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妹姫物語《ニレネニシュルトアンスクルス》 命運魔法(仮)外伝

断章『ゴフェル(四葉)T』

作者:Prof.ヘルさん

 イスファニト帝国―――この北方の大国の名を知らないものは、ラキエ大陸においてまずいないだろう。
 大陸北方に広がる大小両イルス平原を中心に支配し、東部の大王国ミドゥガルドと並ぶほどの伝統をもつ大帝国である。
始祖は大虹神イリスの子孫、帝国の名と首都イリルガルドはそれに由来している……と言われている。
 北方ではあるものの、それほど寒さが厳しいわけではなく(と言っても冬になれば当たり一面、銀世界へと変貌してしまうのだが)、有する大平原・大河がもたらす恵みによって、イスファニト帝国は永きに渡る繁栄を謳歌している。
 その国力と互角に渡り合えるのは、中原を支配する"曙の王国<;テーラ>と、ノーゼル以北の広大な平原を支配す"ミドゥガルド王国"くらいのもので、北部諸国を圧倒している。
 それゆえその影響力は絶大で、アガツチ・クリジーク・ミュンツァ小人の三公国はイスファニト帝国を宗主国とし、いずれもイスファニトに倣って、女公統治を布施しているのである。
 女帝である点からも分かるとおり、女性優位の社会であり、繊細かつ優美な文明で、学術の都としても有名だ。
帝都イリルガルドは、北部における文明発祥の地であるとともに、現在も北部文明で最も先端をゆく京[みやこ]である。

 その遥か西の地、大アードリア湖と神嶺山脈が接するあたりに、かつて風晶鉱山で繁栄したエルフォなる小さな町がある。
 全ては、この町が翳り始めた一四四一年岩月四日に、ひとりの幼子が預けられたとき既に動き出していた。
 幼子の名は、ゴフェル=イーレテイアといった。

 1

 イスファニト帝国の歴史書を紐解けば、帝国の歴史は北の巨人国ボロワールとの戦いの歴史である、ということが分かるであろう。
古えの時代から、帝国北のボローニト山脈を境に、二つの相容れない種族―――"北方大地の民[イリル人族]"と"氷の巨人族[ボロワール]"は互いに侵攻を繰り返してきた。
 氷の巨人族は魔力・体躯ともイリル人族よりあきらかに強大であり、特に氷の体は剣戟をもはじき返すほど硬いのである。
 が、その体ゆえに熱にめっぽう弱い、という致命的な弱点がある。
帝国軍はその弱点を上手く突いて、この強敵と互角に渡り合い、結局、冬はボロワール国、夏はイスファニト帝国が攻勢に出、二国は一進一退を繰り返すのみで―――もはや悠久といっても差し支えないだろう時間を戦い続けている。

そして帝国暦一四五三年『火月』一〇日、北方最前線であるボローニト山脈砦は敵の攻勢を防ぎきれず陥落、イスファニト帝国軍はすぐ南のボロウ・イルス川中域の都市レンドリアまで退いていた。
 『火月』は、名の通り『火』の属性が活性化する周期で、それにともない『熱』『光』『雷』等も活性化するために世界的に暑くなる―――大陸北部とはいえ、それなりの暖かさになる―――ので、氷巨人たちの力が最も弱まる月である。
 だというに、逆に北からの攻勢に押されている、というのはどういうことか?
 つまり、攻めてきているものがボロワールではないのだ。

 ………順を追って説明しよう。
 火月一日、イリルガルドの遥か北の大都市イルス・ボロウに、水陸兵六万という大軍が終結していた。
 すなわち、ボローニト山脈を再び支配下へと治めるためである(あわよくばさらに深奥まで攻め込もう、という意思はある)。
 兵を率いるのは帝国唯一の王位継承者、イールエル。若干一五歳ながら、病床の帝に代わり、兵を率いることとなった。
 既に三年前に初陣があり、戦功も多数ある。
戦場においても毅然とした態度に敬意を払う将兵は多い。
三日になり、帝軍は山脈へ侵攻を開始した。
予想通りボロワールはさしたる抵抗もせず、七日には山脈以北からほとんどのボロワールは駆逐され尽くした。
八日になって、イールエルは陸軍のみを率いてボローニト山脈を越え、ボロワール領へ侵攻した。
火月・土月(何しろ正人は大地の民であるから)の間は帝軍が有利である。
そこまで急ぐ必要はなく、むしろゆっくりじわじわと進軍していくスタンスをイールエルは採用して………北から炎が、火の巨人たちおりてきたのである。
火の巨人、即ちスルドールとは、ボロワール西のボーア山脈を越えた遥かな向こう、カナト山脈の北の荒野――通称"炎の大地[ムスペルヘイム]"――に住んでいる、体が火で構成された巨人たちのことであり、その性質は、ボロワール以上に好戦的で、正人に対して害意を抱いている。
同じ巨人族とはいえ、ボロワールの信奉する神はボラス―――北風正神であるが、スルドールは堕落した悪意の炎―――炎皇アモンを信奉していることからも分かるだろう。
 
