かず先に行ったのかもしれない、とも思ったが…
「咲耶ちゃ〜ん!!」
「可憐ちゃん!?」
  意外にも近くから声が聞こえたので咲耶は驚いて声のした方向をみると…
「このお店のケーキが今日だけ安くなってますよぉ〜!!」
「……………」
  店の前に置かれた小さな看板に書かれたケーキフェアの宣伝を指差しながら、
  可憐は嬉しそうに顔を緩まして、咲耶に手を振っていた。
  咲耶は呆れながら、
「……可憐ちゃんにも上手く乗せ……いや、振り回されたような日だったわね…」
「咲耶ちゃん、早く早く!」
「まったく…」
  咲耶は手を振る可憐の笑顔を見ながら、
  ふと、今日見た兄妹のことを思い出した。
  そして、今日一番の笑顔で可憐にところへ走っていった。
「もちろん可憐ちゃんのおごりよね?」
「えぇ!? 何でですかっ!?」










あとがき

どうも啓−kei−です。
突然ですが、僕は卒業式ってのがあまり好きではなかったり…。
いや…勉強は嫌いなのですが、卒業するとともに終わる軽い友情もあるわけで(暴言?)
その、もう会えないのか、って感に弱いんですよ…。
結構、ナイーブなんで(笑)

えっと、どんなもんでしょう?
「未来に対する不安」をテーマにしてみましたが…
してみたものの…終わりを考えていなかったもので、最後は何だかあやふやになってしまいました。
ちなみに僕の座右の銘は「今日の自分がダメなら、明日の自分はどうなる?」って意味不明な言葉…格言でもなんでもなし、ただ小学生のころにふと思いついて気に入ってるだけ。本文中の千影の言葉に似てるかなぁ…。

各々のキャラの性格や作者の感性にツッコミどころ満載ですが、感想・批判があれば何でもいいので送っていただければ嬉しい限りです。


啓-kei-さんへの感想はこのアドレスへ
fairytale@mx91.tiki.ne.jp

トップへ  SSの部屋へ