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えほん

作者:九郎さん


「はぁ」
道ばたで歩きながら、陸悟は肩を落胆させながらため息をついた。
今から、義理妹である千影のところへ行かなければならない。
千影は、ちょっと、否、かなり特殊な人間だった。
趣味がオカルトや魔術なのだ。
会うたびに陸悟は実験台にされていた。
変な薬を飲まされて、3日間、昏睡状態になった時もあった。
幽霊など信じないタチたなのだが、「彼女は・・・・兄くんの・・・・よく、
知っている・・・人物・・・・だよ。」と、幽霊を紹介され、それが、死んだばぁちゃん
だった時は、さすがの陸悟も卒倒した。
グロテスクな動物らしきものに追いかけまわされ、あやうく命を落とすこともあった。
あまりにも酷いので、陸悟は千影に対して、ストライキを起こしたが、
行かなかった週はさんざんな日々だった。
財布は無し、電車が止まって、2時間かけて歩いて学校に行き、上から鉄骨が降り注ぎ、
そして、暗闇の中、自分の目の前を黒い猫が通り過ぎていった。
きっと、これは千影が自分に呪いでもかけたのだと、判断し、陸悟はそれ以来、
千影に対する拒否権を失った。

(着いてしまった。)
豪華な、明治初期あたりに建てられたような洋館の玄関口に立つ。
陸悟は、もはやあきらめてインターフォンを押した。
しばらくして、玄関の木製の扉が開く。
「やぁ、兄くん。 よく来たね。」
千影が出てきて、いつものように神秘的で意味深な表情をした。
じっと陸悟は思わず千影を見つめた。
千影は陸悟に寄り添って、
「どうしたんだい、兄くん? 私の顔に・・・何か・・・ついているかい?」
「いや・・・、別に。」
今日の千影はいつもと違っていた。
まずは服装だ。
彼女の普段着は宗教チックで、黒と白、そしてワインレッドをあしらったものを着いて、
かならずどこかに十字架のアクセントが加えられている。
が、しかし今日は白1色のワンピース。
胸元あたりからスカートになっていて、そこの境界線がわかるようにリボンでラインが形づくられている。
それと髪型だ。
いつもは後ろでまとめているのだが、今日はロングにしていた。
そして、いつもはバレッタ等で髪を止めているのに、なぜかウサギがついたゴムで右片側だけ結んでいる。
「寒かったろう。 中に・・・入ると・・・いい。」
「お、お邪魔します。」
千影に促されて、おずおずと陸悟は洋館へと足を入れた。