 この予想外の強敵に襲われた帝国軍は、態勢を整えられないまま瓦解し、敗走するしかなかったのである。
 指揮官イールエルの行方は不明になり、帝国軍でボロウ・イルス川流域の都市レンドリアまで退却できたのは、僅かに出発したときの十分の一であったという。
 そしてそのことは、病で床に伏せっている皇帝レシア32世のさらに大きな心労となり、より病状を悪化させていた。

―――イスファニト帝国帝都イリルガルド、謁見の間……通称"七色の広間";。
床は透き通った黄色をした希少鉱ゼル・フォルク[雷晶]のみで作られ、様々な色の支柱が完全な左右対称で並べられており、透き通る硝石の頂きを支えている。
その玉座に腰掛ける人物こそ、大帝国イスファニトの皇帝である。
しかしてその壮麗なる"七色の広間"の玉座に腰掛けるべき人物――即ちレシア32世は、熱月九日、その奥の一室で床に伏せっていた。
レシア32世は45歳になった今でも優れた美貌をもつ女帝であったが、今は病気のため、その美貌に翳りが落ちていた。
周りには主だった重鎮―――宰相ゼレディンドや巫主アイスなど―――が心配そうな面持ちで集まっている。

「皆に集まってもらったのは、他でもありません……わたくしの世継についてです……」

 唐突なこの言葉に、そこに集まった一同は、例外なく硬直した。
 一番先に我に返ったのはゼレディンド相であった。

「何をそんな弱気なことを」

 彼は語気を強めて、そう言った。
 ゼレディンド、45歳。
 身の丈は1.1ラール(1.7メートル)超で、なかなか渋いオジサマである。

「帝がそのようではなお……」
「分かるのです、ゼレディンド。わたくしの生命の、残りがほとんどないことが……」
「…………」

 ゼレディンドの言を遮った帝の言葉に、彼は沈黙する。
確かに、帝は傍から見て取れるほど衰えが激しく、今はまだ意識を保っているが、いつ危険な状況に陥るとも知れない病床である。

「それで、スルドールはどうしていますか?」
「はっ、スルドールはボローニト山脈を越えた後も南下を続け、レンドリア対岸を占拠し、そこで静観の構えのようです」

答えたのは、イスファニト帝国の政治最高位階"宰相[ウルラ]"と並ぶ軍事最高位階"大将軍[ダ・テルラ]"アスカである。
容姿端麗、才色兼備という非の打ち所がない女性で、遥か南方の地から移住してきたものの子孫であり、帝国一の長柄術の使い手で、誰一人勝るものはいない。
彼女には娘が2人いたが、今は追放処分となっていた。
だというのに、彼女がこの地位に今だついているのは、それだけ彼女が優秀である、ということの証明に他ならない。

「流石に大河北虹[ほくこう=ボロウ・イルス]を越えるのは、あの体では無理でしょう。確かに火を纏う大鳥の存在も確認されていますが、彼らを乗せて飛ぶことは不可能であります。まずもって北レンドリアは落ちることはないでしょう」
「それは頼もしい限り。そのまま上手くやってください……」

 しかし、レシア32世の顔色がいっこうに晴れないのは、もうひとつ重大な問題があるせいだろうか。
 巫主(神事最高位であり宰相、大将軍と同等)アイスが心配そうにかがみこみ、元気付けるように皇帝の手を握る。
 アイスは帝と幼馴染であり、無二の友であるため、帝と同じくらい顔色が悪かった。
 回復呪文というものは、基本的に存在しない。
 たしかに中空に漂っている魂を体内に取り込めば、魂が補完され確かに病状は回復するだろう。
だが、魂というものはその人固有のものであり、上のような事をすれば記憶が失われたり、体が動かなくなったりするという後遺症がほぼ間違いなく発現する。
そもそも人は、意思を持つ魂……スルーア[幽鬼]やマム・レラグノ[精人]を見て触ることもできるが、からっぽの魂を見ることはおろか、触れることすら叶わないのである。

「……イールエルについて、新たな情報は……?」
「隠密を放っていますが、まだ、杳として知れません」

直立の姿勢で答えたのは、諜報部長レネクーヌ。
皇帝直属の精鋭を選りすぐった諜報部隊"虹"の構成員50名を束ねる、金髪黒瞳が美しい女性で、皇帝の信任も厚い。
が、今はその美しい顔も、申し訳なさそうに俯いている。

「巨人族に紛れるのは不可能ですから、どうしても情報が不足してしまいがちで……」
「そうですか……」

レシア32世が瞼を閉じる。
苦悩に満ちた表情で、哀しみをこらえつつ、レシア32世が瞼を開く。

「話を戻します。わたくしの世継はイールエル……と思っていましたが、もはや生きていないでしょう…………呼び戻してください、もう一人の帝位継承者を」



火月10日、草木も眠る時刻、エルフォの町。
 月は雲に隠れ、ほとんど光は遮られており、ただ暗闇のみが外の世界を覆い尽くしていた。
月の光は、多分に聖性を含んでいる。
こういう曇りの夜はあたりの聖性が少なくなり、そのためにスルーアやその他の悪鬼どもがいつもより活発に蠢くのである。

そしてこの日、エルフォ街中に闇に紛れて蠢く集団が侵入していた。
彼らは下から上まで闇に溶け込むかのような黒で、彼らの跨っている馬すらもそれと同じく真っ黒である。
暗中に眼を凝らしても、ほとんど気がつかないだろう………闇の中で闇が踊っているようにしか見えないかもしれない。
唯一彼らが存在することを証明するのは、僅かに聞こえる馬蹄の音のみである。

彼らはゆっくりと歩みを進めている……どこか赴く場所があるらしく、時々立ち止まっては、互いに目をかわし道を確認している。
極力音を立てないようにしており、ほとんどの住人が寝ているこの時間帯、普通であればまず気づかないであろう。
と、彼らの間に唐突に緊張が走り、彼らが立ち止まった……前方に、突如として人影が現れたからだ。
それは少女であった。
肩甲骨のあたりまである黒髪の後ろをリボンで止めており、僅かな光を反射する瞳は理性的な輝きが宿っているように見える。
少女はひたと、闇より深い彼らを見据えている。
一瞬、三人の者たちは身構えたが、すぐに訝る………なぜ、この闇夜に少女が一人で?
 が、その一瞬の躊躇いが、まさしく明暗を分ける。
彼らがその動きを止めた一瞬、少女のその小さな口が開き、透きとおった声が紡ぎだされる。

「闇に生きる者よ、光の前に平伏すがよい。閃光の矢[ソウェン・テーヴィル]」

それは宣戦布告であった。
宝玉が輝き、彼女の指の先から光線が放たれる。
何とかこれをかわす三人……閃く光が、一瞬だけ彼らの姿を浮かび上がらせる。
その皮膚の色は灰…………それは人ではなく、黒衣―――昏人で最も手ごわい種族、なおさら夜であれば―――であった。
初撃をかわした黒衣たちが、態勢を整えなおしているときに、屋根の上から新たな影が黒衣の後に躍り出た。
落ちながら一人の頚部を切り裂き、異変に気づいた二人の黒衣が振り向くと時を同じくして、片方の喉元に小さなナイフが突き刺さり、馬から転げ落ちる。
残った一人に少女が新たに放った光線が突き刺さり、さらに一瞬のうちに接近した影が
黒衣の首を掻き切り、止めをさした。
全てはほぼ一瞬の出来事であった。

「姉君様」
「案外、手ごたえがありませんでした」

後から現れた人影……これもやはり少女が、いつのまにか近づいてきて話し掛けた少女に返事を返す。
暗闇でよく分からないが、屋根の上から現れた少女の方が身長、及び髪が長いようである。
姉君様と呼ばれた少女は、すこし残念そうに、

「やはり黒衣のようです。三日前も外でうろうろしていれば、私が気づかないはずがないです」
「珍しいこともあるものですわ。……やはり、彼女を狙って?」
「それ以外に、ここまで黒衣がひそひそと忍び込む理由がわからないです」