「兄くん・・・。 そこに・・椅子があるだろう。座って・・・くれないかい?」
居間には木製の古びたダイニングチェアが置いてあった。
「べ、別にいいけど。」
「少し・・・待っていて。」
陸悟はとりあえず、千影に言われたとおり椅子に座る。
(あれ、なんだか。)
とても懐かしい気がした。
1度どこかで、使ったか?
そんな感じだ。
だが、ここは千影の家。
独特の雰囲気があるこの佇まい、デジャブだってありうる。
キイッとドアが開いて、千影が戻ってきた。
なにやら大きいアルバムぐらいのものを、両手でしっかりと抱きかかえながら。
千影はゆっくりと陸悟の方へと歩み寄り、彼の前に到達すると、くるっとワンピースの
スカートを翻しながら、周り、そして、
「ちょ、ちょっと千影?」
「なんだい?兄くん。」
妖艶の笑みで、陸悟を見上げる千影。
「重いんだけど。」
千影は陸悟の膝の上にいた。
陸悟はけっこう背が高い。
なので、千影は陸悟にすっぽりおさまっていた。
そして肩の力を抜きながら、それでも胸にあるものはしっかりと抱きかかえつつ、
陸悟の広くて大きな胸元に身を寄せる。
「どうしたんだよ?」
陸悟は戸惑った。
普段の千影はこんなことはしない。
新手の魔術のやり方か?などと思ったが、どうも勝手が違う。
「兄くん・・・。」
「何?」
「頼みが・・・・あるんだが・・・。」
千影はおずおずと口を開いた。
「人体実験以外ならね。」
「ふふふ、そうかい。 残念・・・だよ。」
「やろうとしてたんかい!」
陸悟のつっこみを促して、千影が口を開く。
「今日は・・・、私のことを・・・昔、兄くんが・・・・呼んでいた呼び方で・・・、
、呼んで・・・・欲しいんだ。」
「どうしたんだよ。 急に。」
「駄目・・・かい?」
残念そうな声。
陸悟も兄として答えない訳にはいかない。
「別に、いいけど。ち、ちか。」
そう、男の声で呼ばれると、千影の頬が桜色に染まり、
やさしい笑顔になる。
「もう一つ・・・、頼みがあるんだが・・・、聞いて・・・くれるかい?」
「へーへー、千影って、ええと、そうじゃなくて、ちか姫様の思いのままに。 あ、でも魔術の実験だけは勘弁だぞ。」
「これを・・・、憶えて・・・、いるかい?」
千影は陸悟からも見えるように、胸に抱えていたモノを見せた。
それはすでに時がたち、角が崩れていて、白かったところが黄色ばんで色あせている、絵本であった。
「”王子様と魔王”?って、うっわ〜、懐かしいな。 よくもっていたな。 ちか。」
「倉を掃除していたらね・・・、出てきたんだ。」
千影は陸悟を見上げつつ、
「読み・・・、聞かせて・・・、欲しいんだ。」
「読み聞かせって、幼稚園児じゃあるまし。」
陸悟がそう言うと、千影は目を細めて、
「昨晩・・・、夢を・・・、見たんだ。」
「どんな?」
「まだ、私と・・・・、兄くんが・・・幼かった頃の・・・・、夢を。」
千影は、残念そうな、そして悲しい表情をした。
普段ではとうてい考えられない。
陸悟は戸惑いつつ、頭をかきながら、千影の持っている絵本を手にする。
「わかった、読むよ。 でも恥かしいから、これっきりにしてくれよ。」
「ああ、ありがとう。 兄くん。」
陸悟は”王子様と魔王”の絵本を広げ、
そして、「こほん」と、ワザと咳ばらいをして、
「むか〜し、むかし、あるところに・・・・・・・。」
千影は瞳を閉じ、体を陸悟にあずけた。
小さい頃からそうだった。
陸悟の声は、どこが自分を安心させる。
どんなすばらしい音楽よりも、心を穏やかにしてくれる。
だからこそ、千影は陸悟にだけは、甘えられたし、心を許すことができた。
(兄くんは・・・・、かわらないね。 その・・・やさしさと・・・・温かさは・・・・・
私にとって・・・、とても・・・尊い・・・・もの・・・だよ。)
インキュバスが闇へと誘(いざな)い、千影は深い闇の底へと落ちて行った。

「あにくん、あにくん、ご本読んで!」
白い、フリルのついたワンピース、そしれウサギがついたゴムで髪を止めている、幼い
千影が、真っ白な絵本を胸に抱えて、兄へとよって行く。
「え、またかい? ちか。」
千影は、タタタッと駆けてきて、兄の足に抱き付く。
そして上目づかいで、
「ダメ?」
そう言うと、兄、陸悟は”しょうがないな”って顔をして、
千影を抱っこして、暖炉の側にある、ダイニングチェアに腰を落とし、千影を
膝の上に乗せる。
そして千影がもってきた、絵本を広げで、
「よし、読むぞ。」
「うん。」
千影は瞳を輝かせて、ワクワクと胸を踊らせた。
「むか〜し、むかし、あるところに・・・・・。」

瞳に光が差込み、千影は覚醒した。
”また・・・、今朝と・・・、同じ夢を・・・見たな。”と千影は苦笑などしてみる。
そんな夢をみてしまったので、幼い頃にしていた格好に近い姿などしてみたのだ。
絵本は丁度、中盤で、陸悟は千影が寝ていたとはつゆ知らず、一生懸命読んでいた。
たまに、詰まるところがあったが、それがまた、幼いところと同じところで、千影を
安心させた。
そして、千影は、陸悟のシャッをかるく、つまみ、
(兄くん・・・、いつか・・・・きっと・・・・)
今は声を出して言えない想い。
でも、いつか、きっと。
この想いは永遠だから。
そんなことを、千影は心巡らせた。

少女は再び、瞳を閉じ、その愛しい人の声を聞き入り、
午後の穏やかな時を過ごしていった。


                   あとかぎみたいなもの

     九朗です。 咲耶ちゃん以外妹SS第2弾です。 しかも初3人称!(みんな拍手:爆)
     千影ちゃんは、難しいですね。 こんなんでいいのでしょうか?(むむむ)
     
     ウイルス以外で、ご意見、ご感想、”この妹SSが読みたいぞ!”などいただけると
     うれしいです。
     それでは、また次妹SSでお会いしましょう!

 



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