『姉君様』の言葉に、少女が首肯する。
昏人の血で汚れた刃を拭いながら、『姉君様』は小首をかしげ、

「やはり、ヴァランヘール大公国にトゥール人とスルドールの連合が攻め込んだのと原因があるのかしら?」
「大公国の状況が、今ひとつ伝わってこないので、なんとも言えないですけど……」
「そうですわね……まだ三体だから良かったものの、これ以上増えるとちょっときついですね……『彼』はまだ、実戦に慣れていないから」

 ヴァランヘール大公国は、冒頭でも触れたがイスファニト帝国西隣の名目上属国で、西のコール海に面している。
 コール海を挟んで対面する国がトゥール帝国であり、昏人の帝国である。
 また、アガツチ大公国から陸続きに南下すると、サマルマニヌ小人帝国であり、小人最大の勢力である。
『姉君様』が、『妹』に向き直る。

「まぁ、帝軍が動いてますし……私たちが心配する必要もない筈ですわ。じゃあ静雪[しずゆき]、後始末をよろしくお願い」
「了解です、姉君様」

静雪と呼ばれた少女がかがみこみ、冷たい地面に横たわった黒衣に宝玉を押し当て、何事か呟く。
すると宝玉が一瞬まばゆい光を放ち、黒衣が光に包まれ瞬間、消失する。
『堕聖中和[イモール・イシス]』――即ち、堕気と聖性が互いに打ち消しあい、両方とも消滅する性質を利用したのである。
生きているものは常に聖性と堕性を生み出すため、基本的に使えないのだが、このように死に、どちらか偏った気を持っているとき、それを上回る反対の気を流し込むことによって、擬似的な混沌を生み出し、瞬間的に元素が"陰眠"するので、分解して消え去ってしまうように見えるのである。
 静雪と呼ばれた少女は同じことを他の昏人にも繰り返し、『姉君様』とともにいずこともなく暗闇の中に立ち去る。

後には何も残っていなかった。


―――明くる朝。
 何事もなかったように、陽は昇る。
 ただし、その光は分厚い雲に遮られて地上に届いて来てはいなかった。
 
「今日も曇りか……」

 窓を開いて外を眺めながら、ゼファールはつぶやいた。
 ゼファール・イーレテイア、18歳。
短めに切りそろえられた髪は深い緑で、黒と見間違えるほど。
鋭い瞳は意志の強さを湛えている。
身長は1.1ラール(1.7メートル)超であり、服装はイスファニト帝国で着られる一般的な夏の装いだ。

 近頃は異常気象がだんだんと激しくなってきており、南側の窓から一望できる大アードリア湖を眺めれば、今日も波が高いのが窺えた。
 ぎゃーぎゃー、と黒い羽の鳥たちが多く舞っている。
 それはゼファールに不吉な予感を抱かせるに十分であったが、その黒い鳥たちの群れをぬうように純白の鳥が飛来してきた。
ゼファールは鳥を招き入れると、窓をゆっくりと閉めた。

「そういうわけで、起きるんだ、ゴフェル」
「いやぁん……兄チャマ……もうあと五分……」

傍らのベッドにもぐりこんでいる彼の妹に呼びかけるが、体をもぞもぞと動かして、上掛けの中にさらにもぐるばかりだ。
ゴフェル、それが彼の妹の名であり、今15歳であり、1ラール(1.5メートル)程度である。
肩口にかかる程度で切り揃えられた髪はつややかな栗色であり、瞳は大きく、かわいらしさをかもし出すのだが……寝相の悪さのせいで、髪はぐちゃぐちゃ、そしてその瞳は閉じられたままだ。
 
「………」

ゼファールはため息をついた。
仕方ないので、いつもどおりあさっての方を向いて、

「ああ、あんなところにテルリンギグ・ニティトがぁ」

と棒読み口調で言うと、

「えぇっ?! どこっ?! どこですかっ?!」

ガヴァッ、とゴフェルが跳ね起きるのであった(ちなみに"テルリンギグ・ニティト"とは、鬼才ノトスクライス・ギーアフェフが出版した"探偵小説"に登場する探偵役の人物で、ゴフェルはこの登場人物の大ファンであった)。
 ゼファールはそんな彼女をしばし呆れ顔で見つめ、

「我が義妹ながら……もうそろそろ、学習した方がいいぞ……」
「……? そんなことより、テルリンギグはどこなのっ?!」
「……泣ける」

ゼファールが目元をこすり泣いたふりをすると、ゴフェルが心配そうに、

「はぇ? ……兄チャマ、泣いてるですか?」
「そんな。……イースリースの真似をするなよ」
「なぜ私を真似してはいけないのです?」
「いや、そこまでは言ってないけどな……」

何かがおかしかった。
このセリフのやり取りは、普通なかったやり取りだ。
 ゼファールが慌ててドアの方に向き直ると、なぜかそこにきのことくらげとエイリアンを足して3で割ったようなぬいぐるみを抱えた少女………イースリースが居、その後ろに彼女の姉であるイングアルトがいた。

『おはようございます、バカップル』
「だ、誰がバカップルだ、バカ姉妹め!」「兄チャマとなら……」
『じゃあ、アフォ兄妹で勘弁してあげましょう』

動揺を隠しながら言葉を返すゼファール(ゴフェルがつぶやいたが、誰も聞いちゃいなかった)。
 彼女らレールグネ[桜]姉妹は、イーレテイア兄妹の隣に住んでおり、近所でも評判の美人姉妹である。

(あそこの姉妹は美人だが変わっている、という風な評判だがな……)

声をはもらせてボケるレールグネ姉妹に心の中でツッコミを入れるゼファール。
姉のイングアルトであるが、美人である。
身長は1.1ラール弱で、腰まで届く長い緑黒髪に、常にたおやかな笑みを浮かべている。
身のこなしは優雅で上品、学問、武芸に通じるイスファニト帝国型の女性である。
が、服飾は全くイスファニトのそれとは一線を画しており、彼女いわく、遥か祖先の出身が南方の神官であるので、南方の神官の服を見につけるのだ、らしい。
一方の妹のイースリースも、非常に愛らしい。
身長はゴフェルと同じく1ラール程度で、後ろで紫黒色の髪を結っている。
服装は姉とは異なり、イスファニト帝国の一般的なそれだ。
そういうわけで、見た目は大変麗しいのだが、どうも間が違うとか、服装が違うとか、イースリースの持っているぬいぐるみが不気味だとか、ことゼファールに関して言えば、完全におもちゃ扱いにされているため、その辺は誇張していたりするのだが。
なぜかその姉妹から睨まれるゼファール。

「(す、鋭いっ?!) い、いろいろツッコミたいところはあるんだが…まぁ、心の中でツッコミもしたし、なぜか睨まれるし、あえて一つだけ」
「なんでしょう?」
「何でここにいる?」

他にも何か言いたそうな表情のゼファールの言葉に、レールグネ姉妹は不思議そうに顔を見合わせて、イースリースが抱えていたぬいぐるみの触手を持ち上げ、ゼファールを指し、ちらりとイングアルトを見て、

「玄関を蹴破ったから、に決まっているです」
「うぉいっ!?」
「この私に……ってもう聞こえませんわね……」

疾風のごとき速さで部屋を出、玄関の方に駆けていったゼファールの残像を見やりながら、やれやれといった様子でイングアルトがつぶやく。

「嘘ですのに……」

が、玄関の方から「うわぁーー!! ドアがねぇ!!」という叫び声が聞こえてきて、

「本当は、イースリースが魔法で破壊したのですわ」

という心底楽しそうなイングアルトの言葉とイースリースのはにかんだような笑みに、ゴフェルはポカン、と口をあけ、手玉に取られている兄を「兄チャマ、頑張って…」と、同情するしかなかった。


「……まぁ、ドアの問題は後でイングアルトとじっくり話すことにしてだな……」

こころなしか憔悴した顔で戻って来、そう言い放ったゼファールにイングアルトは「イースリースがやりましたのに」と不満げに呟いたが、ゼファールは黙殺した。
 既にゴフェルは起きて、服を着替え終わっていた。

「何か話すことがあるんだろう。飯をたかりに来ただけなら台所にいつもいるからな」

 嫌そうな眼をして、ゼファールはニヤリ、と笑っている華月に言った。
 この笑みはろくなこと考えていないな、と嫌な予感を抱きつつ、

「となると……まさかとは思うがアレか!? あの大モグラか?! …俺はもうヤツとかかわるのは嫌だぞ!?」

 一度食べられかけたことのあるゼファールがこれ以上ないくらい顔をしかめて猛然と抗議すると、

「まぁ、あの子の問題もあるのですけど……」
「やっぱりあるのかぁ!?」

 ゼファールの表情を最高に崩れた状態にさせておいて、イングアルトはそれまで黙っていたイースリースに目配せする。

「ゴフェル、朝食の作り方を教えて欲しいです」
「えっ?! でも……」

 いきなり話し掛けられて戸惑うゴフェル。
 今からどんな話がされるのか、物凄く興味があるのだが……(大モグラのあたり)。
 一方のゼファールはというと、心底嫌そうな顔をして口を開きかけたのであるが―――何しろイースリースの料理は"料理?"であり、台所はまるで台風が通ったかの有様になるので―――イングアルトはゴフェルに聞かせたくないらしかった。
 なんにせよ、イングアルトには逆らえないし、また後でからかわれてはたまらないので、泣く泣くそういう方向に話を進める。
 まぁ、そういう方向に話を進めてもからかわれることは目に見えているのだが。

「ゴフェル、食べれるものをよろしく……」
「えっ……わかったです。じゃあ兄チャマ、できたら呼ぶから、早く降りてきてねっ?」

 兄の余りの沈痛な面持ちに、ゴフェルの好奇心は折れざるを得なかった。
 無論、イングアルトはおかしそうに口元を手で覆っており(眼は完全に笑っている)、一方のイースリースは心なし憮然とした表情である。

「その表情、絶対に変えてみせるです」

3 
 
間を置かず、どんッ、という音とゴフェルの悲鳴が聞こえてきた。

「…………」
「どうやら、料理は順調みたいですわ」
「……アレで?! 爆発音でっ?!」

 情けない顔でゼファールが「だから台所に入れたくなかったのに……」と呟いて、恨みがましい視線をイングアルトに向ける。
どん。
イングアルトはその視線どこ吹く風で微笑み、

「先祖伝来ですもの。仕方ないことでしてよ」
「(そんな伝統いらねぇし……)……まぁ、それについてもあとでじっくり話すとしてだ……それより、結局、何しに来たんだ?」

 どどどん。
連続的に響く爆発音を無視して(無視しきれず表情が引き攣っているが)、ゼファールはイングアルトにその真意を問う。
二人の視線が正面から交わる。
イングアルトはおもむろに口を開き、手の甲を口に当て、

「ふわぁ……」
「欠伸かっ!! そこで!」

間髪いれず突っ込むゼファール。
早い。
イングアルトの顔が、心なし紅く染まる。
どん、どどーん。

「……は、母から連絡がありましたわ。ゴフェルを護りつつ、イースリースとともに帝都まで帰還するように。詳細はゼファール、貴方に聞けとの旨でしたわ」
「……顔、紅いぞ」
「………」

ゼファールの言葉に耳まで真っ赤に染めて、イングアルトは恥しげに俯き、上目遣いに彼を覗き見る。
 なぜだか罪悪感を覚えたゼファールは、「うぅ、すまん」と謝り、上目遣いのイングアルトから目をそらして、

「ま、まぁともかくだ、俺も父から連絡を貰っている。イスファニト帝国自慢の水軍で迎えがくるらしいぞ」
「ゴフェルですもの、当然の選択ですわ。……いつ頃?」
「んー、もう着いてると思うぞ。さっき"鳥"が来てな。着く少し前に、鳥をよこすと書いてあったから……」

言いながら顔を窓の方に向ける……黒い鳥が窓の向こうの中空を滑っていく。
が、先ほどまでいた窓辺にいた鳥がいない。

「……なんで?」

ゼファールが呟く。
確かにここにいたはず……正面を見る、鍵は…かかっている。
さっきまでドアの近くにいた、鳥が出て行けば分かる筈だ。
と、イングアルトが口を開いた。

「捜しているのは……これ?」
「げ」

思わずゼファールの口から呻き声が漏れた。
振り返ってみれば、イングアルトの手のひらの上に鳥が鎮座しており、反対の手には、鳥の足に結ばれていたはずの書状。
呆れたように口を開く。

「……ってかイングアルト、今までいったいどこにそいつを隠してたんだ……?」
「乙女にはいろいろ秘密がありますわよ」

イングアルトが微笑する。
ちなみに、帝国の情報網として使われている鳥の大きさは、体長およそ20ラール(約30cm)とかなりでかい。
どんな秘密だ……女っていうのはみんなあんなでかいものをだしたり引っ込めたり出来るのか? とゼファールは、一瞬本気でそう考え、いつのまにかイングアルトのペースになっていることに気づき、少し愕然とした。
さっきまで、紅くなってたはずなのに……不思議だ。

「『時期に着く、準備されたし』……簡潔ね……、あら?」
「どうした?」

イングアルトは何かに気づいたらしい。
ゼファールは尋ねたが、「いえいえ、なんでもないですわ」と言って、話題を変える。

「それより、どうしてこの時期にゴフェルを呼び戻すのかしら? やはり、イールエルになにかあったのかしら」
「んー、そう考えるのが妥当かな。ヴァランヘールが昏人に押されているから、安全な位置に、っていうことも考えているとは思うが……」

ゼファールはちらりとイングアルトを見、

「船だから、君の出番はないと思うが………くれぐれも、騒ぎを起こすなよ?」
「何を仰って? 海烏やエーシェカが襲い掛かってくるかもしれなくてよ」
「そういうことではなくて。先方の将軍をからかったりしないように、と言ってるんだ」
「あぁ、そういうこと」

イングアルトは妙に納得顔で二度ほど頷き、「彼女に対して、そんなことはいたしませんわ。その他の方には、その限りではありませんけど」と、小さく呟いた。

「なに?」
「いえいえ、なんでもなくてよ。その際は貴方が間に入ればよろしいのではないかしら」
「………」

「それが嫌だから、今言ってるんじゃないか……」と、ゼファールは小声でもらした。

「何かいいまして?」
「い、いや、なんでもない」

 今度はゼファールは取り繕い、誤魔化すようにポケットの中から鳥の餌を取り出してイングアルトに渡す。
 イングアルトは呆れたように、
 
「……貴方、ときどきポケットから変な物を取り出しますわね……」
「ほっとけ」

 軽く首を振って、ゼファールが呟いた。
 と、ゴフェルの叫び声が聞こえ、どたどたと廊下を走る音が聞こえかと思うと、まもなく『ばたん』と乱暴にドアが開かれて、イースリースが、ゴフェルの手を引きながら現れた。
 
「姉君様、南に船が着いたです。でも、北からは騎兵が迫っていますです…!」
「兄チャマ、台所がやっぱり悲惨なことにッ!」

ゴフェルの呟きは、イースリースの声によってかき消されたが、ゼファールには聞こえてしまったらしく、覚悟していたこととはいえ、ショックを受けたようである。
それはともかく。

「おそらくは、昏人です!」
「数は分かる?」
「無理です。でも、かなりの数が来てるです、まもなくエルフォに入るです」
「騎兵って言いましたわね? "館"で迎え撃つしかないですわね……カトーリヤにすぐ帰還するよう連絡して」

イングアルトが言った。
ちなみに、!館"と言うのは、エルフォの町のほぼ中央に位置する今は誰も住んでいない領主館のことだ。
エルフォの町は東・北・西に門があり、南の港から通じる道も含めて、四つの大きな路が、その建物を中心にして交わっている。
ゼファールが口を挟む。

「待て、何の話だ。てか、カトーリヤって誰だ」
「今は話している時間すら惜しいですわ。貴方はゴフェルと一緒に港の方へ逃げなさい。私も後から向かいますわ」
「ゼファールさんもよく知っている人です」
「よく知っている人?」

イースリースの補足に、ゼファールが首をかしげる。
と、その間にイングアルトは壁際に移動して、「てぃっ」と掛け声とともに壁の一部分を押した。
どん、と音がして壁に穴があき、イングアルトの家とつながる。

「なぬっ!?」
「えぇっ?!」

ゼファールとゴフェルが驚きの声を上げた。
それに対して、イングアルトは少し誇らしげに、

「こんなこともあろうかと、こういう細工もしておきましたわ」

と、のたまった。

「おまえ、壊しすぎ」


『ゴフェル2』へと続く。














あとがき


 動き出した物語、最後まで書けるか不安ですが、どうかここまで読んでいただいた方は、
最後までお付き合い願いたく、よろしく申し上げるのであります!

四葉BDSSの名目ですが、内容は全く違います、どうしようかなぁ?

内容に関してですが、それはもう設定とかも甘いので、ビシビシ指摘していただきたく。



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